剣聖に成る!

からあげのおにぎり

第1話

 戦場。現代日本では感じることが無いであろう異臭や熱気、そしてその中に間違いなくある死という気配。

 戦況は均衡。数の上では攻め手である帝国―ミハエル帝国が大きく上回っているが個々人の能力や軍全体の士気、そして見後な用兵によって戦況は五分。むしろ共和国―レティノア共和国軍のやや優勢に傾きはじめていた。

 両軍の最前線では共和国軍の熱気と勢いに呑まれた帝国軍が押され気味になり兵士たちが逃走をはじめようとしていた。

 そんな帝国軍の後方から地響きが轟いてくる。

 その地響きと微かに上がる砂煙を見た指揮官は慌てて前線に指揮を出す。

「マズイ!前線、直ちに防御陣形を採れ!」

 しかし、前線は熱気に呑まれ敵陣にくい込みすぎてすぐに陣形が取れるような状態ではない。

 指揮官は諦めることなく前線の兵に指揮を出し続けた。だが、その必死に叫び指揮をだす姿が地響きの主、帝国軍第二師団重装騎馬連隊、そして師団の長であり共和国侵攻軍総指揮官であるレティオール・ミハエル大将の惨めな標的となってしまった。レティオールは進路を混沌とした前線から共和国軍前線指揮官へと変える。

 指揮官はそれに気づき急ぎ陣形を変えようとするがそんな急場しのぎの陣形で大陸最強と名高い帝国の重装騎馬隊の突撃に敵うはずもなく、指揮官と気概のある兵士たちは無惨な骸とかしてしまった。


「ミハエル様!何度も言いましたが前線に飛び出さないでください!御身に何かあったらどうするおつもりで!」

「あぁ、今日もうるさいのぅ。ミレイちゃんは」

 ミハエルの名の通りレティオールは帝国の皇族であり前皇帝の弟だ。そんな高貴な身分でありながら本人は優秀な才覚を政ではなく武に見出した。彼の才覚はあらゆる面て間違いなく前皇帝にも劣るものではなかったが本人が敬愛する兄と己の欲求のために士官学校は進学。貴族としてではなく軍人としての道をすすんだ。

 その後、彼は遺憾無くその才能を軍人として開花。破竹の勢いで出世し、若くして自分の専用部隊を持つこととなった。しかしかれの悪癖として前線で部隊を率いて突撃することが彼の生きがいであった。その悪癖は65歳になった今も無くなることはなかった。そんな彼を止めようとする副官の苦労は計り知れない。

(なんじゃ、共和国もこんなものか。他愛無いのぅ。ワシも生きすぎたかのぅ)

などと共和国軍の人間が聞けば目ん玉に飛び出すようなことを考えていたレティオールは横から飛んできた真っ直ぐな刺突に意表を突かれ馬から落ちてしまう。

「グッ……」

 レティオールは馬から落ちながらもすぐさま体制を整え、腰に携えた剣を抜き去り構え自分を馬から叩き落とした原因を見定める。周囲をみると長剣をもち倒れる少年の姿があった。レティオールは思わず目を見開き少年をみるがすぐに臨戦態勢を取る。それは起き上がった少年の目が間違いなく自分を殺そうとする人間の目をしていたからだ。

「ミハエル様!」

「止まるな、ゆけぇい」

 レティオールは副官に対し迷わず進ませた。

「アンタ、お偉いさんだろ。じいさん」

「そういう、お主はなにもんじゃ?」

少年の異様な気配にレティオールは何年振りかも分からない鳥肌が立つ。

「アンタが知ったって意味はねぇよ。今、殺すからな」

「カカカ、彼我の強さも見極められん若造がワシの首を取ろうなどとは。片腹痛いのぉ」

「言っとけ、クソジジイ!」

 少年は低い姿勢のままレティオールに斬り掛かる。

(ほぅ。この歳でこの速さと鋭さ。間違いなく天賦の才がある)

