第6話 密談と初配信

 モニターには三人のサムライが映っている。      


 (いや……正確には4人か?

 まずは中心に写る男。もちろん織田信長その人だ)


 その背後に控えてる美成年は、おそらく森蘭丸なのだろう。

 

 彼を含めて4人のサムライだ。


(……誰だ? 本当に自己紹介もなしで始めるつもりか?)


 異なる歴史を進んだ異なる日本。


 ダンジョンで結ばれた2つの世界ではあるが、必ずしも不可侵だったわけではない。


 国交などを期待できるはずもないが、それでも最低限はあった。


 織田信長以外の政府関係者の顔も名前もわからない程度ではあったが……


(チッ、国の要人との対話だぞ。左右の2人も名乗れよ)


 蒼月猛は内心で毒づきながら、左右の2人を見た。 画面からでもわかる巨体、長身。 


 右側は、侍の理想のような男。

 

 着物に髷(まげ)。きっと腰には刀を挿しているのだろう。


 今は黙って、座っている。

 

 左側の男は、およそサムライらしくない。


 髪を金色に染め、パーマがかかっている。

 服も洋服。スーツで身を包んでいる。


(一体、何者か? この場にいることは、織田幕僚の幹部に違いないが……

 まさか、豊臣秀吉と徳川家康ではあるまい)  


 蒼月猛は、改めて、中心の織田信長を見る。


(おいおい、前に見たときよりも若返ってるじゃねぇか。まさか、いまさら影武者じゃないだろうなぁ)


 蒼月猛が見た織田信長の印象。 500歳には見えないのは当然ながら、20代……あるいは10代でも通用しそうな若々しさ。


 黒々とした髪にシワ1つない顔。そして、鋭い眼光。


(なるほどね。永遠の若さか。こりゃ、永田町の妖怪どもも、あちらの資源を欲しがるわけだ。火種を保護してよかったぜ)


 この会合、最初に動いたのは織田側だった。


「既に、こちらの要望は伝えていると思うが、ダンジョンを通って越境した者がでた。返してもらいたい」


 画面の向こう側、織田信長が腕を動かすとフォルダが送られてきた。


 フォルダの中身は映像だ。


 「……」と蒼月猛は無言となる。


 そこに映っているのは、自分の娘である蒼月ノアが魔物であるサイクロプスと戦い、サムライ有村景虎に助けられている場面。


「この者を即刻、こちら側に送り返してもらいたい」


 圧が込められた織田信長の言葉。


しかし、蒼月猛は「……少しばかり難しいですな」と拒否した。

 

「……」と織田信長は、さらに眼光を強めたが、蒼月猛は動じなかった。


「……」と互いに無言の時間が進む。すると――――


「あの、すいません」と沈黙を破って手を上げたのは、左側のサムライ。金髪パーマだった。


「はい、えっと……失礼ながら、お名前は?」


「おや? 僕としたことが、自己紹介を忘れてましたかな? 竜馬、僕は坂本龍馬と言います」


「――――ッ!」と蒼月猛は絶句した。


(おいおい、何の冗談だ? 世界は違えど倒幕派の立役者が、なんで幕府幕僚になってやがる? 歴史通りに生きろよ!)


「ちなみに、反対側で無言の人は、防衛大臣の宮本武蔵さん」


 宮本武蔵と呼ばれた男は「……」と無言のままで会釈だけを返した。


「これはこれは……」と蒼月猛は言葉が続かなかった。


(織田信長、坂本龍馬、宮本武蔵だぁ? このメンツは、日本人への効き目が凄いぜ。仕組んだのは誰が……)


「あっ、やはり驚かれます? うちの軍師さま……いや、官房長官さまの言う通りだ」


「ちなみに、官房長官の名前を聞いても?」


 「はい、もちろん。竹中半兵衛と言います」


 もはや、蒼月猛は天井を仰ぐことしかできなくなっていた。


「竹中半兵衛……『戦国時代に生きる諸葛亮公明』か。本物の天才軍師が軍師役だ。そりゃ―――――」


「あれ?」と坂本龍馬。


「むっ!」と宮本武蔵は頭を上げる。


「ほほぅ」と織田信長は笑みを浮かべていた。


 三者三様。それぞれが、それぞれの反応を見せた相手、蒼月猛は


「――――楽しくなってきたぜ」と目を爛々と輝かせていた。


 蒼月猛――――この男もまた政界の魔物である。


頭と舌。ある時は、権力を使い。あるいは金や暴力までも振う。


 そんな現代の政界を生き抜いてきた彼の政治力は、例え歴史上の偉人であっても劣らないと強い自意識を有していた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 交渉のテーブルは、主に蒼月猛と坂本龍馬の2名で回された。


「ダンジョンが繋がって50年。過去に前例が何度かありましたが、どうして先ほどは難しいと?」


「ダンジョンが異なる世界と繋がってるのは機密。しかし、今回は多くの目撃者を出してしまいました。現時点で彼は、亡命者のような立場にあります」

 

「なるほど。ちなみに、これほど早く戸籍を用意できたのは、こんなこともあるかと想定していたのですか?」


「……我が国は、あらゆる状況を想定しています」


「じゃ、これは確認ですが、この男……有村景虎が帰りたいと言えば、止めることはできませんよね?」


「……それはもちろん」と蒼月猛は答える。


 この時、蒼月猛は竜馬の思考は読め切れなかった。そして、それが勝敗を分けた。


 (どういうつもりだ? まさか、この有村ってのが自分から帰りたいとでも?)


