願いが二人を分かつまで

K-enterprise

第1話 彼と彼女の事情

「何度生まれ変わってもあなたと一緒にいたい」


 現実の世界でも、世に存在する数多あまたの物語にいても、このような文脈で語られる想いは枚挙にいとまがない。

 他にも「いつまでもあなたを愛しています」といった、なんの根拠もなく、ただその時点の感情に突き動かされた言葉もたくさん蔓延はびこっている。


 別に、愛情がだとか、別の衝動によって置換された便利な言葉だとか言いたいわけじゃない。

 その時点の想いや情感は何ら否定するものでもないし、お互いの関係性を確認するためのキーワードとして周知の事実的に利用することも理解できる。


 でもさ、もし永遠に続く寿命が現実としてあった場合、その長い時間をずっとずっとそんな熱量でお互いが想い合えるのだろうか?

 事象の多くは、それがたとえ感情であってもその時間軸の中で収斂しゅうれんし、感も情も動かない静寂が訪れてしまうのではないだろうか。


 実際問題、永遠を誓ったはずの多くの男女が、たった数年で「こんなはずじゃなかった」と、ため息をついてみたり、「生活観の違い」などと音楽グループが解散するように離れていくケースだって少なくないのだ。


 もちろん、何年も何十年も仲良しで、死が二人を分かつまで、添い遂げられる雌雄も多い。でも、死が二人を分かたないとするならば、二人はどれだけ続けることができるのか。

 幸福も、不幸も、終わりがあるからこそ区切られ、そこでワンカットなのだ。

 観測者がいない終わりのない物語は、果たして物語と呼べるのだろうか。



 チュンチュンと雀が鳴き、カーテンの隙間から差し込む朝日が斜めに僕たちを照らすころには、ざっと前述のような、どこにも辿り着かない思考におちいっていた。

 いまだ隣に眠る彼女がすうすうと眠っている間に、さてどんな対応が適切なのかと、具体的な案を出すために頭を捻る。

 だが、良案が浮かぶ前に彼女の両目がゆっくりと開く。


「……げ」


 僕の顔を視認した彼女の第一声がそれだ。しかも本当にげんなりとした今にも吐きそうな顔をしながらだ。昨夜の夢のような時間と対比しても、実に残酷な話であるが、彼女が寝ている際、一足先に起きた僕が彼女を視認した際の第一声もまったく同じ「……げ」だったので彼女ばかりを責められない。


「まあ、なんだ、いつものことながらお疲れ」


 先に起きた僕が勝手に動いたりすると何かを画策していたのではないかと疑われる可能性を危惧して、彼女が起きるまで狭いベッドの上で耐えていたが、もうその必要もない。

 僕は彼女を見ずに声をかけながら、素早くベッドから抜け出し、手早く身支度を整える。

 こうなってしまった以上、裸の彼女を見ても情欲は湧いてこない(まあただの賢者モードという可能性もあるのだが)

 動物のように求めあった昨夜の記憶は、こんなにも五感に沁みついているというのに、今はその残滓ざんしを傍観者のように冷静に観察できるのだから不思議な話だ。


「あー、もう、ちょっと勘弁してほしい」


 彼女はベッドに仰向けになり、両手で顔を覆い、呪詛のような低い声で呟く。

 まあ、それは僕も同じ気持ちだ。


「今回で何回目なんだろうな」


 僕はスラックスとシャツを身に着け終え、ベッドサイドにある小さなスツールに腰掛けながら声をかける。


「もう数えてないし覚えてないけど、せめて、この、どうしょうもない状態に陥る前に思い出したいものよね」

「まったくだ」


 

 僕たちは、遠い遠い昔、愛を誓い合った二人だ。

「ずっと一緒にいよう」

「死が二人を分けたとしても再び出会い添い遂げよう」

「何度生まれ変わってもあなたと一緒にいたい」

 そんな激情の原体験を覚えている。

 むしろ一番明瞭に覚えているのはそのやり取りだった。


 それは約束なのか、契約なのか、盟約なのか分からなかったが、僕たちはそれから何度も生まれ変わり、そしてその度に恋に落ちて同じ時間を過ごしていった。

 最初は、前世の記憶なんて浮かばなかった。

 ただ、どうしても人生の中には同じようなシチュエーションがあって、その度に「あれ、前もこんなことあったよね?」という瞬間が増えていった。

 思い出さない人生も振り返ってみたらいつもの相手だったということもあり「また会えたね!」の気持ちは「あぁ、また会えたね……」から「またか……」という具合に段々と変化していった。

 そしてここ数回ほどは、大恋愛の末、体を重ねて一夜明けた翌日にこれまでの邂逅を全て思い出すというパターンが続いていた。


 回避、できないのだ。

 出会うことも、恋してしまうことも、何もかも。


 思い出した時点で、二人は今生の人生を外れ、長い長い二人の歴史の一つに吸収されてしまう。

 幸せな時間も、不幸な時間も、やむを得ない外力も、様々な事件や事故も、何もかも全部思い出してしまう以上、それまでの自我は維持できない。


「呪いみたいだよね、これ」


 彼女はベッドの上で僕に背を向け、泣きそうな声でそう呟いた。

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