第3話 現代日本ダンジョン 夢之介との決闘

 ドラゴン殺し……どの世界でも、いつの時代も、どこの土地であっても、ドラゴン殺しの報酬は大きい。


 ドラゴンは世界最強の生物であり、金銀財宝を収集する習性がある。


 宝を集めるために、国を襲い、迷宮で暴れる魔物。 


 ならば、ダンジョンにあるドラゴンの部屋。 その部屋の奥には収集された大量の宝が納められている。


「これは……何度見ても凄まじい物があるでござるな」


 景虎は、無造作に積まれた財宝に見上げた。 


 小判、大判は泳げるように敷き詰められている。


 さらには金持ちが道楽で作ったような黄金の武器————


「さてさて、これをどうやって持ち帰るか? 誰にも見つからずに、外に運び出すにどれほどの日数が必要かの想像もできない」


 そんな時だった。 


「おぉ! 答えてくだされ! そなたが私の主人であられるかぁぁぁ!!!」


 妙な……本当に妙な声が聞こえてきた。


「誰だ? 誰かいるのか?」と景虎は、周囲を見渡すも誰もいない。


「ここ! ここでございますよ!」


 その声がする場所。 金銀財宝が左右に分けられ、中心には剣。


 台座に突き刺さっていた剣が鎮座していた。


「うむ……これでござるか? 言葉を話す剣————珍しい魔剣の部類であるが……」


「おっと! 某は、ただの魔剣ではありませんぞ!」


「確かに、台座に刀の銘が刻まれているな――――『日向守惟任』か。どこかで聞いた事あるような名前だな」


「日向守惟任とは、懐かしい名前ですなぁ。役職名、別名のような物……正式な名前は――――


 明智光秀


 ————と申します」


「……はっ?」と景虎は、頭が真っ白になった。


「明智光秀って……反英雄! 尾張将軍を暗殺しようとした謀反人。この国じゃ裏切り者の代名詞ではござらぬか!」 

   

「はっはっはっ……この光秀、まさか400年後にも不名誉が伝わってるとは思いもやりませんでした。光秀、しょんぼり……」


「なにが、光秀しょんぼり……だ! まさか魂を抜き去り、宝剣に封じられていたのか? 400年もの間?」


 人の体を奪われ、物に魂を閉じ込められる……


 それは裏切り者の末路としては残酷な仕打ち。


「いや、ない話ではないか」と景虎は思い出した。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 1570年 姉川の戦い 


『織田信長&徳川家康』


 VS


『浅井長政&朝倉景健』


 原因は織田信長の朝倉領侵攻。 その最中、織田信長の義弟である浅井長政がまさかの裏切り。


 敗北した織田信長の復讐として行われたのが姉川の戦いであった。


 その戦いで勝利したのは織田信長。


 こともあろうか……織田信長は敗北した浅井と朝倉のしゃれこべを黄金の杯に変えて酒を飲んだという伝説がある。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「……つまり、そう言う事でござるか?」と景虎は、明智光秀に訪ねた。


 浅井、朝倉が黄金の杯に変えられたと同じよう、明智光秀も黄金の剣に変えられたのか……と。


「この光秀の場合は、王殺し魔剣を作るため概念を抽出されたのですが……それは些細な事ではありますね」


「なるほど」と景虎は頷くが、


(正直に言うと解せぬ事ばかり。何が解せぬかと問われても答えれぬほど不可解な事が多いでござるが……)


