11/15 猫

 翌朝、月ではなく太陽が空にあることを確かめてから、わたしはおそるおそる書斎に向かった。

 ガラスを覆っていた布を取り除くと、姉は飾り棚の中で眠っていた。クッションに半ば埋もれて眠る姿は猫に似ている、とふと思った。

 昨夜、姉はどんな顔をして「うそつき」と言ったのだろう。

 声をかけようか迷っていると、姉がぱちっと目を開けた。澄んだ瞳が動いた。

「おはよう、なぁ子ちゃん」

 いつもどおりの姉に見えた。


 姉が外を見たいというので、姉を抱いてカーテンを開けた。なんとなく、昨夜の埋め合わせをするような気持ちもあった。

「なぁ子ちゃん見て、あそこに猫がいる」

 姉がくいくいと顎を動かす先を見ると、確かに一匹の鼈甲猫が庭を横切っていた。そういえば姉は猫が好きだった。今でも好きかもしれない。

 腕の中の姉の重みは、猫を抱いたときの感触に似ている。飼ったこともないのに、猫を抱いた記憶だけはある。いつそんな機会があったのだろう。わたしの記憶も大概穴だらけになっている。


 なぁ子ちゃん。

 姉がぽつんと呟いた。「こわいことやいやなことがあったら、姉さんのところにおいで」

 わたしは腕の中を見た。姉は窓の方を見つめている。そちらに視線を動かして、ようやく気づいた。

 姉は、窓ガラスに映ったわたしの顔を見ているのだ。


「私は、なぁ子ちゃんの姉さんなんだから」


 ふいに、幼い日のことを思い出した。

 まだ姉が生首ではなく、わたしが臆病な子供で、どこへ行くにも姉に手を引かれていた頃の記憶が蘇って、気がつくと涙がこぼれていた。

「泣いてもいいよ。みんなには黙っといてあげる」

 姉はそう言って、優しく微笑んだ。

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