第20話 『黒川瑠音』

 ありふれ朝の町中。


 スーツに身を包んだ社会人であっても、その話題を口にする者は多い。


 ――――すでに、それが日常になっているのだから。


「やっぱり、有村景虎だよな」


「あぁ最初はボス討伐特化型と思ってたけど、PvPもやれば、ダンジョン探索も普通にやるからな」


「ダンジョン探索って言っても、釣りとか猟だけどな」


「馬鹿、そこが面白い所じゃないか」


「でも、あの沖田総司ってなんだったんだろな?」


 有村景虎と沖田総司の決闘から3日も経過していた。


 そんな話を耳に入れながら、颯爽とオフィス街を歩いているのは蒼月猛――――蒼月ノアの父親であり、ダンジョンの管理と研究を行うダンジョン省長官である。


 彼は当たり前のように、ダンジョン省の建物に入り、最上階に用意されている自身の部屋に入った。


 すると、待っていたかのようにノックがドアから聞こえてきた。


「入れ」と一言で、大きな荷物を持った男、副長官が入室した。


「なんだ、そんな大きな荷物を持っ――――いや、届いたのか?」


「はい、あちら側からのお詫びの品です」 


 厳重な木箱。その中身は、坂本竜馬からの贈り物であった。


 日本の政府が許可したのは、ダンジョン内で決闘まで。しかし、あの有村景虎と沖田総司の決闘の直後に乱入してきた柴田勝家。


 あの乱入劇は政府間の取り決めを無視した越権行為だ。


「柴田勝家の暴走理由は、今も原因不明か。大変だね……あちらさんも」


「おや、長官? その言い方だと、あちら側が原因を分かっていて誤魔化しているように聞こえますが?」


「君~ これは他愛のない世間話。ただの想像だよ」


「はい、存じてます」


「尾張幕府の管理下に置かれている兵器の暴走。そんなの原因は1つだけだろ」


「はて? 何でしょうか?」


「幕府内部に織田信長が気に食わない連中がいる。そいつ等がやっちゃったのさ。あの柴田勝家を暴走させちゃえ! ……ってね」


「それは……」と副官は、すぐに次の言葉が告げれなかった。


「それは、テロリスト……あちら側でいう討幕派ですか? だとしたら、恐ろしい事ですね」  


「何が、恐ろしいものか。本当に恐ろしいのは、人間を――――それも有名人を兵器に改造して平気なメンタルだよ。全く、困ったものだ」


「それで」と蒼月猛は、部屋に似つかわしくない木箱を見た。


「結局、何が入ってる? まさか、魚や肉を名産として送りつけてきたわけじゃあるまい」


「山吹色のお菓子が敷き詰められていても困りますね。我々は公務員ですから」


「はっはっは…… うん、いいジョークだ、副長官。今度、使わせてもらおう……で?」


「中身は魔力が凝縮された結晶体。いわゆるクリスタルですな」


「はぁ? つまり、それはあれかい? 魔力を固体として保存している? そんな技術があるのか?」


「いや、意図的に作れるわけではなく、ダンジョン内部で取れる……あちらの説明では、


『今年の秋に収穫した物で、一番できの良い結晶体をお送りします』


 ……だそうです」


「ぶっ!」と蒼月猛は、思わず噴き出した。それから、 


「まるで高級果実のような扱いだな。それでどのくらいの魔力量が保存されている」


「1000人ほどらしいです」


「ん? 何が1000人だと言うのだ?」


「ダンジョン省の基準を定めている上位魔法使いの魔力量で1000人分の魔力が保存されています」


 それを聞いた蒼月猛は、椅子に座り直すと天井を見上げた。


 彼の考える時のクセだ。それから――――


「想像してしまったよ。戦争で、それを10個ほど所有した魔法使いの部隊と戦う事を――――ずるいね。詫びの品なんて言いながら、軍事力を見せつけようとするなんて」


「心中察しいたします。それで、こちらは……?」


「うん、俺たちには手が余る。どこかの研究用に回してあげなさい」


「承知しました。ダンジョン研究の盛んな研究機関と言いますと……」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


――――大学――――


 馬鹿のように広々とした敷地。 それでいて構内キャンパスは、ここだけではなく、分散されている。


 数キロの場所に4つほど、同じ敷地面積だと考えたら、1つの町のような広さだ。


 大学と言う場所。 その役割は大きく言うと2つに分類できる。


『教育機関』と『研究機関』


 学生を教育して導く。 それと同時に自身の研究を進める。


 だから、指導者を教授と言う。そして、教授には研究室を兼用した個室を用意されている。


 大学というのは、少しだけ世間から隔離された場所。 その中に、さらに研究室という隔離された場所。


 まるで密室の中にある密室のようなものだ。


 だから、その中で――――何をしてても分かり難い。


 とある研究室。目を凝らすと薄っすらと黒い瘴気が漂っていた。


「完成できる。これさえあれば……」


 研究室の中には少女が1人。


 しかし、学生よりも若く見える彼女は、紛れもなく部屋の主だった。


 『黒川瑠音』 


 彼女は、宝石のような物を素手で触っていた。


 研究室から廊下に漏れ出している瘴気の原因。どうやら、彼女が持つ宝石が出しているようだった。


 それには見覚えがあるだろう。


 政府から大学に調査依頼のあった結晶体。 あちら側から送られた魔力の凝縮された塊。


「それを使えば、不老不死。あるいは――――」


 だが、外から激しい音で彼女の声はかき消された。


「瑠音先生、何をなされているいるのでしょうか?」


「――――来たわね」と彼女は警戒を強める。 彼女は、結界を張っていた。


 部屋だけではなく、その階層を覆い尽くす結界。 それを突破して彼女の部屋に接近できる者は、この大学に1人しかいない。


 突然、ドアに線の光が走った。 そしてバラバラになった。


 ドアの向こう側に立っている男。彼の手には剣が握られている。


 見れば大学には場違いな恰好をしている。なんせ、その男は西洋甲冑を着込んでいたのだ。


「あら、完全武装じゃない。私と戦いに来たのね」


「瑠音先生、大学の研究対象の私用……とても見逃せません。なぜ、あなたほどの研究者が?」


 その声には、悲しみ嘆きが込められていた。そんな男を前に黒川瑠音は武器を構えた。


 その武器は杖と本。 きっと、その本は魔導書の部類なのだろう。


 典型的な魔法使いの武器だ。


「お互いダンジョン研究者。分かり合えないのなら、どうせいつかダンジョンで衝突していたでしょうね」


「分かり合えないなど……少なくとも僕は、研究者として尊敬していました」


「何をしゃらくさい!」と彼女は魔法を唱える。


 ここは彼女の魔法工房だ。あらゆる神秘が保管された要塞。


 しかし、甲冑の騎士のまた――――


 

 


  

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