「それが、ここにあるという事は、先ほどのドラゴンが盗んだ……? いかに最強の生物とは言え、尾張将軍の宝物庫から宝を奪われるものでござる?」


「さぁ……なにぶん、光秀も魔剣としての意識が希薄な頃でしたので。わたくしでも自身の身に起きた事を知らぬ……そういう事もありましょう」


「なるほど、そういうものか」と納得はしなかったが景虎は――――


 気づけば手を伸ばしていた。  


 王殺しの魔剣————『日向守惟任』 つまり、明智光秀の本体に……


 それは、アッサリと台座から抜けた。  


「おぉ! やはり光秀めの主人になられる方でしたか! 末永らくよろしく申しますぞ……えっと、お名前はなんと?」


「……景虎だ。拙者は有村景虎と言う名前でござる」


「では、景虎どの!」と光秀が叫ぶと、変化が起きた。


 本体である『日向守惟任』が眩いほどの光を発しながら、その形状を変えていく。


「これは……」


「心配不要」と光秀は答える。


「これは光秀の体が、持ち主である景虎殿の情報と読み取っております。今に相応しい形状に成って見せましょうぞ!」


 そう言って変化を終えた光秀の体————『日向守惟任』は日本刀の形をしていなかった。


「これは……種子島か?」


 種子島————つまりは鉄砲のことである。


「しかし、鉄砲としては短く、短筒にしては長い。所謂、鉄砲大名が作る物には奇妙奇天烈な品が多くあると聞くが、そう言う部類か?」


「はっはっはっ……この光秀、刀になったり、銃になったり……」 


 その後に続けた言葉は――――


『散りぬべき 時知りてこそ


   世の中の


     花も花なれ 人も人なれ』



 刀として封印されていたはずの彼が何故ゆえ知っていたのかは不明であるが、


 それは自身の娘が最後に残した辞世の句であった。



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ———現代日本のダンジョン―――


「夢だったか……」


 景虎は目を覚ました。 例の魔物、片目の怪物であるサイクロプスを討伐した後、戦闘の疲労を癒すため、岩の隙間に身を隠して仮眠をとっていたのだ。 


(長い、長い夢を見ていた。それも、自身が追われることになった魔剣を手に入れた時の夢だった)


「しかし……」と彼は自虐的に笑った。


「噂話には門戸は立てれないとは、よく言ったものだ」 


 秘密にしていたはずだったが、王殺しの魔剣『日向守惟任』を景虎が手に入れた話は、様々な勢力に広まっていった。


 その結果、次々に刺客を送られた。 


 倒幕派は織田信長を討つために、


 佐幕派は逆に織田信長を守るため、


 様々な利権から金が飛び交い、闇の仕事人たちも多くが景虎の命と魔剣を狙った。


「逃げて、逃げて、逃げ回った。ダンジョンの奥深くに身を隠して逃げて回った。  

 

 その結果、ここには見た事もない魔物。それと戦う者たちも見たことない装備に技。使う魔法も拙者たちとは違う。 まるで――――」


「いや、あるいは本当に異なる世界に来てしまってのではありませんかな?」


「光秀か?」


「肉体から解き放たれた。この光秀だからこそわかる事もあります。ここは我々たちがいたサムライの世界とは違う」


「……そうか。なら拙者はどうすればいい?」


「好きなように生きなされ。新たなる世界は、誰も貴方を咎めない。されど――――」


「古き世界はどうだろうな?」と光秀の言葉を遮る第三者の声。 


「何者でござるか?」と聞いて景虎であったが、その声には聞き覚えがあった。


「俺が誰かわからないか? 久しいな……虎」


「お前も俺を追ってきたのか……夢之介?」


 現れた刺客は、紫雲丸夢之介。 かつて、景虎とは仲間として戦っていた男だ。


「闇の仕事だ……とは言え、お前とは本気で斬り結んでみたかった」


 夢之介は剣先を景虎に向けた。


「止めておけ。拙者には、そんな気はござらんよ」


「ふん、俺の姿を見ろ……どう思う?」


「どう……とは?」


「わからぬだろう。鍛え抜かれた体。自分よりも大きな魔物に向かって刀を振る……お前はサムライにとって理想の男だ。それを後ろから眺めていた俺は――――どれだけ惨めだったかわからないだろう!」


