おまけ話 皇帝様の一日

「はぁ……」


「帝様、もうすぐ学校に着きます」


「あぁ」


 黒塗りの高級車に揺られること10分ほど、毎日変わりもしない景色にはかなり前に飽きた。運転席に座っているのは父親でも母親でもない、皇家専属の運転手。彼は俺が生まれるよりも早く父の運転手をやっていたベテランだ。


「清水」


「はい」


「俺はもう高校生だ。そろそろ警護の必要はないんじゃないか?」


「私はお父様より警護の任を受けています。お父様から任を解かれない限り放棄することは出来ません」


「……そうか」


 隣にいる清水は小さい頃からお世話になっている人物だ。しかし、俺はもう17だ。いい加減、介護癖のように俺の事を心配するのは控えてほしい。


「着きました」


「あぁ」




               +             + 




「おはよう」


「あっ、おはよう」


 周りにいる他の生徒は仲良く廊下に並んで歩いている。当然、歩くスピードは一人で歩いている俺よりは落ちるだろう。そうなれば狭い廊下で追い越せずに追い付いてしまうのは当然だ。


「あっ」


 並んで歩く女子の1人がふと俺の方を見た。まるでまずいものを見たような表情で顔を正面に戻し、周囲の女子に話しかける。その女子はさも自然に移動したかのように廊下の端に寄って行った。


「はぁ……」


 俺は幽霊だ。誰とも話さず。認識されたとしても見えないものとして扱われているような気がする。しかし、これで良いのだ。俺には他人を傷つける力を持っている。それは金や権利の力だけではなく、超常的な力も含まれている。


 これから何でもない一日が始まる。


 


               +             + 




「お兄様」


美幸みゆき


「どうしたのですか?お兄様が中等部のクラスに来るなんて……もしかして、私に……」


「いや、四ノ宮 朱音に用がある」


「へっ?」


 時間になっても来ないのでわざわざ中等部棟の方にまで足を運んでやったのだが……。


「お兄様、誰ですか?その四ノ宮というのは」


「お前は違うクラスだから知らないか……」


「名前からして女子ですよね」


「あぁ」


「!?……なぜ、お兄様が中等部で他の女子をお探しに?」


「一緒に帰るためだ」


「なっ……」


 今日は零の家で会議をしようとしていたが、四ノ宮 朱音が来ないので呼びに来た。妹は何故か遠い目をして呆然としていた。


「どうした?」


「なんでもありません。もしかして……最近、帰りが遅いのも……」


「ん?」


 妹は何やら独り言を言っているが、とりあえずあいつを探さなければならない。


「またな、美幸」


 妹の隣を通り過ぎて奴のクラスを探す。




               +             + 


 


「何故だ?なぜ俺の攻撃が当たらない」


 右手で繰り出したパンチも相手は軽々と避けた。それだけでなく、相手はリーチの長い武器を取り出してそれを振り上げた。当然、攻撃後の硬直時間中のため避けることが出来ない。

 

「くっ……これならば」


「当たんない」


 今度は上空にジャンプして避けられた。相手は落ちてくる勢いを使って踵を俺の頭目掛けて振り下ろす。今度はガードを使ってそれを防ぐがそれを分かっていたのか、着地してすぐに俺の事を掴んで来る。


「何?」


「それっ」


 俺の体は軽々と投げられた。そして、足場のない端にまで追いやられた。


「まだだ」


 俺は何とか空中でジャンプし、体を浮遊させてステージの端を掴もうとするが……。


「落ちろ」


 奴はそれを見計らい。俺の頭上に拳を振り下ろした。そして俺は穴の底に落ちていく。


 Game set


 画面に浮かぶ文字が俺の敗北を示していた。


「くそ。何故勝てないんだ」


「朱音ちゃんは強いからね」


「雑魚皇帝」


「黙れ、死神娘」


 ヘラヘラと笑いながら画面から離れて台所に行く死神を見ながら、俺も休憩するためコントローラーをテーブルに置く。一息ついて時刻を確認するともう18時直前だった。


「そろそろ帰るか……」


「もう帰んの?夕食作るけど」


「そうか。じゃあ……ご馳走になる」


「了解。すぐ作るよ」



 

                +             + 





「帝様、このような時間まで何をしていらっしゃったのですか?」


「友達の家で夕食を食べて来た。気にするな」


「今後、このようなことは控えて頂けると……」


「父さんも母さんも俺の事を信頼してくれている。この程度の事で口を出したりはしないだろう」


「ですが……」


 清水の言葉を最後まで聞くことなく自室へと足を進める。二階に上がると正面に開けた広間があるが、そこに妹がいた。家でも学校でもほとんど会う機会が無いので一日に2回会えるのは稀だ。


「何をしている?」


「お……お兄様。これは……」


「ん?なんだ漫画か……そんなものを読んでいるのか(そういう感じの漫画を読んでいるのか)」


「いえ……これは……友達から借りていて……」


「そうか。あまり熱中しすぎるなよ」


 妹の趣味にあまり口出ししすぎるのも良くない。自室へ向かうために再び歩き始めようとすると。

 

「お兄様」


「何だ?」


「お兄様は……その……四ノ宮さんという方とお付き合いしているのですか?」


「付き合い?……まぁ、そうだな(今日もゲームに付き合ってもらった)」


「!?……そ、そうですか」


「ん?」


 妹は何故か漫画を握りしめたまま下を向いて黙り込んでしまった。借りたと言っていたはずの漫画の表紙がくしゃくしゃになっているが、指摘しないでおこう。




               +             +




「ふぅ……」


 自室のベッドに寝転がり、天井を見つめる。部屋には俺一人、静けさが耳に響く。少し前まで零の家に居たことを思い出す。3人でゲームをして夕食を食べながら何気ない会話をする。


「あれが……家族か」


 この家に比べれば狭い家で使用人もおらず不便な点もいくつかあるのにあの家はどこか暖かかった。この家に親はいない。父親は仕事が忙しいため休日以外は財閥の子会社を転々としている。母親は自身が持つブランドの仕事で海外へ居ることの方が多い。そのため、基本的に生活は使用人に頼ることが多い。妹との会話も年齢を重ねるごとに減った。


「……はぁ」


 他人の環境を羨むことを止めて、目を瞑る。


 こうして皇帝の一日が終わっていく。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る