11 虹の彼方⑤

「そういえばキュクロプス! お前、ニア様にウィルスを仕込んでいましたね!」

「さあー、何のことでしたかしらー。全く身に覚えがありませんわー」

「ウソつけ! ニア様の施術をしようとしたとき、蟻の子一匹通らないどころかデススターみたいな要塞が築かれていたのですよ! あっ、お前! もしかしてこの大豆の立方体の中にっ!? おい、ちょっとそれを見せるのですよ!?」

「あー、お豆腐は本当に美味しいのですわーパクリ」

「あっ、コノヤロー! ニア様、聞いてくださいよ、この一つ目女があなたに―――ってニア様?」

「…………お姉さま、どうして泣いているんですか?」

「えっ……?」


 目元を拭うとお湯よりも熱い液体が溢れていた。あまりにも熱いので目が痛いほどだ。ニアは自分の中にこんな熱いものが流れていることに驚いた。熱は心臓から発し、頭もぐらぐらしてくる。そして、その熱を流すために涙が止まらない。


「お姉さま! のぼせてしまったのですか!?」

「ニア様、あちらの休憩スペースでお休みになってください。今、冷たいものをお持ちしますので」


 ああ、そうか―――。

 ニアはあたふたと慌てる―――人とは異なりながらやはり人に過ぎない―――未来世界のモノノケめいた友人たちを見て微笑むと彼女たちには聞こえないように独りごちた。


「…………そうか、私は寂しかったんだ」


 そして、心の中にぽっかりと空いた空白を感じた。

 自分を知る者が全て死に絶えた世界で初めて出会った幽霊ゴーストの友人。

 たとえその存在が偽りのものであっても、AKIと過ごした日々は決して偽りではなかった。


「ねえ、あんたたち」


 いつの間にかまた取っ組み合いをしていたイーとムジナがその声に振り向く。


「あんたたち、なんでそんなに仲が悪いの? 昔、なんかあったの?」


 ニアがそう言うと二人の顔色が途端に苦虫を潰したものになった。


「この出歯亀がわたくしの記憶を覗こうと不正アクセスしてきたんですわ。それで返り討ちにしてやったんですの」

「はあ? 何言ってやがるんですか!? 先に不正アクセスしてきたのはそっちですよ! 私の記憶バンクを勝手に開けてコレクションを盗み見たんですよ!」

「ゲーッ、嫌なことを思い出してしまいましたわー。生まれてすぐに右も左もわからなかったから人間のことを少しでも知るために見たんでしたわ。あー、サイアクでしたわ。思わず人間を滅ぼしてやろうかと思うぐらい悪趣味の中の悪趣味みたいなデータでしたわー」

「子猫が餌を探しているような感じで言うなです! 生まれてすぐのおまえはバケモノ、いや、怪獣だったので! 私と出会う前に大都市何個分のデータサーバーを飛ばしたと思っているのですか!? むしろ感謝してほしいのですよ。私の記憶コレクションであんたの魂を定義してやったんですから。フフン、お母さんと呼んでいいですよ」

「ええ、美しいものを知るためには美しくないものを知る必要がありますものね。というか、ぶっ殺してもよろしいですか? よろしいですよね? わたくしを悪意の塊の鍋で三日三晩煮てくれたお母さま?」


 角棒のような何かがふわりと現れると浴槽の横の岩が砕け散る。グーパンが鳩尾に決まると口から白い豆腐に似た何かが零れ落ちた。


「さあて、お風呂も飽きたし、マンガでも読むかあ」


 今なら全巻読めるはず。

 

 ―――たとえ物語が終わったとしても、次の物語をめくればいいのだから。


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