第一話 優等生なS級美少女の手料理

 健全な男子高校生たるもの、一度は女の子の手料理を拝みたいと妄想したことがあるはずだ。


 好きな子はもちろんのこと、憧れの先輩や可愛い後輩、学校でS級美少女と呼ばれる優等生とか、考え出したらキリがない。


 そう。それほどまでに女の子の手料理というのは、男子高校生にとって、経験したいシチュエーションのトップに君臨している。


 それは、現在バリバリで男子高校生である一ノ瀬夏向も例外ではないのだが、まさかそんなシチュエーションは一生訪れることはないと思っていたこともあり、彼は手を引かれている現状を受け止めきれずにいた。


「何をぼけ~としてるの?」

「僕は今、全男子高校生の夢を噛み締めているんだ」

「何よそれ」

「言葉で表すのは難しいかも。まぁ、雛坂さんは気にしなくていいよ」


 ここで男子高校生の夢物語を話し始めると、引かれてしまうのが目に見えるため、軽く誤魔化す。

 まぁ、本当に言葉にするのは難しいのだが……。

 

 コンビニから数分経った今、やっと現実に向き合う姿勢が整ったことで、かねてからの疑問に手をつける事にする。


「ねぇ雛坂さん?」

「何?」

「手、いつまで繋ぐの?」

「な!?こ、これは……その……勢いというか……」


 その……の後から声が極端に小さくなって聞こえなかったのだが、まぁ気にしないでいいだろう。

 彼女はそのまま、パッと掴んでいた手を離す。


 惜しいことをした。


 今後の人生、優等生なS級美少女に手を引かれる機会は恐らくないと思うのだが、『手を掴まれて歩いている』という現状がどれほど危険であるのかを考慮すれば、妥当な判断なはず。


 男子高校生の嫉妬と女子に対する情報収集力は段違いなのだ。下手すれば、どこかのスパイとかよりも上かも。

 もう既に把握されているかもしれないが、これ以上リスクは負いたくない。


 だが、まぁ、この事実が漏洩したとしても、最後に同学年の超絶美少女の手料理を食べられさえすれば、埋められてもお釣りが来るってものだろう。

 ここはドッシリと構えるとしよう。


 ニ分後、「着いたわ」と言って彼女が止まったのは、夏向の住むアパートから大きな交差点を跨いだ側にある、大きなマンションの前。


 まさか、こんなに近かったとは………。


「ほら、行くわよ」


 その大きさと場所に驚く夏向を他所に、彼女は中へスタスタと入って行く。

 彼女に遅れないように、夏向はその背中を追う。

 

 風除室に入ると、結希は何かしらの操作盤の前に立つ。そして、鞄から鍵を取り出して、軽くかざす。


 すると、ドアが自動で開く。


「オートロック!?へぇ、最近のマンションはセキュリティがすごいなぁ」

「そう?最近のマンションなら、このくらいの防犯設備は結構見かける気がするけど」

「そんなんだ。僕の住んでるアパートだと、鍵が壊れてセキュリティ皆無だから新鮮かも」

「あなたの家どうなってるのよ……まぁ、見た目はかなり年代物って感じだったし、少しは納得できるけど…」


 そんなたわいもない会話をしつつ、待っていたエレベーターを経由して八階へ。

 エレベーターを降りて右手に歩いた先に、彼女の部屋があった。


「どうぞ」

「お邪魔します……。うわぁ、すげぇ」


 そんな小学生の絵日記に書く文章のような感想を述べつつ、彼女に案内されるがままに部屋の中へ。


 部屋の広さは……うん、分からん。なんか広い。


 おそらく僕の部屋の数倍はあると思うけれど、残念ながらその広さを表せるほどの知識を持ち合わせていない。


 まぁ、何LDKとかだろうな、勝手な予想だけど。


「さっき渡した封筒はそこの机の上に置いておきなさい」

「はーい」

「後、手洗いうがいを忘れずにね」


 バスルーム?らしき部屋に入って手洗いうがいを済ます。

 リビングに戻ると、彼女は既に料理を作り始めていた。


「あ、一ノ瀬くん。もうすぐできるからそこのテーブルにでも座っておいて」

「え、もうできるの?」

「まぁ、昨日から仕込んでおいたから……」

 

 座って天井のシミを見つける遊びを開始して数分。

 一つも見つけることがないまま、料理が運ばれてくる。


 もちろん『優等生なS級美少女』に料理を作ってもらった上に運ばせる、なんてことはさせられないと思い、手伝いを申し出たのだが、何故か断られた。


 理由を聞くと、「料理を運んで提供するまでが、私なりにご馳走するってことよ」という返事が返って来た。

 

「い、いただきます」

「どうぞ」


 手を合わせて全身全霊の感謝を込めて告げる。


 (ごめんな、秋ノ宮高校生の男子生徒諸君!!僕は今から夢を叶えさせてもらう!!)


