第30話 ただいま護送中?
「いつかやると思ったわ」
「いやだから誤解なんだってばー」
そういって泣きつくような声でスマホに縋り付けば、受話器から呪詛のような聞き覚えのある声が飛んできた。
「貴女、わたしが生放送でどれだけ気まずい思いしたかわかってるの? ノグチなんてシオリが誘拐事件起こしたって話聞いてから撮影にならなかったんだけど」
「はい、それについてはほんっっっとすみません」
どうやらニュース速報でわたしの情報が流れたようで、和気あいあいとした朗らかなスタジオがシベリアもかくやというほど凍り付いたらしい。
結果、掲示板ではお祭り騒ぎ並みの陰謀論が囁かれることとなり、一時は放送事故で番組中断すら視野に入っていたそうだ。
「まぁその件はわたしの小粋なトークで何とか乗り切ったけど、それで今どこにいるわけ?」
「あー警察の護送車で署に連行中かな」
「はぁあああ⁉」
裏返ったような怒声が耳元でさく裂し、たまらず受話器から耳を遠ざける。
そうだよね。やっぱタマエも理不尽だと思うよね。
「あのシオリが警察程度に捕まるっていったい何やらかしたのよ! 特殊機動隊でも出動したわけ? 本当に無事なの、死人は出てないでしょうね」
あ、そっち?
わたしの心配は?
「貴女は毎日、ノグチのご飯食べてるからそう簡単に死にやしないでしょうが。それよりどうなの? 初音ちゃんは無事なんでしょうね!」
「い、いやぁーそれが誘拐事件に巻き込まれちゃって、重要参考人としていまいっしょに連行されてるんだよね」
「重要参考人って、ちゃんと令状は見せてもらったわけ」
あー忘れてた。確かにその手はあったかもね。
「けどこっちのことは心配しないで撮影がんばってってノグチに伝えてくれる。そろそろ警察の人も焦れてるみたいで」
「ちょ、めんどくさくなっても報連相はちゃんとしろって常々言ってるでしょ、あ、ちょ、まだ話は終わって――」
「それじゃまたねー」
わざとらしく明るい口調を意識して、スマホの画面をタップする。
予想通りの激おこ状態だったなぁタマエ。
これは帰ったら後が怖い。
(さて、あとはこれからどうしようかだよね)
さっと不自然でないように車内を見渡す。
護送用なのか、ある程度武装した警官が五人ほど乗っているらしく物理的に脱出は難しい。
しかも初音ちゃんがいる手前、手荒な真似はできないときた。
それこそわたし一人なら十分脱出可能なんだけど、
(かといってほんとに犯罪者になっちゃうのも気が引けるし、それじゃあ敵の思うつぼなのよね)
下手に暴れて、大ごとにしたくないんだけど、そうは言っていられないか。
「それで、連絡は終わったかね」
「ええ、ありがとうございます。おかげで心配させずに済みそうです」
そういってスマホをコワモテの警官に返せば、一瞬だけ空気が弛緩した。
アイテムボックスの類は逮捕されたときに没収されてるし、手持ちのアイテムといえばノグチが持たせてくれた『お守り』くらい。
それにしても、まさか警官全員がグルだったなんて。
「よかったんですか。疑いがあるとはいえ犯人に連絡させて」
「俺にも妻がいるからな。いきなり警察に連行されたと知らされるのはつらいだろうから今回限り特別だ。それに今回の件はいろいろと裏がありそうだからな」
「あははーこれが最後の通話にならなきゃいいんだけどねぇ」
正面に座るコワモテの警官の言葉に、冗談ふかして笑い声を上げれば、隣に座っている初音ちゃんが縋り付くように私の服の裾を掴んだ。
「夏目さん、あの、私――」
「だいじょうぶだいじょぶ。わたしが何とかするから初音ちゃんは大人しくしといて」
さーて、これでも大人なんだし。
少しはノグチがいなくても大丈夫ってところを見せるとしますか。
「それで今どこに向かってるんでしたっけ? 犯罪者の護送ってわけだし、警察庁じゃないですよね?」
そういってわざとらしく、外を見る仕草をすれば、わたしの行動のすべてを監視していたであろう警官たちがわずかに身じろいだ。
警戒されている。
ただ、わたしの目の前に座るコワモテ警官だけは、やけに真摯な視線をわたしに向け、小さく咳払いして見せた。
「言い忘れていたが、あなた方はある組織に狙われている疑いがかかっていてね。保護のため別の場所まで連れて来いという命令がきているんだ」
「組織、ですか?」
「ああ。あの事故現場でその組織に連なる痕跡を報告したところ。再び襲撃される危険性があり、緊急とはいえ芝居を打たせてもらったんだ」
そういって「驚かせて済まない」と素直に頭を下げるコワモテの警官。
それを聞いた初音ちゃんがほっと息を吐きわずかに緊張を解いた。
「なんだよかった。私、てっきり夏目さんが誘拐犯のメンバーだって勘違いしてると思ってたんですけど、疑われていたわけじゃなかったんですね」
「どこで誰が見ているかわからないからね。敵の素性がわからない以上、状況的にああするしかなかったのだ」
フーン、護衛ねぇ。
それにしてはやけに生き物の気配が多い気がするけど
「それってどのくらいの人が知ってるの?」
「どういう意味だ」
