【中編】あやかし通りの魔法学校~桜の夜、魔法少女は鬼と出会い秘密の恋をする~【連載中】

椰子カナタ

 

Chapter1 The Ogre And The Cherry Blossoms

Chapter 1-1

 風代朔羅かざしろ さくらは魔法使いだ。いや、正確にはその見習いである。


 彼女は今、深い霧の中にいた。足元すら見えにくくなるほどの濃い霧だ。目の前は真っ白であり、行く先になにがあるのか、まったく見えない。

 それでも朔羅は足を止めるわけにはいかなかった。傷だらけの身体を引きずるように先へ進む。


 しきりに後ろを振り返るその顔には、焦りの色がにじむ。

 彼女は今、何者かに追われていた。この霧だ。向こうもこちらを見つけるのはたやすいことではない。

 わかっているが、体の痛みが不安を生み、焦りに変わる。何度も後ろを振り返るのを止められない。


 そうして歩いていると、なにかにつまづく。身体を支えきれずに倒れる。

 つまづいたのは木の根だった。足元にうっすらと見えるそれを睨みつつ、うかつだったと自省する。


 痛みに呻きながら立ち上がり、太く巨大な木の幹に背を預ける。

 ここは森だった。ただでさえ視界が悪いのに、木々の間を進むのは困難を極めた。それでも今は立ち止まっているわけにはいかない。早くこの森を抜けて、助けを求めに行かなければ。

 再び彼女は手探りで足を進める。


 いったいどれだけ、どこまで来たのだろう。それさえわからないまま進む先に、やがてぼんやりと何かが見えた。


 それは淡く色付いていた。かすかに見えるそれだけを頼りに、先を急ぐ。


 すると、視界が一気に開けた。


「わぁ……」


 痛みさえ忘れてしまったかのように、朔羅は感嘆の声を漏らした。


 舞い散るのは花びら。照らすは満月。月下に咲き誇るは、満開の桜。

 巨大な桜の木がそこにあったのだ。


「お客さんかい?」


 その声は、木の上から聞こえた。

 見上げる。声の主は太い枝の上に腰かけていた。は杯を傾けると、こちらを見下ろしてくる。


 ――この出会いを、朔羅は一生忘れないだろう。


 月明かりに照らされ、荘厳な桜の木の上に佇んでいたの姿を。

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