11 絡まれることになった。

 家庭科部からの返事はすぐだった。一週間を待たずして帰ってきた返事の内容は「YES」。家庭科部は文芸部との共同戦線を築いてくれるとのことだった。

 琴音をツテを使って、演劇部に協力を申し出た。交渉の日までそこまで遠くはないだろう。

 夕方の誰もいない廊下を一人で歩いていると、突然背後から人の気配が近づいてくることに気がついた。驚いて、咄嗟に振り向く。すると、正面から勢いよく琴音がぶつかってきた。

 走り込んできた琴音の勢いに負け、陽斗はその場に尻餅をついてしまう。


「いったぁ〜」

「いててて……」


 陽斗が目を開く。すると、座る陽斗の体に、琴音がもたれかかるような体制になっていることに気が付いた。二人の体は完全に密着していて。甘い匂いが陽斗の鼻腔をくすぐり、温かな体温が伝わってくる。


(なっ!?)


 こちらを覗いた琴音と目があった。普段では信じられないほどの距離感に、陽斗は無条件に胸を跳ねさせた。反射で、顔が赤くなってしまう。

 琴音の雪のように白いその肌も、健康的に朱に染まっていた。いままで、走ってきたからなのか琴音の息遣いは激しい。妙に扇状的な琴音を前に、陽斗は喉を小さく鳴らした。


「僕の女神様、どうして逃げるんだい?」


 独特な口調の金髪の男が、髪の毛を払いながら華麗に歩いてきた。

 その男の声に、琴音は体を震わせた。その後、地面に座った陽斗の背中に回り込んだ。その姿はさながら怯えて、親の背中に隠れる子どものようだった。


「あれ、君は……」


 その金髪高身長の男は、陽斗の顔を見るやいなや、陽斗のことを訝しめるような目で睨みつけた。


「なぁ、結城。あいつは、誰?」


 幼馴染を怯えさせた挙句、明確な敵意を彼から向けられたことで、陽斗は金髪の男を敵だと認識した。


「あ、あいつは──」

「すまないね。挨拶をするのが遅かったよ。僕は、樋口康二ひぐちこうじだ。女神を心の底から愛する者さ」


 独特な耳に残りやすい語調の康二。その顔が、イケメンであることもあって、陽斗の記憶には強く彼の顔が刻み込まれた。


「結城になんの用で?」

「用という用もないさ。ただ、僕は彼女と話がしたいんだ。他愛のない話をね」


 立ち上がった今でも、陽斗の背中に隠れるような体制を続ける琴音。


「私は、間に合ってます、からっ」

「そこの彼氏がいるからかい?」


 再び金髪を払って、康二は陽斗を吟味するように陽斗を眺める。


「俺らは、本物じゃないですよ」

「知っている」

「そうです──」

「──だか、僕は信じていない」

「は?」


 予想外の反応に陽斗は目を丸くした。


「君たちが付き合っているけれど、付き合っていないと嘘をついている可能性もある。僕はその辺の人らとは違う」

「はぁ……」


 琴音は、呆れたようにため息をついた。その吐息を直接感じられてしまって、くすぐったい。


「君と相見えるのは、今じゃない。一度、引かさせてもらうよ」


 無駄なく踵を返す動作を取って、康二はスタスタと廊下を歩いていく。その姿を見て、何もわからない陽斗はただ首を傾げるしかなかった。


「なぁ、結城。あいつ、だれ?」

「一つ上の先輩です。私のことをずっと、追いかけてくるんです」

「ストーカー?」

「い、いえ。そういうわけでは、ないと思うのです。別に、家まで着いてくるといったこともありませんし」

「でも、さっき逃げてただろ?」

「なんというか、私は彼のことが、少し苦手なんですよね。嫌いってわけではないんですけど。押しが強いので」


 根っこでは気の弱い琴音が、あういうタイプの人間を苦手とするのはわからなくはない。


「悪い先輩では、ないのですけど……」

「そう、なのか?」


 琴音のその言葉を、陽斗は信じられなかった。


「はい。別に、悪い先輩じゃないんです。たぶん、私のことが、好きすぎるだけで……」

「自己肯定感が、お高いようで」


 陽斗を琴音は、じっと睨んだ。


「ごめん。空気読めなかった」


 素直に謝ると、琴音は「よろしい」とだけ返事を返す。


「何かされたりしているのか?」

「そういうわけではないから、私も突き放せないのですよ。樋口先輩からは、全く悪意を感じませんから」


(ただただ、好きであるからアピールを続けているのか)


「女神様も大変だな」

「何かと、大変ですね」


 琴音も悪い先輩だと言っていないあたり、本当に悪い人間でないのだと、推測は立てられる。


「ほとんどの男が、直接的なアピールを私にしないのに、樋口先輩だけは一ノ瀬くんのことを利用するわけでもなく、私にアピールをし続けているんです。アピールの方向性が違うだけで」

「とりあえずあの人が、勇気に惚れ込んでいるということはわかった」


 そこで、ある疑問が陽斗の中に浮かんだ。


「どうやって、結城は樋口先輩と出会ったんだ?」

「どうやって、ですか。それは、急にとしか言いようがないですね」

「というと?」

「初めて会った時に、花束を持って告白をされました。それも、みんなの前で」

「それは……、なんというか」

「誠意は、ありますよね。ちょっと、方向性が違うだけで」


 もしかすると、康二も、桜と同じような残念系なのだろうか。と、陽斗は心の中で思った。


「それで、なんでこんなところに一ノ瀬くんはいたのですか? 部活もないのにこんな時間までいるなんで珍しいですね」


 日は暮れ始めていて、窓から見える空は橙色。確かに、琴音の言う通り普段の陽斗であったならば、この時間には家にいたであろう。


「それは、俺の台詞セリフでもあるんだけど……。まぁ、俺は、先生に進路希望を出せと言われてたんだよ」


 陽斗はそう言って、琴音に廊下に落ちていた一枚のA4用紙を見せた。


「あぁ、なるほど……。やりたいこと、決まっていないんでしたね」

「そんなことは置いておいて、なんで勇気はこんな時間まで?」

「聞いて、驚かないでくださいね」

「ほう?」

「さっきまで、演劇部との交渉の日程を決まっていたんですよ。まぁ、半分は友達とのおしゃべりでしたけど」

「それは、よかった」


 まずは、交渉のテーブルにはつけたということだ。天下の演劇部が、文芸部との交渉を引き受けてくれた。それだけで、万々歳といったところだろう。


「早く、日程を先輩たちに伝えないとな」

「そうですね」


 さっきまでの怯えていた表情はどこかに消え、琴音の声は気持ち弾んでいるように感じた。



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遅くなりました。申し訳ございません。


ラブコメ週間順位90位ありがとうございます。

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