 可能性は沢山ある。恋人や家族……侍ならば家柄というのも……


 しかし、坂本龍馬の次の質問によって彼らの目的が明らかになった。


「最後の質問です。立ち合いなどの私闘は決闘罪として裁かれるそうですが、ダンジョンの中では罪に問われないというのは?」


「それは事実ですな」と蒼月猛は認めた。


 対人戦闘、あるいはPvPと言われるダンジョン配信者同士の決闘。


 それは、最深部攻略と大型ボス討伐に並ぶ、ダンジョン配信の花形である。

 ダンジョン配信者同士、人間と人間が殺し合う事をエンタメとして昇華する。 

 それほどまで、ダンジョン内部では人の命が軽い……とは言え、実際のPvP配信では、回復薬も治癒士も用意されている。


 人死が出ることは、ほぼないといえた。


(なぜ、このタイミングで聞いてきた? 決闘……決闘!?)


「そんなバカな……」と蒼月猛は愕然とする。


「おや、気づきましたか? そうです。正々堂々した決闘なら、敗者は勝者に従う。それが我々が持つ武士道と言うものです」


 蒼月猛は、もう一度「そんなバカな……」と口にした。


 要するに――――


 有村景虎がダンジョンに潜る。

 ↓

 織田信長陣営のしきが決闘を申し込む。

 ↓

 有村景虎はサムライなので決闘は断れない。

 ↓

 正々堂々の決闘で刺客が勝つ。

 ↓

 刺客が戻るように言えば、有村景虎はサムライなので断れない。


 蒼月猛は何度も「そんなバカな……」と繰り返す。

 政治家としての彼に取って、その理屈は理外のものだ。


 サムライと政治で戦うならば、常識やルールを排除しなければならない。

 彼らの価値観を読み解くには、未知の宇宙人を想定せねばらなかった。


大敗。負け戦と思われる蒼月猛だったが……


(まず、前哨戦はこんな所か。さてさて……)


 彼もただでは起きない人物であった。


 一方の坂本龍馬は、もう終わりと言わんばかりに


「良い交渉でした。画面越しでなければ、すぐに握手と抱擁を交えたいところですよ」


「近い将来、お互いが歩み寄ればね。あと、これは好奇心ってやつでして……最後に質問しても?」


「はい? なんでしょうか?」


「有村景虎が持つ魔剣 日向守惟任ってそんなに重要なんですか?」


「――――」と坂本竜馬が声を止めた。


 他の2名、織田信長と坂本竜馬の雰囲気も変わっている。


「いやぁ、よくわからなくてね。こちら側でも魔剣が原因の事件はありますが……精々、ダンジョン内での通り魔くらいでしてね。国単位で警戒する魔剣ってなんですか?」


「いや、それは……困ったなぁ」と坂本竜馬は織田信長の様子を窺う。


「構わぬ。余が説明しよう」


「……(まさか、将軍さまを引き出させるほどにヤバイ品物だったのか? これは良い方向で予想外)」


 織田信長は、王殺しの魔剣『日向守惟任』の説明を始めた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 会見は終わり、長官室に灯りが付けられた。


 灯りが付いて、初めて気づく。蒼月猛のスーツは大量の汗で濡れ、色が変わっている事に――――


 彼は、その場に――――床にも構わず座り込んだ。


「ご苦労様です」と副長官が手渡したペットボトルの水。


 それを蒼月猛は、砂漠から救出された人のように、一気に飲み干していた。


「やれやれ、もう二度とやりたくない会談だったぜ」


「それは困りますよ。この国で、あなた以外にあの面子と交渉できる人材はいません」


「こんなに大敗したのにか? 久しぶりに大負けしたぜ」


 織田信長たちの主張は、事後承諾のようなものだった。


 決闘が罪に問われない場所で行い、勝利する事によって有村景虎を連れ戻す。


 こちらには、それを止める権限はない。


「――――要するに、こちら側への配慮。無断で行えば、驚かれると思うので事前に伝えておきます。しかも、わざわざ首相クラスを出して、連絡してくれたわけだ」


「しかし、最後に魔剣の秘密を引き出せたのは、一矢報いることができたのではありませんか?」


「まぁな。引退したら、地元で偉そうに暮らせる分は働いたぜ」


「まだまだですよ。あなたには、あの織田信長相手に政治をして貰わないと困りますよ、この国がね」


「無茶を言うねぇ」と蒼月猛は笑った。  


 

