21 似ていなかった。
声の方を見ると、そこにはピンク髪の少女が体操服姿で立っている。どうやら、彼女も体育祭の練習に駆り出されているらしい。
「そんな心外だ。みたいな顔しないで。そうとしか見えなかった」
「イチャイチャなんてしていませんよ。する仲でもないですし」
「契約上は付き合ってるのに。好きじゃない相手とそんなことしないでしょ」
「最初は好きでしたよ」
「今は?」
「……。どっちでしょう?」
悩む素振りを見せた後、琴音は微笑んだ。
「なるほど? わかった」
「いや、俺一ミリもわからんのだが」
「鈍感馬」
「よし、俺サラブレッド〜」
「馬に例えたのが間違いなんですよ。桜愛ちゃん」
「じゃあ、何に例えるの?」
そういう桜愛に琴音は耳打ちをする。
「そのあだ名いいね。いつか、使う」
「絶対ミジンコだろ」
「決めつけは良くないですよ?」
「内容教えろ」
「嫌です」
満面の笑みを返される。はぐらかすための女神スマイル。作られたそれに負けてしまうほど、陽斗は耐性がない。目を逸らしつつ、陽斗はそれ以上追求することを諦めた。
「行きましょうか。桜愛ちゃん」
「めんどう」
「年に一度しかない体育祭なのですから、頑張りましょう」
琴音に手を引かれながら、桜愛はだるそうに歩いていく。
「結城! タオルは洗って返すよ」
ちょっと距離が離れた彼女に聞こえるよう、少し声を大きくすると琴音から「よろしく」とだけ帰ってきた。
「俺も戻るか」
蒼空の元に戻ると「遅いっ!」と怒られたことは言うまでもない。
♢♢♢
「最近、君も練習に励んでいるらしいな」
それから一週間後。体育館で演劇部の練習風景を見ながら、陽斗と康二は話していた。
「先輩も頑張ってるって聞きましたよ」
素人とは思えないほどの演技力を見せつけてくる聖女様を眺めながら、聞いた。
「負けるわけにはいかない」
「それは俺もですよ」
「彼女を守るためか?」
「先輩に対して、失礼がないようにするためです。本気でやっている先輩に感化されました」
「そうか。だが、手加減はしない」
「はい。しないでください」
この一週間だけで、自分でも驚くほど、陽斗の走力は強化されていた。蒼空には「元が良かった」と言われたが、事実はきっと違う。
蒼空の教え方が上手いのだ。的確なアドバイスを欲しい時にくれるし、段階的に目標を立ててくれるから、やるべきこともはっきりしていて、わかりやすい。
蒼空はさりげなく謙遜するタイプだから、自分のおかげであると、陽斗は勘違いしてしまいそうになる。だが、蒼空への感謝は忘れてはいけない。
彼がいなかったら、今頃陽斗は途方に暮れていたはずだから。
「ただいま」
いつの間にか劇の練習は次の場面になっていたらしく、佳乃が衣装を着たまま帰ってきた。
今日、この体育館にいる文芸部のメンバーは、陽斗と佳乃。そして、茜だ。桜愛は蒼空とデートらしい。爆ぜればいいのに。
琴音はというと、「今日は用事がありますから」とだけ言って帰ってしまった。文芸部自体全く厳しくない部活であるから、それについてとやかく言うものはいない。そもそも、琴音は普段の行いが良い分、一日ぐらいサボったってきっと何も言われない。
琴音に聞かれたら「サボりじゃないのですが?」と冷たい視線を向けられそうではあったが。
「どうだった?」
「とても良かったよ。正直言って、想像以上だ」
「うふふ。ありがとう。これで、ただのモデルじゃ留まらないって証明できたかな?」
口元に手を当てて上品に笑って見せる佳乃。
彼女のその様子は、文芸部にいる時とはすごく違っていて、陽斗は思わず目を丸くしていた。
「どうした、一ノ瀬……って、あぁ。なるほど。そういうことか。聖女様モードの佳乃を見て、後輩が驚いているよ」
茜が面白そうに微笑を浮かべると、佳乃はちょっとばかり不機嫌そうな表情になった。
「聖女って呼ばないこと」
いつも通りの様子を一瞬だけ見せた佳乃。本当に聖女様だったのですね。
「だ〜か〜ら〜、悪いのはこの口か〜」
佳乃は陽斗の頬を両手で挟んで、ぐりぐりとこねる。
「すんまへん」
抑えられているせいでうまく滑舌が回らない。
すぐにおてんばモードに戻っていることから、佳乃は琴音ほど、聖女様いう肩書を意識していないと、陽斗は予想した。
「でも、初めて見ました。何で、聖女様って呼ばれているのか何となくわかった気がします」
吉野が手を離したのを確認してから、しゃべった。
「言ったでしょ? 私は腹黒い女だって」
「そうでしたね」
女神にされるべくして、なった琴音と違い、きっと佳乃はモデルをやっているとかいう理由で、聖女様といつのまにか呼ばれるようになったのだろう。
(似ているようで、正反対なんだ。二人は)
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