「――――っっ!」と景虎は夢之介の刀を弾いて防御した。


 確かに、そういう者はいる。 


 ダンジョンであれ、刀を振るう者こそがサムライ。


 魔力などと怪しげな力で幻術を使う魔法使いは、サムライに非ず――――


 しかし、有村景虎は魔法使いである者を、そう思った事はなかった。


「拙者は、お主のような者が後方を守ってくれるからこそ、前線に安心して飛び込めた。そなたのような魔法使いを愚弄する者は、実戦を知らぬ愚か者だけでござるよ」


「貴様の感想など求めていない! 俺が! 他ならぬ俺がそう思っているのが許せない。払拭するには、俺が知る最強のサムライを倒すしかあるまい!」


 両者の動きは速い。


 しかし、景虎の武器は魔物を狩る専門の刀————大きくて重い。  

 

 対する夢之介の刀は、小さい。 後方から魔法を使うためだ。


 両者がぶつかり合えば、夢之介は力負けする。


 景虎は大型刀を手に、その重さを活かした一撃を繰り出した。


 夢之介は自分の敏捷さと速さを信じて、景虎の攻撃を躱す。それと同時に、速い連続の打撃を仕掛ける。


 しかし、速度では勝るはず……だが、実際には、夢之介の剣速は景虎と互角だった。 


「見ろ! 貴様が何を言っても俺は弱い俺が許せない!」


 夢之介は殺意を込めた攻撃であった。 しかし、景虎には殺意が薄い。


 殺さぬように刀を振るう景虎は、実質的に手加減しているのと同じ事だ。


「――――やはり刀の技では勝てぬのならば!」


「まさか、夢之介……祝詞と唱えるつもりでござるか!」


 景虎は警戒心を強める。 祝詞————つまり、魔法の詠唱が始まったからだ。


「――――今より行うのは炎舞。 灼愁の炎花に捧げるのは焚魔の祈り――――」


 景虎は詠唱を止めるために前に駆ける。 しかし、前の向きながら下がる夢之介は速い。


 これが夢之介の戦い方だ。


 巨大な魔物を相手に1人で戦うために、強烈な魔力を放つ。 


 最大威力で放つ準備のために逃げる。


「――――紅焰を纏いて、噛み砕け――――」


 そして、詠唱を終えた夢之介の腕には膨れ上がった魔力が宿る。


 彼が静かに手を広げると、その掌から炎が舞い上がる。


「行け! 炎獅子よ!」


 炎の魔力が形を成し、炎獅子が現れたのだ。


 その姿は壮大で、全身が炎で覆われ、威風堂々とした獅子のような姿をしていた。


 本物の獣のような動きで景虎を襲うために駆けだした。夢之介の指示により、炎獅子は、敵である景虎に向かって突進していく。


「――――くっ!」と景虎は炎獅子の体当たりを躱す。 しかし、それで攻撃は終わらない。


 炎獅子に合わせて、夢之介も前に出ているからだ。


「覚悟しろ……虎!」と刺突。 それを回避する景虎であったが、逃げた先には炎獅子が待ち構え、鋭い爪や牙を武器に襲い掛かって来る。


 一瞬にして景虎は窮地に追いやられた。


(これが夢之介の恐ろしい所。連携の取れた2対1を強制してくる)