・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「では、行ってくる」と笑顔の景虎。


「ちょっと、本当にその恰好で行くつもりなの? ダンジョン周辺なら配信者ように無料の更衣室が用意されているわよ」


 蒼月ノアは、あきれ顔だった。 


 ダンジョンに向かう景虎の恰好は、既に戦うための武装。 腰には大型の日本刀。 サムライの防具である当世具足を身に付けている。


 しかも、景虎の当世具足は、真っ赤に染められていた。赤備え……もしかしたら、武田信玄に憧れているのかもしれない。 


「ダンジョン配信者は、銃刀法で捕まる事はないけど」   


 今も景虎は、ノアのマンションに住んでいる。 武装した男が、マンションの共用スペースを闊歩する真似をするのは、よろしくはない。


「まぁ、賃貸じゃないから大丈夫でしょうね。知らないけど」


 そうして、景虎を見送った。 それからPCに電源を入れる。


 彼女のマンションは、ダンジョンまで歩いて数分の距離――――すでに景虎の配信枠は立っている。


 初配信にも関わらず、待機人数は1万人を超えていた。


 そして、有村景虎の配信は始まった。


「初めましてでござる。有村景虎と申します!」


 その第一声(?)に合わせて、コメント欄も変化する。


『来ちゃ!』


『おっ!』


『初めましてでござる!』


『来ちゃでござる!』


 視聴者の反応はいい。しかし――――


「ダンジョン1層から攻略して行きたいと思います」 


 その景虎の言葉に、みんな疑問が浮かんだらしい。


『え? なんで1層から?』


『最深部の魔物も倒せるでしょ?』


 最も疑問だろう。 皆、景虎がトップ配信者と同等の実力を持っている事を知っている。


 当然、ダンジョン探索の階層も深い場所になると思い込んでいた。


「拙者も強い魔物と戦いたいのは、山々……しかし、ダンジョン配信者の許可を取得したばかりなので、1層から順番に進まざるえないのでござる」


『?』と視聴者が疑問符をコメントで打ち込んでいる。


『じゃ、なぜ蒼月ノアを助けた時にダンジョン最深部にいたのか?』


『なぜ、最深部の魔物を倒せるほどに強いのか?』


「ん~ どこまで喋っても良いのでござろうか? 道中、簡単に説明は――――」


「おや?」と景虎は前方に何かを発見した。 武器を、巨大な日本刀を構える。


 魔物がいるらしい。しかし、高性能なはずのドローン搭載カメラでも、捉えられない。


 一体、何が見えているのか? コメント欄も騒めき始めた時――――


 何かが飛来してきた。それは矢だった。


 一本の矢ではない。複数の矢が同時に射られてきた。


「ほう……小鬼でござるか。初手に相手としては妥当」


 景虎の言葉の通りだった。 物陰に隠れている小鬼ゴブリンが5匹。


 きっと、どこかで拾ったのだろう。頭に黒いマントを被っている。


 その工夫だけで、薄暗いダンジョンで身を隠して奇襲を仕掛けるには十分、姿を隠せる。  


 再び、同時に5本の弓矢が射られる。 だが、景虎は宙に向けて刀を振ると風圧で矢は軌道を大きく乱した。


 ゴブリンたちは驚いた顔をしている。 しかし、景虎にはソレが演技のように思えた。


 事実、5匹のゴブリンたちから離れた場所――――伏兵として隠れていた1匹がいた。


 そこは景虎の背後。 勝利を確信して矢を射た。 だが、それでも矢は景虎に当たらない。


「フン!」と振り返った景虎は飛来してくる矢を素手で掴んで止める。


 ゴブリンたちの弓矢は手作り。加えて、人間より非力なゴブリンたちが使っている。


 威力は、人間が使う弓矢よりも、かなり低い。


 それでも――――


『背後から不意打ちの矢を素手で止めた』


『やっぱり、トップ配信者みたいに人間離れしてる!』


 視聴者からは天晴の声が舞う。


 しかし、奇妙な事がある。 「ギャギャギャ!」とゴブリンたちが笑っているのだ。


 勝利を確信したような笑い方だ。


「うむ、どうやら毒が塗ってあるようだな。 生憎だが、拙者には毒は効かないでござるよ?」


 たんッ!とサムライは大地を蹴った。


 弓矢の間合い――――少なくとも20メートル以上の間合いだったはず。 それが、一瞬で踏破してみせた。


 最初のゴブリンが斬り倒された時、他の者たちは弓矢を捨てるとすぐに短剣を構えた。 だが、剣の勝負でサムライに勝てるはずもない。


 一瞬で残りの4匹も、倒される。


 残るのは伏兵として離れた場所にいたゴブリンだけ。 仲間がやられると、背中を向けて逃走に――――


「これはお返しでござるよ」と景虎は、今も掴んだままだった矢を投げ返した。


 腕の力のみに関わらず、真っ直ぐに飛んで行く矢はゴブリンの背中に刺さった。


 毒の効果だろう。口から泡を吹いてゴブリンは倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る