魔法システム管理を丸投げされたらしい

幸村如破

はじまり

 書斎のドアを開いて中に入ると、全裸の美少女が満面の笑みで立っていた。


「こんにちは。デレクくんですか?」


 少女は光るような銀髪を腰まで伸ばし、両腕を少し広げて無防備に立っている。

 青い瞳。そして輝くばかりの笑顔。鈴を振るような透き通る声。


「あ、え? ちょちょちょ、ちょっと、あなた誰。なんでハダカ?」


 どうしてこうなったんだっけ。



 俺の名前はデレク。

 デレク・テッサードという。聖王国、テッサード辺境伯の次男、17歳だ。


 貴族の子弟ながら長男ではない俺は、昨年から、地元であるダズベリーの町の国境守備隊に所属している。

 1年間、普通の隊員として宿舎で暮らしてきた俺だが、この春、宿舎から出て、一人暮らしを始めようと思い立った。物件を探していたら、知り合いが、住居スペース付き事務所の住居部分をただ同然で貸してくれるという。

 長らく使われていなかった物件のため、内装、外装の改修に少し時間がかかった。それがやっと終わり、新しい家具、寝具の搬入やらが終わったというので、鍵を受け取って意気揚々と新居にやってきたのだ。


 この建物は1階と2階があるが、2階に落ち着いた書斎がある。

 貴族とか守備隊とかどうでもいいから、ここにお気に入りの魔法の書籍なんかを運び込んで、非番の日は1日中引きこもって過ごしたい。


 と思ってウキウキして書斎のドアを開けたら、冒頭の有様である。


◇ ◇ ◇ ◇


 少女は光るような銀髪を腰まで伸ばし、あそこやらあそこやらを隠すこともなく、両腕を広げて無防備に立っている。

 青い瞳。そして輝くばかりの笑顔。鈴を振ったような透き通る声。背丈は俺よりちょっと低いが、見事なプロポーションである。年齢は俺と同じか少し下くらいか。

 窓から入る光が、細くくびれたウエストからヒップに至る裸体の曲線美を余すところなく見せつける。


 ……ということを確認するのに約2秒。え、誰? なんかヤバいかも。


「あ、え? ちょちょちょ、ちょっと、あなた誰。なんでハダカ?」


 そりゃあパニックになるよ。

 慌てて中に入ってドアを閉め、視線を合わせないように後ろを向く。


「服を着ろ、服を!」

「あ、服ね。なんか、なくなっちゃったから、何もなしでもいいかなあって」


 少女は呑気な調子で答えるが、意味がわからん。


「それで、ええっと、あなた誰? 俺に何か用ですか。ここは俺の借りた家ですが」

 後ろを向いたままちょっと前屈みになって質問する。

 だって男の子だもん。


「ここじゃなんだから、ちょっと一緒に来てよ」

 少女はそう言って、ズカズカと俺に近づくと腕を掴んでドアの方へ連れて行こうとする。


 うわ、美人が目の前に。

 そして見えてはいけないけれど見てみたいけれど見たらダメそうなあんな素敵なものがゆさゆさ揺れながら至近距離に。


 この瞬間、守備隊の日々の鍛錬で研ぎ澄ませた動体視力がしっかりと仕事をした。

 巨乳ではないが、ほれぼれと見惚れるような素敵なお胸を持っていらっしゃる。


 ……あ、全裸で外出ですか?


「だだだだめだめだめ。ちょっと待てって。服を着ろよ」

「そう?」

「あああたりまえだ、ちょっと待て」


 俺は少女の手を振り払って、裸体から視線を逸らしながら、持ってきた自分の荷物の中から自分の着替え上下を出して渡す。


「これ着て」

「うん」


 少女はいくぶん大き目のサイズのシャツとズボンをするするっと着た。

「靴も履いてないじゃないか」

 宿舎の中をウロウロするのに使っていたサンダルを出して履かせる。


 さて、これでマシになったかな。……素肌にダブダブのシャツを着ただけなので、胸のあたりがどうにも目に毒だけど。


「……ブラなんかないしなあ」

「大丈夫。さあ行こうよ」

 少女は物おじもせずに俺の手を取って引っ張り、部屋のドアの方へ。

 女の子の手は細くてちょっと柔らかくて暖かいなあ。



 ドアを開けるとそこは2階の廊下、のはずだったのだが、そこには見知らぬ白い空間があった。


「ええええ?」

「さあさあ」


 少女は腰が引けている俺の手を取ってその空間に引っ張り込む。それと同時に、入ってきたドアが閉じ、どこにドアがあったか分からなくなってしまった。


 ドアが閉じたにもかかわらず、空間の中は比較的明るい。ただ、目の前には何か白いもの広がっている。明るい霧の中に入ったような感じで、目の焦点が合わないのでこの空間が広いのか狭いのかも分からない。

