番号6

 「彼女」の目は思ったよりも大きかった。黒目がちで、首から提げているウサギのペンダントの影響を受けてるせいかもしれないが、どこかウサギみたいな印象を僕は覚えた。


 そしてそのペンダントを揺らし「彼女」は手をつきながら上半身を起こす。

 何だか、驚いたような表情を浮かべて。


「あ、あの……大丈夫?」


 我ながらマヌケな呼びかけ方だと思うけど、他にどう声をかければよかったのか。

 とにかく、そんな僕の声で「彼女」はようやく僕の存在に気付いたようだ。


 大きな目で僕をじっと見上げていた。

 だけど、その表情は……何だか不思議なものを見るような目だ。


 そんなに僕はおかしな格好してたかな?

 空色のポロシャツにジーンズという、特徴がそぎ落とされたような格好をしている自覚はあるんだけど。


「うん。大丈夫」


 それでも「彼女」はそう声を返してくれた。

 やっぱり訝しげな表情のまま。そしてそんな表情のままであることの謎解きを、自らしてくれるかのように、「彼女」は続けてこう言ったのだ。


「……というか、あたしは大丈夫じゃ無かったのかな?」

「ええと……」


 この炎天下で、ごろりと仰向けにひっくり返っていたんだから、過去・現在・未来の全部で大丈夫では無かったと言いきっても良いと思う。


 いや、そんな事よりも「彼女」はとびきりおかしな事を言ってる気がする。

 僕はそのいやな予感を確かめるように「彼女」に自己紹介した。


 そんな場合か、と内心でツッコミながら、それでも順番としてはこうなってしまう、と諦めながら。

 それでも無駄な抵抗と言うべきなんだろう。


 それでも僕は「彼女」が立ち上がる手助けも忘れなかった。

 「彼女」は僕の手を掴んで立ち上がる。そして間を持たせるように、パタパタと服に付いていた砂をはたき落とした。


 そこから訪れる静寂。再び意識せざるを得ない暑さ。そして虚ろに響く蝉の声。

 

 ……やっぱりなのか?


 僕がそんな風に覚悟を決めた瞬間、


「困った……あたし、自分の名前が思い出せないみたい」


 とうとう決定的な一言を口にしてしまう「彼女」。

 僕はこの事態にどう対処すべきかわからなくなったのだろう。


 自分の名前も思い出せない「彼女」に続けて尋ねてしまったのだ。

 何故この場所にいたのか。そして、公園で倒れていた理由も。


「う~ん、ごめん。それ全部わかんないや。あたし、どうなってるんだろう……?」


 やっぱり、そんな答えが返ってきた。

 名前すら思い出せないんだもの。当然といえば当然だ。


 ある意味では整合性があると言ってもいいだろう。

 さて、ここからどうするか、という話になるんだけど、それにつけても現在の最大の障害は、はっきりしている。


 この暑さだ。


「……と、とにかく暑いからさ。取り合えず僕の部屋に行く?」

「そうして貰えると、助かります」


 僕の提案を受けて「彼女」は手を合わせて僕を拝んだ。


 ……そういうのは覚えてるんだな。


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