第2章 薬屋の小さな事件

第7話

 遅めの昼ご飯を取ろうと思い、ウェスタリアに教えてもらった屋敷に入った。知らない店だから、入ってみないと中の雰囲気がわからない。いつもそれで、少し緊張する。


 ウェスタリアの花屋の近くだから、ぼったくりをするような悪い店じゃないだろうと思い込んで、勇気を出してドアをくぐってみる。


 パッと見た感じ、酒場のようだった。ランチタイムとディナーの間という、微妙な時間帯だからか、人混みは少ない。レレムはご飯を注文しようとして、カウンターに近づいた。


 壮年の男性がレレムに気づき、おそらく「何が欲しいんだ」ということを話し始める。やっぱり早口でまくし立てられ、半分くらい聞き取れなかった。メニュー表は、おおかた読めたので、知っている単語が多いメニューに指をさして伝える。


「これと、これをください」


 無言でやるよりはマシだと思って、声を出しながら伝えた。店員も、レレムが言葉に不自由しているのに気づいたのか、態度が柔らかくなって、「座って待っていなさい」と身振りを交えて言ってきた。その優しい表情を見て、この店はきっと大丈夫だと、レレムは感じた。


 ふと後ろから気配して、それが徐々に近づいてくるのを感じた。


 レレムは反射的に振り返る。


「よお! ここは美味いんだぞ。当たりを引いたな」


 なぜかカルロスの姿があった。すぐに周りを見渡してみる。けれど、やっぱり一人のようだった。


「……家来の方には、まだ捕まっていないんですね」

「優秀な部下だよ。でも俺の方が一枚上手なんだよなあ」


 カルロスは半分冗談、半分本気で言っているらしく、満更でもない様子で笑っている。


 脱走スキルを磨き上げて、この人は何をするつもりなのだろう、とレレムは思ってしまった。あんまり、日常生活で役立ちそうなイメージが持てない。……嫌な仕事から、さりげなくいなくなっているとか?


 旅は道連れ、なんて言葉がある。出会った流れで、そのまま一緒に食べることになった。


「カルロスさんは、どうしてこの町に来られたんですか」

「ああ、有名な薬剤師がいてだな、ちょっと会いに来たってわけ」


「藤の種」


 それを聞いたレレムは、予感がして、ポツリと呟いた。


 カルロスの顔色は、その単語を聞いて途端に変わった。瞬きをした後、眉間にしわが寄り、少し姿勢が前のめりになる。


「おい、なんで知っている?」

「……私は藤の種と言っただけですよ。なんで反応しているんですか?」


 レレムが微笑みを深めると、カルロスはしばらく返答に困っていたが、やがてうんざりしたような顔でコメントした。


「性格悪いな」


 レレムは笑ったままその言葉を受け止める。


 関係がある、と見なしてもいい。そうすると、あの執事は、カルロスの部下と見てもいいのか?


 レレムは咀嚼していた食べ物を喉に飲み込んだ後、少し布巾で口を拭う。


「藤の種って、人間には毒なんですよ」

「え、そうなのか」

「まあ人間じゃないのでしたら、大丈夫かもしれませんけど」

「オイオイ、俺を舐めてんのか? そこらの野生動物よりは弱い人間だぞ。毒ってマジか」


 堂々と自信を持って言うセリフでは、ない気がした。けれども、そういうことを言えるのが、カルロスらしいことなのかもしれない。


 私だったら言えない、とレレムは思う。


「嘘はつきませんよ。先程、執事のような方が、花屋で藤の種をお求めでいらっしゃったので……。カルロスさんが毒殺される予定でもあるんですか?」


 単純に考えれば……思考の終着点には、その結論が待っていた。


 怒ってくるかもしれない、と警戒しながら言ってみると、カルロスは机をダンっと叩き、頭を抱えた。


「ハメられた……エセ薬剤師に」

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