第5話 オッサン、決意する

 気まずい沈黙が俺たちの間を流れる。

 かなりヤバい事情なのだろうかと不安になりだした頃、リーシャはポツリポツリと話しはじめた。


「この国の魔術師には個人と、魔術協会会員の二種類がいますの。会員になれば住居の提供や、魔術の研究に関しても高額の資金が支給されるのですわ。そして、一度でも会員になればその家系全員が継続して恩恵を受けられますの」

「そんな制度があったのか

「だから会員として認められた家系は、会員資格を維持することが目的になります。そうすれば家族の生活を保障してもらえますし、先祖代々受け継いてきた魔術の研究に没頭することもできますから」

「そりゃ維持したがるわけだ。俺だって思うぞ」

「わたくしのルヴィエオラ家も魔術協会の機構の一つ、《魔術犯罪対策局》に認められた一〇六家系ですわ。主に魔術を使った犯罪者を取り締まるのが仕事ですの」


 なるほど。立派な屋敷に住んでいたのは、会員になった魔術師の家系だからってことか。生まれつきのお嬢様なのかと思ってた。

 あと妙に正義感が強いのも納得だ。


「じゃあ街で見かけた店のやつらは個人の魔術師ってことか? 使い魔を働かせていたやつもいたし」

「使い魔に店を切り盛りさせている方はそうですわね。人で不足を簡単に解消できますから。会員は新術式の開発や、治安維持に関係する仕事が多いですわ」


 不思議な料理や品物に目を奪われて深く考えなかったが、個人商店と警察くらい違いがあったのか。。

 この国の中枢を牛耳っている魔術師は一般市民だけでなく、個人の魔術師と比べても別格のエリートってわけだ。


「ん? でもこの話ってなにが問題なんだ? リーシャの家系もその会員なんだろ。いまのままでいいじゃないか

 」  

「いままでは当主であるお父様が会員だったのですが、半年前に協会の任務で命を落としてしまって……。会員であり続けるためには、次の当主が認定試験に合格しなければなりませんの」

「すまない。心の傷を掘り返すつもりはなかったんだ。。じゃあいまは……」

「ルヴィエオラ家が魔術協会の一員でいられるかは、当主を引き継いだわたくしの実力にかかっていますわ。リュウジさん、あの夜召喚の魔術を使ったのはそのためです」


 ようやく理解できた。試験を突破するために強力な使い魔が必要で、魔王を召喚しようとしていたわけだ。


 それでときどき表情が沈んでいたのか。召喚に成功したと思ったら、前世魔王のよくわからんおっさんが来たわけだしな。


 SSR確定ガチャからバグったキャラが出たようなもんか。

 しかもそいつは契約書の命令も効かないし、この世界を見てから従うか判断するなんて言ってるわけだ。


「ほ、他のやつを召喚するのはダメなのか? 七十七魔王とか言ってたし、まだいるんだろ?」

「あの時用意した魔道具や触媒は財産の大半を使った高価なものでしたの。すぐにまた同じ儀式を行うことは不可能ですわ」


 そういえばなんか高そうな本とか調度品とかが、山盛りにしてあった気がする。あれ全部パーになったのか。

 俺が来たせいで。


 あの魔王なんてとこに送りやがるんだ。

 もうちょっと空気を読んでくれ。


「その認定試験に落ちたらどうなるんだ?」

「わたくしの屋敷と魔術に関係する財産はすべて没収ですわね。メイドの方にも再就職先を探してもらわないといけませんわ」


 お嬢様からいきなりホームレスかよ。しかも他人の人生までかかってるし。問題はこのことが俺にも関係大ありってことだ。

 衣食住には困らないと思っていたのに、ハードモードすぎるだろ。


「あ、あの……勝手なことばかり言って悪かった。だから昨日はあんなに必死だったんだな」

「リュウジさんのせいではありませんわ。すべてはわたくしが未熟だったせいです。天国のお父様、それに子供頃に亡くなったお母様もきっと納得してくれますわ」


 父親だけなく、母親までリーシャは失っていたのか。

 俺とまったく同じだ。


「でも財産はともかく、思い出のあるお屋敷を手放すのは少しさびしいですわね」


 彼女の悲しそうな表情を見て、覚悟が決まった。俺には思い出といえる物はないが、他人の思い出くらいは守りたい。


 どうせ一度は死んだ身だ。

 おまけの人生……いや使い魔生くらい好きにやってもいいだろう。


「その試験、俺じゃ合格できないか? どんなものか知らないけど力を貸すぞ」

「そんなのいけませんわ! リュウジさんは元々普通の人ですのに」

「でも前世はすごい魔王なんだろ? リーシャが力を貸してくれたらなんとかなる気がするんだ」

「で、でも……」

「飯まで奢ってもらって知らん顔ってのもダサすぎるしな。男のプライドのためだと思って頼む」


 俺はリーシャに向かって頭を下げる。心の底からだれかの役に立ちたいと思って、頭を下げたのはこれが初めてだった。


 リーシャは戸惑いつつも、俺の手をとって言った。


「頭を上げてください。リュウジさん、貴方がそう想ってくれるなら、わたくしに力を貸してくれませんか?」

「おう、任せてくれ。それと『リュウジ』でいいぞ。俺は使い魔なんだからな」

「はい、リュウジ」


 こうして俺はリーシャ・ルヴィエオラの使い魔として、新たな人生の第一歩を踏み出した。最初の仕事は没落寸前のお嬢様を助けることだ。


「それで試験ってなにをするんだ?」

「試験には魔術の知識を問われる筆記と、使い魔同士の戦いで力を示す実技がありますわ。筆記に関してはわたくしも自信があります」

「じゃあ後は実技か。俺が戦えばいいんだな?」

「はい。魔術協会の試験官との実戦になりますわね」


 さっきのボガートに楽勝だったし、意外いけるんじゃないかと楽観的に思う俺。そこへ釘を刺すようにリーシャは話を続けた。


「試験官の使い魔は戦闘に特化したタイプなので気をつけてくださいね。リュウジにはまず【スキル】、魔力を使用した能力を使いこなせるようになってもらわないといけませんわ」

「修行が必要ってことだな。それで試験はいつあるんだ?」


 この時の俺はのんきに考えていた。努力して使い魔の能力を鍛えれば、試験の日までにはなんとかなるのだろうと。

 スキルという未知の能力を、これから自分が使える期待感もある。魔力で不可思議な現象を起こす、まさに異世界の醍醐味だ。


 だが、そんな甘い期待はすぐにぶち壊された。


「試験の日は……その……」

「どうした? 口ごもって」

「その……あ、明日ですの」


 一瞬理解できなかったが、あとから遅れて衝撃がやってきた。明日!? 明日にもう試験があるのか!?

 この世界に来てまだ二日目なんだか!?


「うそだろ……」


 いまこの瞬間歩道を歩く通行人は、膝から崩れ落ちるおっさんの姿を目にしただろう。





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