 メニューはハンバーグに味噌汁、かぼちゃとクリームチーズのサラダ、だし巻き卵とかなり豪華。

 

 箸を持ち、いざ決戦!!


 色々迷ったが、まずはだし巻き卵からいただくことにした。箸を入れると、プルンッと揺れる。


 その見るからにふわふわなだし巻き卵を口に運ぼうとして、目の前の席に結希が腰掛ける。


 そして、頬杖をつくと、こちらをガン見してくる。


「な、何?」

「いや、別に。気にしないで食べて」

「う、うん」


 見られているとこんなに食べにくいのか……。

 が、ここで夏向は引くわけにはいかない。


 今、口に運ぼうとしているだし巻き卵には夢が詰まっているだ。恥ずかしいとか、そんなひとときの感情でその夢を途絶えさせるわけにはいかない。


 覚悟を決め、いざ口の中へ!


「……………美味しい」


 気がつけば、この言葉から口から漏れていた。


 (え?卵ってこんなに美味しくなるの?僕が過去に作った卵料理は何だったのさ?)


「そ、そう。美味しいのね。良かった……」


 だし巻き卵のあまり美味しさに心が昇天しかけていた夏向に対し、結希は少し気恥ずかしそうにそう呟く。


「うん。かなり美味しいね」


 内心、美味しすぎて軽く泣きそうだった。いや、こんなに美味しい物を食べるのはいつぶりだろうか。

 あ、別にコンビニ弁当が不味いとかじゃないよ……うん。


 もうこうなったら、味わうだけ味わってやろう。


 その後は黙々と食べ進めていたのだが、ふと思い出したように結希の方を見る。


 すると、彼女はまだ頬杖をしながらこちらを眺めていた。


「どうしたの?」

「え、あの…ごめんなさい。あまりに美味しそうに食べるものだから、つい……。家族、特に私の両親は私の料理に対して『美味しくない。まだまだ努力が足りないな』としか言わないから……まぁ、姉と兄は基本的に何も言わないんだけどね」


 途端に彼女は、普段絡んだことがない夏向でも分かるほどに顔が暗くなる。


 そんな彼女の表情と話を聞いて、


「は?」


 と、思わずイラついた声が出た。

 やりえない。やりえないだろ、そんな事。


 こんなにも美味しい料理なのに、家族、特に親は彼女に対して『美味しくない』とか『努力が足りない』と言うなんて……。


 作ってもらう立場として、してもらっている側の態度とは思えない。


 先程までの和むような雰囲気とは打って変わり、怒りの感情が込み上げてくる。


 が、それでも今は彼女の美味しいご飯をいただく場。

 怒りを胸の奥で抑え、冷静さを取り戻す。


 せっかくご馳走してもらったんだ。

 本心を伝えるべきだ。


「ねぇ、雛坂さん」

「何?」

「とっても美味しいよ。僕は今日、コンビニの前で君に会えて良かった。君のご両親は『美味しくない』、『努力が足りない』と言っていた見たいだけど、僕からしたら努力の結晶のように感じられる。仕込みとか、味付けとか、何も努力してない味じゃない」


 料理の努力をしたことがない不真面目少年でさえそう感じるんだ。彼女のご両親はともかく、他の誰が食べても、彼女に対して『美味しくない』とか『まだまだ努力が足りない』とか思わないし、言わないだろう。

 

「なっ!?………あっ……その……あ、ありがとう……」


 うわ。雛坂さんの笑顔可愛い!!というのは置いといて………。

 この子褒められ慣れて無さすぎるでしょ。美味しいとか言われただけでこの照れ具合だし。


 クラスのみんなとかは彼女のことを噂で『凛としてる』とか、『高貴』とか言っているけど、中身は結構、どこにでもいるような、可愛らしい女の子のようだ。


 というか、この程度でこの照れ度なら、もっと褒めたらどうなるのだろうか。


「いやぁ、もう。美味しすぎて死にそうだよ」

「なっ!?」


 まだ追い討ちするの!!という表情。


 うむ。実に可愛い。


「だし巻き卵とかも、口に入れた途端、ジュワッと出汁が出てきて味わい深いし、ハンバーグも、あだっ!!」


 結希は夏向の猛攻に耐えきれず、頭にチョップを落とす。


「い、いい加減にしなさい……」

「ご、ごめんなさい………調子乗りました……」


 彼女を見ると、フシュー、フシュー、頬が赤く染まっている。 


 流石に言い過ぎたか。


 でも、暗い顔から一変したし、結果的には良いだろう。


 しかし……まぁ、これ以上は彼女の事情に踏み込むのは避けるべきだな。


 少しばかりご両親との関係は気になるけれど。

 