どういう意味って
「こういう意味よ!」
車体がわずかに浮かび上がったタイミングでインパクトに乗せて、高く天井を蹴り上げれば、絹を裂くような甲高い悲鳴が車内に響き渡った。
「い、いまのは」
「ダンジョンでよくテイムできる、偵察用の使い魔よ」
あの鳴き声からして上層に生息するイビルバットの上位種だと思うけど、
「この車両、尾行されてるわよ」
「馬鹿な! この作戦は極秘なのだぞ!」
コワモテの慌てようからして、どうやら知らなかったらしい。
「ねぇさっきの話だけど掲示板で噂されてる例の新興教団であってる?」
「……ああ、知っていたのか。察しの通りその組織で間違いない。実は最近、テイマーやスキルもちの探索者がさらわれる事件が多発していて、そちらの初音さんに相談を受けてから密かに護衛させてもらっていたんだ」
「それじゃあ、私が感じた嫌な雰囲気は」
「勘違いさせて申し訳ない。上司の命令で秘密裏に泳がせることになっていてね。現行犯で奴らのしっぽを捕まえる必要があったんだが、そうか。やはり奴らの狙いは彼女だったか」
そう言いながら装備の点検を始めるコワモテ警官。
「だが、そのおかげで犯人の一味がまだ君たちを狙っていることが分かった。奴らの口から情報を吐かせれば組織の壊滅する手掛かりにもなる。怖い思いをさせて本当に申し訳なく思うがもうしばらく協力してくれないか」
「あの、わたしが狙われているということは、他のさらわれた子供たちの方は大丈夫なんでしょうか」
「ああ、向こうはテイマー協会に協力を要請して、さらに厳重な警戒を敷いてもらっているから問題ない。先ほど連絡で無事が確認された」
「だったら問題ないです。このまま私をオトリにしてください」
「いいの? かなり危ないよ?」
「確かに怖かったけど、あの子たちが無事に元の場所に戻される方が大事ですから」
「それに、夏目さんがついてますから」と言って震える指で、わたしの服をつまむ初音ちゃん。
まったく怖いだろうに無理しちゃって。
そこまで覚悟が決まってるんだったら、お姉さんも頑張っちゃいますか。
「あのところでさ。わたしもひとつ気になることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」
「ああ。気づいたことなら何でも言ってくれ。正直、君の才能は戦力になる。これは早急に解決したい事案なんだ」
「んじゃ遠慮なく聞くけど。警官ってさ、いつから催眠装置を携帯が許されるようになったの」
そういってコワモテの腰元に視線を落とせば、目の前に座っていた警官の顔が不自然に動いた。
「――催眠装置、なんのことでだろうか」
「そのスマホ、現代風にごまかしてるけどダンジョン製だよね。さらわれてた子供たちも生気がない感じだったし、もしかして呪いでも付与されてるんじゃないの」
「いや、誤解だ。これはそんな物騒なものじゃない! これは奴らの足取りを掴むための証拠品、現に俺がに触っても我々は無事だ」
「ああ、出力を上げても無駄だよ。わたしと初音ちゃんもレジスト持ってるんで」
「頼む! 信じてくれ!」
うん、信じるよ。なにせ間抜けは見つかったみたいだしね!
そうして手錠に繋がれたまま、初音ちゃんの隣を固める回し蹴りを繰り出し、昏倒させた瞬間、残りの三人が一斉に動き出した。
(やっぱりコワモテ以外全員洗脳済みか!)
拳銃、アーミーナイフに超特殊警棒。
動き出したのを見計らって、あえて手錠で攻撃を受ければ、手錠を破壊した勢いでアーミーナイフを持った警官モドキに拳を叩き込む。
そして体をわずかにねじり上げて、超特殊警棒を蹴り上げれば、そのまま初音ちゃんを引き寄せようとしたとき、それよりわずかに早く銃を持った警官が動いた。
「動くな」
「な、何するんですか⁉」
「貴様血迷ったか!」
突然の出来事に、対処しきれなかったのか目を白黒させる初音ちゃんと、コワモテ。
どうやら催眠装置を持っていたのは、この銃の男らしい。
コワモテが反応できなかったところを見ると、相当高位の探索者らしいけど、
「その子を離せ! 仁見巡査!」
「おおっと、隊長、大人しくしていてもらいますよ。動けばこの女の頭をはじく。それが嫌なら我々の言うことを聞いてもらいましょうか」
くっ、肝心なところで初音ちゃんを人質に取られてどうすんのよわたし!
ノグチ料理のレジストが効いてるから、襲撃犯の誰かしら紛れ込んでるとは思ってたけど、隊長以外は全員洗脳済みだったなんて。
(せめておにぎり一個分、多くノグチの料理を食べてたらあんな奴に後れは取らなかったのにぃ!)
朝のグータラで朝ごはん食べれなかったのが災いした!
仕方ない。さっさと黒幕を吐かせるために少し強引な手に出たけど、この辺が潮時か。
「わかったわよ、面倒なのは好きじゃない。黒幕の下に案内するなり、ぼこぼこにするなり好きにしなさい」
ただし初音ちゃんに指一本でも怪我させたら承知しないんだからね!
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