 サムライの魔法使いは、強烈な魔法を放出するのではない。


 式神のように再現された魔法獣と同時に自身も刀を振るう。


 なぜなら、彼等は魔法使いであるが――――


 それ以上にサムライであるからだ。


 炎獅子は火球は吐き出す。 避ける景虎であったが、それは単純な攻撃が目的ではなかった。


 火球は地面に接触した途端、周囲に広がる。 景虎を囲む炎のカーテンとなる。


 そして敵は「――――」と無言で奇襲を仕掛けてきた。 炎のカーテンは目くらまし。


 飛びあっていた夢之介は炎幕を突き破り、落下攻撃を既に開始していた。


「回避は、間に合わない。その高さからの一撃は受けても、落下の重さによって押し倒される。なんと見事な――――ならば!」


 ならばと景虎は刀を振る。 落下してくる夢之介にタイミングを合わせて、打ち上げようとしたのだ。


「やはり、虎の馬鹿力は想像を超えて来る————怪物め。だから、もう1手多く打っておいてた」


 再び、上空に舞い戻っていく夢之介であったが……


「これが最後だ。逝くがよい……炎獅子よ!」


 すぐさま、炎獅子が襲い掛かって来る。そう思って備えていた景虎であったが……


 景虎と襲った物は衝撃。 炎獅子が大きく燃え上がったかと思ったら、次の瞬間には爆発したのだ。


 自爆。 炎獅子も、景虎も、立っていた所には、何も残っていない。


 ただ、少しだけ残った火がゆらゆらと揺れているだけだった。


「やったか……俺の手で討たれて死んでくれたのか、虎よ?」  


 独り言のつもりだった夢之介の声。しかし――――


「いや、そう簡単に死んでやるわけにはいかないでござるよ」


「なっ!」と夢之介が振り返った時には、景虎の刀が胴に叩き込まれていた。


「峰打ち……というわけではござらぬが、剣で殺さぬ技も修めている。暫くは動けぬであろうが……」


「ど、どうやって?」


「むっ?」


「どうやって炎獅子の爆破から抜け出せた。あのタイミングでは逃げ出す事は不可能のはずだ!」


「……残念ながら、まだ拙者には見せておらぬ技があるでござるよ」


 その言葉に夢之介は――――


 カッ!と目を見開いた。


 屈辱を払拭するための戦いであったが、本気すら引き出せていなかった。


 その事実はサムライである夢之介にとって恥でしかない。


「殺せ! ここで俺を殺さぬなら、もう一度……いや、何度でもお前を殺しにやって来るぞ、虎!」


「――――好きにするがよい。夢之介は信じぬと思うが……拙者は殺生が嫌いなのでござるよ」


 そう言って遠ざかって行く景虎に背中に、何度でも「クソっ!」と罵る夢之介の声がダンジョンに響いた。


 友との戦いを終えた景虎は、


(ほとぼりが冷めるまでダンジョンの奥で身を隠すつもりだったが、もうこんな所まで追っ手が……)


 その戦いの余韻を感じることもなく、足早にその場から立ち去った。


(しかし、体が重い。呼吸も大きく乱れている)


 先程の戦いで生まれた刀傷や火傷は、無論、原因ではある。


 だが、それ以上に、長い逃亡生活は景虎に安息を許さなかった。


 いつ魔物が出没するかわからぬ緊張感。 食料や水の調達も簡単にはいかない。


 そもそも、普通の人間は逃亡先にダンジョンなど選ばない。


「やれやれ、童の頃よりダンジョンは遊び場所と思っていたが、少しばかり見通しが甘かった……でござるかな?」


 腰につけた水筒に手を伸ばす。竹でできた水筒の中身は水ではない。


 回復薬……つまり、ポーションだ。


(夢之介との戦いで壊れなかったのは幸いだが、どれだけ残っているか?)


 傷と疲労を……さらに喉の乾きを潤そうとしたのだが、二滴……三滴……と舌を濡らす量にも足りなかった。


 万全の回復は期待できない。


「もはや、これまでか」とその場に座り込む。朦朧とした意識。聞こえてくるのは、


「しっかりなさいませ、景虎どの! かげとらどのおおおぉぉぉぉ!」と光秀の声だった。


(誰にも看取られず、ダンジョンにて1人で死ぬ。サムライとしては理想の死に方かもしれぬな……)


 最後に、彼の耳には何かの足音が届いた。魔物ではなく人間の足音。


 こちらを向いて駆け出している。近づいてくる影は――――


「大丈夫ですか!? しっかりしてください。今、ポーションを飲ませます」


 女性の声だ。どうやら助けが来たようだ。


(やれやれでござる。どうやら、また死にぞこなったみたいで……)


 今度こそ、景虎は意識を失った。 次に目を覚ました時、見知らぬ部屋に彼はいた。

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