 と、なれば話題を変えるとするか。

 

 夏向はここで、彼女の部屋に入ってからずっと感じていた疑問をぶつける事にした。


「あ、そういえばさ。さっき、仕込んでおいたって言ってたけどさ、本来ならこの料理を食べるはずだった人は大丈夫なの?」

 

 そう。


 夏向が気になっていた事は、元々、この料理を食べる予定だった人のことだ。


 前日から用意をしていて、帰ってからものの数分で提供できるほどの準備。


 この段取りの良さは、元々彼女が用事を終えた後、この部屋で料理を作る予定だったに違いない。


 僕とはたまたま遭遇しただけだし。


「問題はないわ。元々食べる予定だった人は、私と一緒に外でたらふく食べていたから」

「そうなの?」

「ええ。さっきコンビニで止まっていた車と話をしていたでしょ?その助手席に座っていた私の姉に出す予定だったの」

「なるほど」

「その姉が、一ノ瀬くんの事について聞いて来たから、あなたがコンビニに来た理由を伝えたら、『ご馳走してあげたら?』って返ってきて」

「それでご馳走してくれたのか。まぁ、君は一度『これで私は』って去って行ったしね」

「そうね」


 と、ここで会話が一区切りついた事に加えて、美味しいご飯も食べ終えたので、時間を確認する。


 もう深夜一時を回っていた。

 流石に時間もやばいため、夏向は出て行く準備をしはじめる。

 

「ご馳走様。あ、お皿は僕に洗わせてよ。君にされてばかりだとなんか申し訳ないし……」

「できるの?」

「僕をみくびっているね。これでも家ではほぼ一人暮らしなんだ。皿洗いぐらいはお手のものさ」

「へぇ、そうなの。私と一緒ね」

「そうなんだ。確かに、僕が部屋にお邪魔してから雛坂さん以外と会わないなぁって思ってたんだ」

「元々姉と暮らしていたんだけどね。なんか仕事で忙しいから私だけの部屋になったの」

「なるほど」

「じゃあ、後片付けはあなたに任せようかしら。もう夜も遅いし、私はシャワーでも浴びて寝るわ」

「な、なんですと!?」


 年頃の男子がいるのに、シャワーをお浴びになるだと……。

 その図太い神経はどこから生まれるのか。


 あぁ、秋ノ宮高校の男子生徒諸君。僕は夢を叶えるだけでなく、その上まで拝む事になりそうだ。


 そう思ったのだが……。

 

「ていうか、同級生の女の子が隣でシャワーとか耐えられないから!お願いだから僕が帰るまで待って!!」


 僕は逃げた。


 いや無理でしょ。手料理でさえ夢のシチュエーションだって言うのに、その上とか。


 何故か湧いてくる罪悪感とかに押しつぶされるわ!


「そう?私は気にしないけど」


 いや。料理を褒められるとバチくそ照れるのに、同じ空間に男子高校生がいてシャワーを浴びれるのはどう言う理屈だよ。


 心の中でそうツッコミを入れながらも、黙々と皿洗いを続ける。


 そして数分。


 食器を洗い終え、封筒を手にした夏向は、彼女に見送られつつ、玄関に向かった。

 

 なんか、今日は運が良かったみたいだ。


 深夜に起きたときは『やっちまったな』と思ったが、結果はオーライ。男子高校生の夢を叶えることもできたし。


 そう思いつつ、靴を履き終えたところで、僕は言う。


 精一杯、今の思いを。


「今日は美味しい料理をありがとう。封筒も。この恩は必ず返す。不真面目な僕が君に何かできるか分からないけれど、それでも僕は、君が今日ご馳走して良かったって思えるように頑張るよ」

「何格好をつけてるの?でも、まぁ……少しは期待しとくわ。私の料理、お…美味しいって言ってくれたし……」

「うん」

「でも、まずは真面目に学校に来なさい。私が封筒をあなたの家に持って行かなくていいようにね」

「任せて」


 こうして夏向は、扉が閉まるまで玄関で彼を見送ってくれた結希を尻目に見つつ、帰路に着いた。


 そして翌日。


 一ノ瀬夏向が目覚めたのは、昼前だった。

 格好をつけたのに、昼前だった。






ここまで読んで頂きありがとうございます!!

是非、ハート(❤︎)や星(★★★)での評価、フォロー等、お待ちしてます!!


今回は結構長めだったかも。また調整しますね!


 



 


 

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