Chapter 2-2

 風代朔羅かざしろ さくらは魔法使いだ。いや、正確にはその見習いである。

 彼女が目指しているのは師のような魔法使いであり、それは一人の魔法使いとして大成することを意味していた。師・赤羽あかばねサツキはこの世界で知らぬ者のいないほどの魔払いであり、数多くの人を救ってきた。朔羅もその内の一人だ。

 朔羅は幼いころ、とある事件により両親を喪った。朔羅の一族は貴族だったが既に没落しており、両親は唯一の肉親だった。天涯孤独の身となった朔羅を拾ってくれたのが師だったのだ。


 弟子として魔払いの基礎を身に着けた朔羅は、師の命によりアヴァロンに入学することになった。学校の保有する魔払い組織の一員となり、日夜職務に励んでいるわけだ。


 そんな朔羅が今、相対しているのは猪だった。肥大化した牙を怒らせ、禍々しい瘴気をまとった彼奴は、『』だ。『魔』とは、こうした瘴気が魔力を持って形を成した怪物を指す。

 魔払いとは、『魔』を撃ち倒すことに特化した戦闘向きの魔法使いたちの総称である。本来、研究職の趣が強い魔法使いの中では、彼らのような存在は数少ないのが実情だ。ゆえに、朔羅のような見習いたちが魔払いを名乗り実戦経験を積んでいるが現状だった。


 身を震わせ、突進してくる魔猪を前に、朔羅は自らの魔力から精製した大鎌を構える。


「はぁっ!」


 真っ直ぐに突っ込んできた魔猪へ、その横合いから振りかぶった鎌で斬り付ける。これにより魔猪は身体を両断され、瘴気とともに霧散して消えた。


 ふう、と息を吐き、鎌を消す。今のは『魔』の中でも低級なものだ。朔羅のような見習いでも一人で相手をすることができるが、毎日のように湧いて出てくる。

 瘴気の発生する原因は未だに解明されていない。一説には人の持つ負の感情が瘴気を呼び寄せるのだと言われているが、迷信の類に近い。


 そんなことより、と朔羅は踵を返そうとする。

 陣牙という鬼が討たれてから一週間。行方不明者は後を絶たず、連日増えていくばかりだ。聞き込みによる捜索を続けているが、特に手がかりもなく苛立ちが募る一方だった。


 この後も朔羅は捜索に向かうつもりだった。何か一つでも手がかりが見つかればいいのだが。


「ご苦労さん」


 そんな朔羅へ、頭上から声がかかる。見上げると、木の上にいた彼は朔羅の前に飛び降りてくる。


「よう、朔羅」

「京太君」


 片手を上げて現れたのは京太きょうただった。こうして彼が突然現れるのは、もはや日常茶飯事だった。最初こそ驚いていたが、もうすっかり慣れてしまった。

 とはいえ、最初は本当に驚いた。今の彼には、鬼の特徴であるはずの角がない。彼はなにかの術で角を隠して、今年度からの新入生としてアヴァロンに通っていたのだ。

 その目的はよくわからない。

 彼曰く、人間の世界を知るためらしいのだが、それだけではない何かがあるような気がしてならない。悪いことをしようとしているようには見えないのだが。


「なに? 今、構ってあげてる暇ないんだけど」

「そう邪険にすんな。随分とイラついてるみてぇだが、そんなんで探し物は見つかるのかい?」

「む……。それは、そうかもだけど」

「だろ? 付いてきな。毎日根詰めてんだ。今日ぐらい羽伸ばしたって文句は言われねぇよ」

「で、でも! みんなは今も探してるだろうし……」

「なら明日はそいつら休ませて、お前がその分頑張んな」


 京太は手を差し出してくる。大きくてゴツゴツとした手だった。

 しばらく逡巡していたが、やがて引き寄せられるように、朔羅はその手を取っていた。

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