第3章 夕食は歓談とともに

第12話

 ウェスタリアの面会が終わった後、レレムは店内に戻ることになった。帰りの廊下も、スタッフの一人に道案内をされる。


「そういえば、いろんな薬がございますね。せっかくきたので何か買っていきたいと思うのですが、おすすめはありますか?」


 ふと訊いてみたい気分になって、レレムは声をかけた。


「あ、おすすめは……店頭にも販売しているんですけど、変身薬、というのはいかがですか?」

「変身薬、ですか」

「栄養剤をドリンクにしたものなんですけど、これを飲めば健康に変身!って、みんなで考えたんですよ。ちょっと飲んでみますか」

「いいんですか?」


 確かに実物は気になる。


 すぐに店には戻らず、彼女の事務室みたいなところに行く。

 スタッフは瓶の蓋を開けると、ガラスコップに黄色い液体を少量注いで、レレムに渡した。


 流石にここで毒を飲ませることはないだろうと判断しながら、コップを受け取る。


「……酸味がありますね」


 飲んでみた感想が漏れた。

 普段あまり取れていない栄養も入っているのだろう。エネルギーが入り、体が熱くなる。


「フルーツや野菜を加工しているんですよ」

「おいしいです。他にもいろいろ入っていそうですね」

「そうなんですよ、飲みやすいようにって」


 その話を真面目にうなずくふりをしながら、レレムはニコリと微笑んだ。


「もしよろしければ小分けにしたものを購入しても……」

「ええ、ぜひぜひ!」


 スタッフの女性はすぐに清潔な小瓶を棚から取り出すと、そこに注ぎ入れていく。

 和気あいあいと話しながら、レレムは原液の入った瓶に視線を動かす。


 何故レレムがそこまで反応するのか。

 それはノーヴの手紙だ。


——リラ図書館が開発した変身薬は、飲むと姿が変えられる。

 最近もらった手紙には、そのことが書かれていた。だから気になっている。


 しかし薬を飲むだけで外見が変化するということは、骨格や身長、体重が変化するということであり、それはつまり骨や肉を変形させる物質が含まれていることになる。

 そして、ドロドロに溶かす過程と再構築が必要なはずだが、どんなに薬が有能でも、一つの薬でそれを実現するのは難しいだろう。


 もしくは何か表面に物質が現れて、自分が変わりたいと思っている人間の形に周りが見えるとか?


 もしくは薬はただの睡眠薬や意識を失わせるだけで、意識を失っている間に、体を改造させる、ということも可能性としてはありえる。ノーヴによると、外見を変えたり、体のつぎはぎをする技術は存在するらしい。


そんな、他人が頭をのぞいたら絶句されそうなことを考えていると、店に戻ってきた。


「おお遅かったな、もう一人で帰っちゃおうかと思ったよ」


 開口一番、カルロスはそんな冗談を言った。レレムはいくつかの返答方法が頭をよぎった後、話を合わせることに決めた。


「困りますね。それだとどこに泊まろうか——」

「だろ? だから残ってたんだ」


 ニヤッと不敵にカルロスは笑った。待ってくれていたのは、ありがたいとレレムは思った。


 外に出ると日が傾き、薄雲がたなびいているのが見えた。非日常から解放されて、日常に戻ってきたような寂しさが、心地よく感じた。


「結局、エライザっていう薬剤師は本物なのか?」

「どうなんでしょうね」


と言いながら、レレムは軽くうつむく。


 カルロスが言っている意味は、薬剤師として本物かどうか、だろう。それについては本物だとレレムは思っている。毎日働いている以上、従業員の目は誤魔化せない。実力はあるはずだ。


 けれども、「エライザ」という存在が本物かどうかは……レレムは馬鹿らしいとは思いつつも、そのテーマについて考察を続ける。現実的な思考と、常識的な思考は、必ずしも一致するとは限らない。


「目的が何か、気になりますが」

「……意見がありそうだな」


 カルロスはめざとくそう言った。控えめな微笑みをレレムは浮かべる。


「憶測でものを言うのは、なるべく控えるようにしていますから。それに、私の意見は変に聞こえるはずですよ」

「何が本当かわからないなら、どんな意見でも、言うだけ言ってみるべきじゃないか?」


と、カルロスはうながす。


 民衆の意見を聴くべきだ、という、とても民主的な発想がカルロスから出てきたことに内心驚きながら、レレムは好ましく思った。


「カルロスさんって、本当に貴族が似合いませんね」

「俺、急にけなされてない?」

「……ほめているんですよ」

「ぜんっぜんほめてるように聞こえないなあ、それ」


 そう言いながら、笑い始めた。照れ隠しのように。


 そう、そこなのだ、とレレムはいつも思う。

 こういう発言をして無礼だと怒らないプライドがないわけではないと思うけれども、それよりも大切だと思っていることが、カルロスにはあるのだろう。


 その一つが、相手の本音を引き出すことなのかな、とレレムはあたりをつける。

 確かに相手の本音を知っていれば、より効果的に相手にささる言葉を選べる。

 言ったところで減るものじゃないか、とレレムは改めて考え直して、述べることにした。


「薬剤師としては本物だと思いますが、本物のエライザさんかどうかはわかりません」

「……どういうことだ?」

「変身薬があったでしょう。市販されているものはただの栄養補助剤ですが、どこかで名前通りの本物が密造されている可能性があります」


カルロスは当然ながら、


「うそだろ」


と信じきれない様子でいった。


 あくまでも可能性であって、レレムも確信しているわけではない。


「どんな意見でも聞くとおっしゃいましたのに、嘘つき呼ばわりするなんて」


 そういいながらも、レレムはクスリと笑って見せる。


「いや、そんなわけ——」

「変身役が仮にあるのだとしましょうか。一番効果があるのは、有名人になりすますことだと思います。有名人ほど顔パスできますし、権威を使って煽動できますからね」


 カルロスはしばらく唖然とした様子で黙って聞いていたが、


「……お前、よくそんなスラスラと思いつくんだな。才能あるんじゃないか?」


 最後の方は口元がニヤついていた。本気にしていないことがわかって安心する反面、レレムは少しムッとする。

 口をわずかに歪めながら答えた。


「自分がされたら嫌なことを考えただけですよ」

「ほっんと、想像力豊かだなあ」

「一度考えておいたことなら、実際に起きても対処しやすいですからね」


 それは自分が一番実感していることだ。反対に、予想外のことが起きると、途端にどうすればいいのかわからなくなってしまう。一度でも想像しておけば、対処が楽だ。


 カルロスは続けて質問してくる。


「じゃあさ、そのなりすましの可能性って何パーセントぐらいなんよ?」

「……5パーセント、くらいでしょうか」

「5パーのためにそんなに考えるのか」

「1パーセントもあれば、考慮に入れる理由に十分だと思いますが」

「オイオイ、マジかよ……」


 本気で呆れられた。どうやらレレムの考え方がとても面倒なものに見えて理解できなかったらしい。


 やっぱり人間は分かりあえなさそうですねと、さらりと思いながら、食糧雑貨店の商品が、道端半分を占領するようにせり出しているのが見えた。

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