11 虹の彼方①


    11 虹の彼方


「一応さー、種明かしを聞かせてもらっていい? お約束っしょ?」


 ふわふわと浮いた幽霊ゴーストは顎に手を乗せるとニヤニヤと笑っていた。


「私は探偵じゃない。だから、勘よ」

「ギャハハハ! 勘だけで”友達”を犯人されたし! 地味にショックなんすけど! フツーそこは庇うと葛藤するとかするんじゃね? マジヤバいんだけど!」

「そもそもの話、今回の件は何もかもが出来過ぎているのよ」


 仮想世界における白い殺人鬼との邂逅とそれによるネット障害、顔無しの郷と記憶消去、ムジナの思惑、イーとの再会。


「それらはイーとムジナが裏で仕組んでいたこと。私だけが蚊帳の外で鳥籠に閉じ込められたお姫様みたいに賞品にされていた。でもね、本当にそれだけなのか? むしろイーとムジナは偶発的に起きた出来事に利用、あるいは便乗する形で今回の件の登場人物になった」


 統計的に明らかに低いことも連続すれば、偶然ではなく何かしらの原因があると思うのが自然だ。例えば、誰かによる意図的な企みとか。


「イーとムジナは織物の横糸だとするならAKI、アンタは縦糸よ。横糸に隠れていながらも物語タペストリーの軸を担っている。サポートAIの立場を利用していかにも私の意思によって事が進んでいるように見せた」

「それ、妄想だし☆ 筮竹やタロットカード、手の皺に神サマの意思を見出しちゃう? もしかしてニアっちてスピリチュアル系?」

「私がただの平凡で友達の少ない、ゲームの実況動画を見るか、気まぐれにドライブするぐらいしか趣味のない大学院生ならそうかもね」

「…………」

「でも、違うんでしょ?」


 山本似愛改めニアは世界初の人体冷凍保存クライオニクス成功者。無機物に魂が再び宿ったモノ。本人が自分のことをどう思おうが、宝石のように価値があるものらしい。


 ―――MR恋人が保護者、ですか


 ―――空っぽのMR恋人なんてどうだっていい


「イー、あんたは気がついていたんでしょ?」


 ぼんやりとしていたイーは急に声をかけられて飛び上がった。質問の意図がわからず、ニアにねっとりとした視線を送っていた。その間、幽霊ゴーストはまるで見えていないかのように視界に入ることはなかった。


「質問を変えるわ、イー、アレは何?」

「アレですか? アレはただのアバターですけど……違うんですの?」


 かつての日本人ネイティブのティーンエージャーを再現した仮想体は笑い続けていた。それは月の目を持たないニアにもわかるほど感情を持ち合わせていない。


「……偶発にしては出来過ぎていることがもう一つ起きているわ」


 無人の奥多摩駅で来なかったタクシー。

 そこにたまたま居合わせた、今では少数派の自家用車を運転する男。


「あの晩、通信障害なんて起きていなかったことはムジナに確認している。そのときは天狗の男が私を利用するためだと思っていたけど、あなたは私を車に乗せることでAKIをアップデートする必要があったんですね」


 おそらく「神の貌」の記憶データは超圧縮した形で施設内のどこかに置かれていたのだろう。そして、MR眼鏡を装着したニアが接触することで誰の目に留まることなく回収されるのだ。


「そうなのでしょう? 時山さん」

「…………やれやれ、歴史上最高のMR恋人ラバーもキュクロプスの目にかかれば形無しだな」


 子高生からふいに感じる、半日前、悪路に揺れる車内で感じた男の存在。

 温良恭倹な雰囲気を纏いながら、どこか上の次元から見下ろしているような。


「今から半世紀ほど前の話だ。MR眼鏡をー日本人ネイティブの9割が装着していた頃、とある恋愛ゲームが爆発的にヒットした。人間は人間を模したAIに親愛の情を抱き、アホウドリのように自らの模型に恋をした。しかし、それらは膨大なデータの中から最適な答えを選んでいる模倣品に過ぎない。そこで開発者たちはコストを度外視した通常のMR恋人ラバー1万体に相当する性能の『本物の恋人』を13体造り、1年間に渡りテストをしたという。この姿はその14体目に相当するMR恋人ラバーのものだ。中身は空っぽだがね」


 □□はで呻き声のようなため息を漏らす。


「テストの結果は今も極秘事項で開発者たちの情報はどんな些細な情報も掴むことはできない。たとえ僕らでさえもね。しかし、事実はたった一つだけ。少なくとも人間が日常的に接するレベルにおいて、人間は人間以外の友人を持つに至っていない」


 人間そのものにしか見えない仮想体が大仰に嘆くのをニアは見た。


「ああ、ニアさん。せっかく81年前から来ていただいたというのに、私たちの未来はなんと遠いことか! 銀河への道は開かれず、仮想空間でさえも莫大なリソースをもとに現実世界を疑似再現エミユレートすることが精一杯だ。電脳空間やフルダイブなんてとてもとても」

「…………子守用ネコ型ロボットも?」


 AKIの顔をした誰かはニヤリと笑う。


「そうですよ。技術的特異点シンギユラリティは未だ来ていない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る