024 頑張ったご褒美

 デルス街と名付けられたことでみんなも嬉しかったのか、とても笑顔で溢れていた。

 細かい法整備についてはビブリアが担当してくれている。一番の功労者なのは間違いないだろう。


 そして俺はようやくというべきか、自分の大好き・・・なものに着手しようと思い始めた。


 完成すれば、もしかすると魔王城に戻ることはなくなるかもしれない。


 俺は自分で頑張って作った構図と身振り手振りで、街一番の鍛冶屋、ファイルとリリの元へ訪ねていた。


「この畳とは?」

「ええと、なんだろう。木? 竹かな? あ、草だ」

「ふむ、巨大な風呂桶ではなく石で囲んでほしいのか」

「ああ、できれば露天がいいんだ」

「なるほど、しかしこれだけじゃ難しいな……」


 そう、温泉宿だ。


 といっても、宿ではなく、ただの個人宅だが。

 畳を敷いて、木を基調とした椅子と机、外に小さな露店風呂があれば最高だ。


 色々落ち着いたこともあって、俺もちょっとぐらいわがままを言いたくなった。


 その最たる理由は、偶然見つけた温泉だったが。


「ま、魔王様ー!?」

「ゴン、どうした」

「何か、地面からお湯がー!?」


 見張りの途中、ゴンが地面から湧き出ているのを見つけてくれた。

 魔王城の近くに温泉があっただなんて、ベクトル・ファンタジーは遊び心が満載だ。


 それから俺は、夜な夜な作った企画図をファイルに提出した。


 だがこの世界にないものだ。

 繊細なイメージを伝えるのは難しい。


「どうしましたか?」


 だがそのとき、たまたま訪れたレイヤ姫が驚くべき特技を披露してくれた。


「こうですか?」

「そうそう、それだ!」

「となると、お風呂はこんな感じですかね?」

「まさにそれ! ソレソレッ!」


 ハーピーの羽根ペンでお絵描き。

 俺のイメージを全て描いてくれたのだ。


 これにより、ファイルはより鮮明なイメージを浮かべることができた。


「なるほど、これならまあ作れそうだな。けど結構な予算がかかりそうだ」

「予算……」


 そういえば考えていなかった。

 いや、実際にライフの完全回復薬やゴンの鱗でメリットを落として取引はできているのだが、俺個人で使える金はない。


 会社経営はしているが、給与はそんなもらってない社長みたいな感じだと思う。


 一度もなったことはないが。


 となると、俺に残された手は――まあいっぱいある。


 お願いビブリア大先生か、頑張れライフお姉さん、転移魔法でアリエル盗賊、賞金首を倒せペール、悪い奴を倒して金庫を奪えベルディちゃん。


 一応、誰を選択してもなんとかしてくれそうだ。


 しかし俺はいつも甘えてばかり。

 今回は特に個人的な理由でもある。


 できるだけ自分で……そうだ。

 

 すっかり忘れていた。


 俺は――冒険者でもあるということを。


「よし、一週間待ってくれ。アリエル、転移を。一人で出る」

「え、わ、わたしもいきますよ!?」

「これは、俺の戦いなのだ」


 俺は六封凶を振り切り、一人で王都へ出た。


 もちろん変身しているので少しだけ背が伸びている。


「依頼を見せてくれ」

「よし、次の依頼をくれ」

「うむ、次の依頼を」


 そして一週間、俺はミッチリと任務をこなした。

 簡単なものから、もうそれこそ凄いものまで。


「お、おいあいつなんだよ化け物か? 不眠不休ですげえ任務こなしてないか?」

「確か前にいたすげえ奴だよ。近づくなよ、殺されっぞ」

「ああ、目がバッキバキだもんな」


 きっと俺の姿を見てかっこいいと思う人もいるだろう。

 冒険者としての風格も出て来たかもしれない。


 そして気づけば俺のランクは随分と上がり、ファイルが叩き出してくれた費用にも到達、光の速さで戻ったのだった。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、魔王様」


 お金は送金していたので既にファイルがトントンと頑張ってくれていた。

 もちろん、他にも大勢。


 作りかけの家があったのでそれを元に改造、温泉を引いて、一か月後にはほとんど完成したとファイルが教えてくれた。

 

 ワクワクドキドキお披露目会にお呼ばれし、扉を開けると、まさに俺の理想通りの和式部屋が視界に飛び込んでくる。


「しゅごい……」

「タタミは苦労したが、みんなが手伝ってくれた。これで合ってるか?」


 思わず地面にほおずりしたくなりそうなぐらいいい匂いだ。

 いつか掛け軸も自分で作ってみてもいいかもしれない。


 そして肝心の露天だが、想像以上に大きかった。


 いや、大きすぎた。


 十人以上は入れそうだ。


 石で囲まれていて、ちゃんと草木で裸が見えないように隠れている。


「凄い再現度だな」

「レイヤ姫のおかげだよ」


 隣にいた彼女に視線を向ける。水晶のような赤い瞳が俺を見つめる。


「ありがとう、レイヤ姫」

「ちゅき……あ、いえいえどういたしまして」


 前半の部分は基本的に聞こえないようにしているが、今回ばかりは俺もちゅきだ。


「どうぞ、ごゆっくり」


 そしてビブリアが俺にタオルを渡してくれた。

 これも完全再現されている。


「さてさっそく――って、おいアリエル!?」


 しかし俺は服を脱がされ、気づけば転移魔法で温泉に。


 この近距離で贅沢すぎるだろ。


 だが――気持ちいい。


 最高だ。


 しかし追加で入ってきたのは、なぜか女子ばかりだった。


 最初に来たのはアリエル。タオルは一応巻いているが、隠しきれていない。


「気持ちいいですねえ」

「し、失礼します」

「あら、気持ちいいわね」

「入る」


 ペール、ライフ、シュリ、無表情のベルディ。


「魔王様、今度は二人きりで」


 おそろしいことを耳元で言ったのは、最後に入ってきたレイヤ姫だ。


 それからもなぜか入れ替わりでハーピーやウィンディーネやドライアドがきた。

 

 俺は長風呂なので問題なかったが、アリエルが限界で上がるとき、ようやく教えてくれた。

 なぜみんなで入りたかったのか。


「人間の世界では、接待というものがあるらしいですよ。今回はそれにならってみたんです」


 まさかだった。

 いや、そもそもこの世界でもそんな言葉があるとは思わなかった。


 しかしそれより、アリエルが人間のことを理解し、さらにそれを実現してくれることに驚いたのだ。


 まあ、でもなぜか最後は男だらけになったが。


「接待はいいものですね、魔王様」

「そうだなビブリア」


 おそらく明確な意味はわかっていない。


 まあでも、幸せだから何でもいいか。



 


 

 

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