第2話 王子様と急接近!?(物理)

 午後になって、今は体育の授業中。

 朝からの雨は今も続いているから、今日は男子も女子も体育館でバスケをやっている。


 男女それぞれ体育館の半分を使って、交代しながらゲームをやっていたけど。何人かの女子は自分達のゲームそっちのけで、男子の様子を観戦していた。


「川上、こっち!」

「よし、頼んだぞ渥美」


 川上くんからボールを受け取った渥美くんが、シュートを打って。放たれたボールはゴールに向かって吸い込まれていって、歓声が上がった。


「渥美くん格好良いー」

「可愛いのに運動もできるとか、反則だよね」


 周りの子達がキャーキャー騒ぐもんだから、私もついそっちを見ちゃう。

 けど、騒ぐ気持ちも分かるかも。


 渥美くんは背が高いわけではなく平均的な身長。ううん、むしろちょっと低めかも。

 線の細いルックスと相まって、パッと見スポーツマンって感じじゃないんだけど。動きがキレキレなんだもん。

 そう言えば、バスケ部だって聞いたことがある。

 小柄なのに、あんなに動いて活躍できるなんて……。


 小柄だけどイケメンで、バスケが得意な男の子……って、ちょっと待って。これって、まるでアキラじゃない!


 瞬間、私の中のスイッチが入って、男子の試合に注目する。


 アキラって誰かって? 私が書いてる小説の、主人公の男の子の名前だよ。

 もう一度言うよ。私・が・書・い・て・る・小・説・の・主・人・公!


 実は誰にも言っていないけど、私は小説を読むだけじゃなくて、密かに書いてもいるの。

 読者はいなくて、一人で書いて一人で読んで自己完結させているだけだけど、それが私の秘密の楽しみに。


 そしてこのアキラって言うのはその小説に出てくる、小柄で決して目立つ存在じゃないけど、バスケを頑張る男の子。

 ただこんな話を書いてはいるものの、私自身が実はバスケに疎くて。バスケの描写を書くのに苦労したけど、ひょっとしたら渥美くんのプレーを見ていたら、何か参考になるかもしれない。

 そう考えたら、俄然やる気が出てきた。


 他の女子同様に、授業そっちのけで渥美くんを観察する。


 体格に恵まれてるわけじゃないから当たりの強いプレーはできないけど、小回りがきくのを活かして、相手ディフェンスをかい潜る。

 これだ! これこそアキラに求めていた、プレースタイルだよ!


 頭の中でアキラと重ねながら、渥美くんのプレーを観察していく。


 けど、それがいけなかったのかも。

 男子の試合に集中するあまり、女子の試合に全く意識がいっていなかった。

 そして……。


「あっ、神谷さん危ない!」


 えっ?


 誰かが叫んだ時には、もう遅かった。

 飛んできたボールが、足に直撃したの。


「きゃっ!?」


 体勢を崩して、床に倒れ込む。


「きゃー、神谷さんごめーん!」


 ゲームをしていた女子達が駆け寄ってくる。

 どうやらコントロールを失ったボールが飛んできたらしいけど、私も授業中によそ見していたんだから、彼女を責めることはできない。


 けど当たり所が悪かったのか、足が物凄くいたい。

 午前中はお気に入りの本を踏まれちゃったし、ひょっとして今日は厄日なのかな?


 でもボールを当てた子は私を見て、安心したように息をつく。


「良かった、平気そう」


 ……どうやらその子は、私が全然痛がってなさそうに見えたみたい。

 いや、凄く痛いんだけど。けどどうやらまた、無表情になってるみたい。

 私はいつもそう。転んで怪我をしても泣けないし、痛がってるって分からないみたいで、後で怪我してることに気づいたお母さんや先生に「どうして早く言わないの!」って怒られた事だって何度もある。


 今回もそうみたいで、いつもと同じ展開だけど、それでも分かってもらえないのはやっぱりちょっと悲しいなあ。

 実際はズキズキと痛みが走っていて、このまま授業を続けるのは難しいかも。


「あ、あの。保健室に行っていいですか? 足が……痛いので」


 先生に向かって手を上げて言うと、ちょっと意外そうな顔をされたけど、すぐに了承してくれた。


「痛むの? なら早く行きなさい。保健委員はいる?」


 周りの女子達を、ぐるりと見回す先生。だけど、生憎今日はお休みみたい。

 だったらしょうがない。一人でも行けるから大丈夫です。


 だけどそれを言う前に男子の方から、一人の生徒が駆けてきた。


「僕も保健委員ですから、付き添いますよ」


 そう言ってきたのは、渥美くんだった。

 そういえば男子の保健委員って、渥美くんだったっけ。

 途端に女子から、「いいな~」と羨ましがる声が上がる。

 これもうちのクラスでは、すっかり見慣れた光景。何せ彼に付き添ってもらいたいからって、わざと怪我したり体調不良を訴える女子もいるくらいだからねえ。

 王子様ってば、人気ありすぎだよ。


 私はそんな不謹慎な事しないけど、さっきまで彼のプレーに見入っていたこともあって、何となく気恥ずかしい。

 ま、まあ付き添ってもらうだけなんだから、変に意識することもないよね。


「それじゃあ、行こうか」

「うん……ありがとう」


 だけど歩き出した瞬間、足に激痛が走った。

 痛っ! どうやら思った以上に、打ち所が悪かったみたい。

 すると足を止めた私を見て、渥美くんも動きを止める。


「もしかして、歩くの難しい?」

「大丈夫、平気だから」

「無理しないで……ちょっと失礼」

「えっ?」


 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 渥美くんがしゃがんだかと思うと足と背中に手を回してきて、ひょいって抱え上げたの。

 こ、これって、お姫様抱っこって言うやつなんじゃ……。


「きゃ──何あれ──!?」

「お姫様抱っこじゃない!」


 歓声とも悲鳴とも取れる声が上がる。

 や、ややや、やっぱりこれって、お姫様抱っこなんだ。 

 漫画や小説では見るけど、まさか現実で起こる……と言うか、私がされるなんて!


 しかも相手は女子人気ナンバー1の王子様、渥美くんなんだもの。

 私だって女子の端くれ。こんなことされて、なにも感じないはずがない。

 か、顔から火が出そうだよー!


「お、下ろして。ここまでしなくてもいいから。私重いもん」

「全然軽いよ。それより、早く行こう」

「んんーっ!?」


 抗議なんて受け付けてくれなくて、抱えられたまま体育館を出て行く。

 ひぃ~、女子の嫉妬の視線が痛いー!

 男子からも冷やかしの声が上がっているし、死ぬほど恥ずかしいんだけどー!


 なのに渥美くんはというと、ひょっとしたらこんな状況にもなれているのかな?

 いかにも平常運転って感じで私を運んで行く。

 と言うか渥美君、動けるだけじゃなくて、案外力もあるんだね。


 回された腕から体温を感じて、ドキドキしながら彼の顔を見ると、女子が騒ぐだけあってやっぱり格好いい。

 普段の私がときめきく相手は、もっぱらお話の中の男の子ばっかりだけど今回は例外。


 普段は無表情って言われてる私だけど、現在心臓は、壊れそうなくらい大暴れしているのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る