第6話 宣戦布告

西暦2031(令和13)年7月31日 ダキア王国首都ワラキア 日本大使館


 この日、在ダキア日本大使の菅嶋一郎すがしま いちろうは、二人の外交官を出迎えていた。


「此度、我らは東方世界における秩序に挑戦しているとして、貴様らに対して神聖なる懲罰を加える事を決定した」


 アーレンティア帝国の外交官ガルサークはそう言い放ち、菅嶋は呆気にとられる。


「懲罰、ですか…?制裁ではなく?」


「制裁?ふん、我が国が異教徒共にそんな生ぬるい手を使うと思っているのか?戦争だよ。貴様らは新参者の分際で、生意気に過ぎた。これ以上の東方世界において、賤しい商人どもの傀儡たるニホンの経済的な跳梁は、太陽教の教えに従う者として看過できぬ規模にまで至っている」


 ゾルシア共和国大使のヘルメスもそう言い、菅嶋を見下す様な目つきで睨む。


「覚悟しておくがいい、ニホンよ。我が軍はこれより総数10万の兵力で以てダキアに攻め入り、先ずはこのワラキアを墜とす。その上でニホンにも艦隊を派遣し、力の差というものを見せつけてやる。存分に覚悟せよ」


 二人は退室し、菅嶋達は相手の態度に不穏なものを感じ取る。そして10分後、職員が血相を変えて飛び込んできた。


「た、大使、大変です!セレディアの港湾部において我が国の貨物船が、アーレンティア海軍の軍艦より攻撃を受けました!」


・・・


翌日 日本国東京都首相官邸地下


「不倶戴天の仇に等しい間柄であったアーレンティアとゾルシアが、連合軍を組んで侵攻してくるか…しかもそれを具体的に分からせるために、港湾に停泊していた商船を破壊するか…」


 国家安全保障会議が開かれる会議室において、西条は冷静そうな様子で呟き、しかし黒木防衛相含む閣僚一同は怒りの感情をふつふつと煮え滾らせている事に気付く。ロシアや中国以上の野蛮な行為で国家の意思を見せつけてきた事に、憤怒の念を抱かぬ筈もなかった。


「現在、内閣情報調査室サイロ及び保安省広報局の調査にて、両国は軍事同盟を結び、南部の港湾部では数十隻規模で民間の船舶を徴発。大規模な上陸作戦の準備を進めております。よって陸上戦力だけでも10万人以上を投じてくる可能性が非常に高いです」


 総人口6千万人を抱える大国アーレンティアは、人口の約3パーセントに当たる200万人近くが軍人である軍事大国である。そして海軍戦力も相応の規模を誇っており、戦艦16隻、装甲巡洋艦16隻、空母8隻、巡洋艦32隻、駆逐艦128隻を有する。皇帝カザン7世の好みもあって潜水艦は有していないが、任務に海魔討伐も含まれる事もあって潜水艦の対潜装備は充実しており、決して侮れる敵ではない。


 対するゾルシア共和国は、広大な海洋に浮かぶ島々を植民地として有する関係上、機動力と火力のバランスが良い大型巡洋艦や、新型の速射砲及び大型魚雷を装備する大型駆逐艦を中心に整備を進めている。よって保有艦艇は大型巡洋艦8隻、巡洋艦16隻、大型駆逐艦16隻、駆逐艦64隻、潜水艦48隻と、相応の数を有している。


 そして攻め込まれる立場にあるダキア王国であるが、国力の差は如何し難く、戦艦6隻、装甲巡洋艦8隻、空母2隻、巡洋艦24隻、駆逐艦72隻、潜水艦12隻と数は相応なものの、性能では明らかに東方の二大国家に劣っている。勝ち目は非常に薄かった。


「よって我が国と致しましては、陸自をダキアに展開するための航路防衛をダキア海軍に任せ、海自及び台湾海軍が主力となって敵艦隊に当たる事となります。すでにダキア王国では北部地域に対し、南部への疎開命令が下されております」


 いわゆる遅滞戦術と焦土作戦を基幹とした、奥地へ引きずり込んだ上での防衛戦術。国力差を十二分に理解した上での方策を言えよう。これに対して日本は自衛隊の大規模な派遣でサポートする事となるだろう。


「相手が先に攻撃を仕掛けてきた以上、防衛出動は確実となります。世論も相手の卑怯な行為に対して憤慨しておりますし、ハードルは砕かれました…では、計画を話します」


 黒木は説明を始める。


「まず、主戦場となるダキア北部は、広大な平地が広がる穀倉地帯です。さらに収穫した農作物や畜産品の輸送のために、道路網も整備されております。よって陸上戦力としては即応機動連隊を基幹とした部隊を派遣します」


 これまで陸上自衛隊の装甲車と言えば、73式の様な装軌式ばかりであったが、タイヤやサスペンションに関する技術が発展し、機動力と運用コストにおいて装軌式を上回る装輪式も選択肢に含まれる様になった現在。本土における陸上自衛隊機械化部隊の移動手段は、16式機動戦闘車の車体をベースとした共通戦術装甲車や、フィンランドはパトリア社で開発されたものをライセンス生産したAMV装甲車へと発展している。


「次に空自ですが、想定される戦闘が多岐にわたるため、3個航空団を派遣します。制空権維持は第9航空団、対地・対艦攻撃は第8航空団、早期警戒及び情報収集は警戒航空団が担当します」


 東アジア大戦後、航空自衛隊は100機近くの航空機を喪失するという大損害を被り、これを急速に回復させるべく、北海道や福岡県にも航空機生産・整備工場を政府及び岩崎・ホクト・品川三社の共同出資で建設。ロッキードマーティン社やボーイング社よりF-35〈ライトニングⅡ〉やF-15E〈ストライクイーグル〉のライセンス生産権を得ていた。


 そして中国軍と熾烈な空戦を繰り広げていた第8・第9航空団は、〈ライトニングⅡ〉と〈ストライクイーグル〉によって機体を更新。規模の回復と戦闘能力の向上に繋げていた。これならば侵攻を受けても十分に対抗できるだろう。


「そして海自ですが、護衛艦隊より2個護衛隊群規模を抽出し、台湾海軍と共同で敵艦隊の攻撃に当たらせます。我が国は敵の侵攻を阻止ないし中断させればよい訳ですので、戦争自体は短期間で終結してくれる筈です」


「ふむ…だが昨今のロシアのウクライナ侵攻の様に長期化する可能性は十分にある。関係企業には装備品の増産と支援体制の強化を求める様に。我らは東アジア大戦で戦争を軽んじた結果、多くのものを喪う結果となったのだから」


 西条はそう念を押し、迫る戦争に悲壮な覚悟を固めた。


 この2週間後、アーレンティア・ゾルシア両国は日本及びダキアに対して宣戦布告。そして北部海域に展開していた上陸艦隊は行動を開始したのである。

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