 平衡感覚を失いそうになるが、それも一瞬。次の瞬間には目の前に広がっていた白い霧はすうっと消え失せる。


「……何だここは?」


 気がつくとそこは10メートル四方ほどもあるガランとした四角い部屋。中央に机とイスがある。

 テナントが撤退した後のオフィスビルの一室みたいだ。ただ、曇りガラスのような質感の白い壁には何もない。窓もない。なのに全体的に明るく光が満ちている。


 そして机の上に乗っているのは3枚のディスプレイとキーボード、それにトラックパッド。コンピュータの端末じゃないか。


「えっと。ゲーム開発の締め切りが異世界まで追いかけてきたのかな?」


 締め切りが全裸美少女の姿で追いかけてくるとは思わなかったなあ。いつもそんな締め切りならいいのに。


「デレクくんは、別の世界でゲームを作っていたユウマくんの記憶を持つ転生者なんだよ」


◇ ◇ ◇ ◇


 今朝のことだ。夢を見た。


 夢の中の俺の名前はミカシロ・ユウマ。漢字で書くと「三日城 優馬」だ。


 ちょっと田舎の高校を出て、同じ県内の大学の情報系学部に進んだ。

 田舎の大学なので大して遊ぶような環境もなく、ひたすらプログラミングの課題と、あとは趣味のゲームに没頭して青春時代を過ごしてしまった。

 社会に出たら仕事が生活の中心になってしまい、気がつけばすでにアラサーと呼ばれる年齢だ。今思えば学生時代に彼女のひとりくらい作っておいたら良かったかもなあ。


 俺はソフトウェア会社でゲームの開発に関わっている。毎日のように会議、会議が終わるとプログラミング、テストとデバッグ。ソフトウェア開発なんて予定通り進まないのが当たり前なので、残業は普通にある。


 担当しているゲームの名称は「オクタンドル」という。


 剣と魔法の世界の冒険物語で、魔王軍と戦うために仲間とパーティーを作って旅に出るのもよし、いくつものダンジョンを攻略するもよし、中世風の世界で日常生活を楽しむもよし、といった感じの自由度の高い世界観が特徴だ。


 ……という夢だ。



「変な夢だったな……」


 部屋の外を行き来するメイドたちの話し声や足音が聞こえる。


 もう守備隊の宿舎は引き払ってあって、昨晩は久しぶりに実家であるテッサード辺境伯の屋敷に戻って泊まったのだった。目を開けると幼い頃から見慣れた天井。そして宿舎とは比較にならない、柔らかいベッドと肌触りのいい寝具。


 今日は国境守備隊は非番だ。昼前に新しく借りる事務所兼住宅の鍵を受け取れることになっている。


 とりあえず起き出して、顔を洗ったりしてから食堂へ。

 ただでさえ広い食堂には誰もいない。俺がノロノロと食堂に入って行くと、元気のいい挨拶が聞こえた。


「おはようございます、デレク様」


 朝食をトレイに入れて持ってきてくれたのは、守備隊に入るずっと前から屋敷で俺の担当をしてくれていたメイドのメロディ。

 黒いワンピースにフリルの付いた白いエプロンといういつものメイド服。

 黒い瞳に、ピンクの髪をポニーテールにしている。左目の下の泣きぼくろがチャームポイント。


「おはよう。メロディは相変わらず朝から元気いっぱいだね」

「デレク様は、守備隊に入られてから随分逞しくおなりですよね」

「そうかなあ。……今日は親父殿や兄貴は?」


 親父殿とは、俺の父親、現当主のマイルズ・テッサード。兄貴の名はアラン。アランは俺とは腹違いで7つ年上だ。


 メロディが答えてくれる。

「旦那様とアラン様は、朝から用水路の補修の件で出かけておられます」


 そうか、兄貴も立派に領主の仕事をしてるんだよなあ。


「朝食はいつもの量ですが、少し余分に持ってきた方が良かったでしょうか?」

「いや、これでいいよ。ありがとう。あとはコーヒーがあればご機嫌だよ」

「承知しました」


 いつもと変わらぬ笑顔で去っていくメロディ。だが、久しぶりに見たメロディが、今日は随分可愛らしく見える。

 メロディは俺より1つくらい年上だったはずだけど、こんなに小柄だったかな?

 ……あ、俺がデカくなったのか?


 半分寝ぼけたような頭で、今日の予定を考える。

 不動産屋で鍵を受け取って、着替えなんかを運び込んだら、日用品を買い込んでおく必要があるな。

 魔法の文献もいくつか持っていきたいが、何冊もは重いからまた今度かな。


 そうなのだ。

 実は俺は、以前から魔法の研究にハマっている。将来、どこかの領主になるかどうかよりも、こっちの道を極めたいとすら考えている。


 実家のテッサード家は国境に領地を持ち、近隣諸国や魔族の侵攻を防いできた武勲の家柄である。

 そのため、近隣の国々との交流や交易で得られた情報、大小の歴戦の記録が書庫に多く残されていたのだが、過去に使われた珍しい魔法の記録なども存在していることに気づいた。これが結構面白いのだ。


 自分自身には火系統の魔法を使う能力がある。魔法を使えるということ自体、先天的な能力らしく、10代後半になっても魔法が使えない人は一生使えないと言われている。

 最初はその能力を向上させるヒントでもあればというのが目的で魔法の文献に目を通すようになったのだが、今は魔法に関する様々な情報を集めること自体に興味が向き、のめり込んでいるような状態だ。


 で、昨晩もそんな魔法の記録を夜遅くまで読みふけってしまった。


 日用品の購入のついでに、魔法の研究用に紙とインクも買い足すか。いや、タブレット端末があれば足りるよなあ。どこで充電しようか。


 ……俺、何言ってるんだ? さっきの夢の内容と記憶がごっちゃになっているぞ。


 それに大学とかコンピュータとかゲームとか何。夜中まで買い物ができるコンビニって何。ネットって何。いや、知ってるけど。

 って、あれ? デレクはまだ17歳ですけど。優馬はもう社会人でアラサーですか。


 ますます混乱してきたぞ。明晰夢ってやつかな? というか明晰夢という言葉も、昨日までのデレクは知らなかったよね。ううむ。

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