1-2 海賊とキノコ星人
海賊は、落ち葉のベッドの上に寝かされていた。誰がやったのか、上半身は裸に剥かれて、貧相な胸板にはファーストエイドキットの治療用ジェルパッドが張り付けられている。
「痛ぇ……っ」
海賊は目覚めて、辺りをキョロキョロ見た。木の枝を集めて作った粗末な小屋の中だ。
それから体をまさぐって、たいした怪我がないのを確かめると、雄叫びを上げた。
「うおおっ、俺は生きてるぞ! ざまあみろ、ポリ公ども! イテテ」
腕を振り上げた拍子に、胸にできた痣が痛む。
「それにしても、一体どこのどいつが手当てをしてくれたんだ? 礼をしてやらなくちゃな」
そう言って傍らに置かれていたジャケットを羽織り、腰のホルスターからレーザーガンを抜く。
がさがさと、外で音がした。
「誰だ!」
藁束でできたのれんを潜って入ってきた影に、男は猜疑心に満ちた目と銃口を向ける。
その影は、びっくりしたように跪いて、土下座するみたいに頭をペコペコと下げる。
人間大のキノコみたいな生き物だった。巨大なエリンギみたいな体から、これまたエリンギみたいな手足が生えている。指はブナシメジそっくりだった。
「へ、服も着ねえなんて、随分原始的な種族だ」
海賊はキノコ星人をさげすむように言う。男が不時着したこの星は、星間航行技術を持たない種族の保護地域に指定されていた。銀河の辺境ともいう。とにかく、ろくな文明もないようなエリアだ。
「おいてめえら! 俺の言うことを聞け。まずはメシだ! 次に酒! 居るなら女も連れてこい!」
銃から放たれたレーザーが地面を穿つ。そのまぶしさに驚いたのか、キノコ星人はわっと回れ右をして去って行った。
「ふん。腰抜けどもだ。そういえば、女を呼ばせたのはまずかったな。キノコ女が来たんじゃ泣くに泣けねえや」
男はレーザーガンを弄びながら待った。
日が沈み、すっかり辺りが暗くなったころ。
カンテラの明りが照らす室内に、松明を手にしたキノコ星人たちが戻ってきた。
彼らが恭しく差し出した粗末な木の皿には、ぶつ切りにされた大茸の串焼きが載っている。
「俺が喰いてえのは肉だ!」
ひったくった串焼きからは、えも言われぬ芳しい匂いが漂っている。
「俺が、喰いてえのは、肉だ――」
抗えず、男は大茸にかぶりつく。ぶりんとした肉厚の茸からじゅわっと汁があふれ出す。
男は、多少は美食に覚えがあった。
さる大企業の令嬢を誘拐して得た身代金で、火星の暗黒街にある中華飯店を貸し切ったこともある。アルファケンタウリにしか住んでいない水晶魚の卵を、バケツ一杯に食べたこともある。
しかし、この茸は、初めての報酬で食べた本物のステーキよりも遙かに、何倍も、美味だった。
「うっ、旨すぎる――」
脳天からつま先を突き抜ける旨さに、男は貪るように茸を食べ続ける。
キノコ星人たちは、代わる代わる串焼き茸を差し出すのだった。
※
「ユーラ、ちょっと待て」
「なんだよパッチ」
あたしはビールをぐっとあおった。保冷ジョッキのおかげでキンキンに冷えたままのビールが、熱っぽくなった喉を潤す。
「この話のオチ、知ってるぜ。茸を食った海賊がキノコ人間になっちまうって話だろ?」
「まてまて。まだ話は終わっちゃいねえ。続けるぜ」
※
次の日から、男は船の修理をはじめた。奴隷みたいに従順なキノコ星人たちをこき使い、壊れたエンジンを船体から外して修理する。
キノコ星人は、この大きな森一帯に、うじゃうじゃと住んでいるようだった。
「くそっ、これじゃあすっかり赤字だぜ」
海賊は、襲撃の帰り道だった。獲物は、宇宙船のパーツを輸送する商船だ。そこを巡視船に襲われ、こんな僻地に墜落した。
巡視船はもうどこかに行ってしまったようだった。
「なんの匂いだ? 旨そうな匂いがしやがる」
男は、手にしたポルノ雑誌を放り投げる。たまたま空けたままにしていたコックピットの窓から、旨そうな匂いが漂い込んでくる。
「森の方だ。いってみよう」
海賊は宇宙船から出ると、レーザーガンを手に、注意深く森に分け入った。宇宙船の周囲では、キノコ星人たちが原始的な木組みの滑車を使ってエンジンを持ち上げていた。
匂いは、森にあるキノコ星人の村からだった。
「もしかして、例の大茸を焼いているのか?」
男は、キノコ星人立ちが差し出すままに、毎日毎日大茸を食べていた。どこで採ってくるのか、どう調理しているのかなど、興味の埒外だった。
男は木立に隠れて村の様子を見た。
「キャンプファイアーなんて、のんきな奴らだぜ」
明々と燃え上がる大きな焚火を、手を繋いだキノコ星人の子供たち取り巻いている。その周りで、大人のキノコ星人たちが、木の太鼓を叩く。
どこどこどん、どんどこどん。
軽快なリズムに合わせて子供たちがステップを踏み、そして音楽が止まった。
白い板を踏んでいた一人の子供が、ぱっと両手を離し――大人がその背を突き飛ばす。
焚火の中でもがき苦しむ子キノコ星人は声にならない悲鳴を上げ、火から逃れようとする。大人たちが、長い木の棒でつついて押し戻す。
海賊がその凄惨な様に呆然としている間に、子キノコ星人は黒焦げになった。それを大人たちが巨木の切り株の上に載せ、石のナイフで切り分け、串を打つと、海賊がいつも食べている串焼きのできあがりだった。
「そういうことだったのか!」
男は歓声を上げた。あいにくこの海賊は、我が子を犠牲にまでする献身に涙するような男ではない。
「すげえや……。いや、待てよ。これなら赤字を逆転できるかもしれねえ――!」
それからきっかり十日後。すっかり修理を終えた宇宙船に乗って、男は星を後にした。その船倉では、麻酔薬で眠らされたキノコ星人の一家五人が、簀巻きにされている。
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