 レティオールは斬りかかってきた少年をいなしながら少年を観察する。少年の剣筋は悪いものではなくむしろ鋭く既にこの数撃は一瞬、気を抜けば歴戦の猛者であるレティオールすら首を跳ね飛ばす斬撃だったといえる。しかし、そこはレティオールも武人だ。気を抜くことなく普通の兵士であれば瞬殺されるであろう斬撃をいなしていく。そしてレティオールは少年の身なりから少年の身分に気づく。

(こやつ、孤児か)

 そうこの時代、孤児はなにも珍しくない。しかし、戦場にいるのはかなりめずらしい。よく見ると薄汚れた服装や他の兵士が付けている防具をこの少年はつけていないのにも関わらず、剣だけは共和国兵士の正規剣であることを鑑みるに切羽詰まった共和国軍が人手を集めるために孤児ですら集めたのだろう。大方、将官級の首を取れば大金をやると言って。そして少年はそれによってこんな戦場にいるのだと。

 レティオールは剣戟を続ける。やろうと思えば何度か少年の首を取れたがあえて取らず、防御を続け、時々みせる少年の隙に辛うじて少年が防げる斬撃を浴びせる。まるで師匠が弟子に剣術を教えるかの如く。

 しばらく2人は剣戟を続けていたが片や老齢とはいえ最前線で戦い続け未だ体力に衰えを知らない歴戦の武人と片や間違いなく剣士としての才覚が見えるも真っ直ぐで分かりやすく孤児のため満足に食事も取れていない少年。少年は息を切らしながらへたり込む。

「アンタ、……ど、どんな体力してんだ」

「カカカ、いくら歳とは言え小僧には負けるほど衰いてないわい」

 レティオールは無防備に少年に近づく。少年を抗う気力も無いのか近づくレティオールを見つめるだけだ。

「殺せよ。最初の一撃、防がれた時点で勝ちはなかったんだよ」

 レティオールは驚きに目を開く。最初の一撃とはレティオールを馬から落とした不意打ちの一撃のことだろう。

「それがわかっていながら何故、挑んできた」

「……わかんねぇ。……ただ、アンタとやり合ってみたい。何故かそう思っただけだ」

「ガッハッハッ、そうかワシとやり合ってみたいと。そう思うたのか!ガッハッハッ」

 レティオールは少年の言い分に呵呵大笑とレティオールは笑う。

 その様子に少年はポカンとするがそんな少年と近くで目を合わせレティオールは少年に告げる。

「小僧、おぬしワシの弟子にならんか?」

 少年は驚くがすぐにレティオールに聞き返す。

「同情か?」

 少年はレティオールが自分が孤児だと見抜いた上で同情で誘ってくれているものだと思った。

「カカカ、同情なんぞせんわ。戦場に立てば出自など関係ないわ。ワシはお主の才と心意気を勝っただけじゃ」

「それ、断ったらどうなんだ?」

「とても残念じゃがお主の生はここでおわりじゃろうな」

「それ、ただの脅しじゃねぇか」

 そんな言葉とは裏腹に少年の顔は清々しく少し楽しそうな顔をしていた。

「わかった。その脅し、乗ってやるよじいさん」

 そう言う少年の額をレティオールは鞘で叩く。

「痛ッ!なにすんだいきなり!」

「ワシのことはこれから師匠と呼べ」


 この日、帝国いや大陸に衝撃が走った。それは帝国で最強と呼ばれる剣聖、レティオール・ミハエルに弟子が出来たという情報であった。

 剣聖は教えを与えることはあるが弟子は1人しかとらない。いや取れない。何故ならば弟子と認めた人間だけが剣聖となれるからだ。剣聖の権威は絶大であり命令を聞く相手は帝国の最高権力者である皇帝のみである。これだけでどれほど凄まじいかは分かるものである。

 ただそんなことを知る由もない少年は師匠に鞘で叩かれながら変わるかもしれない日常に心躍らせるのであった。











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一話で完結の短編なんですが続編を望む声があれば続きを頑張ります。


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