死霊使いの処刑人、久道書哉の備忘録

河内三比呂

序幕

第1話 死霊使いの処刑人

 東京都内、新宿某所。

 午前十時十二分。

 

 ――連続殺傷事件、発生。


 容疑者、数時間後に身柄を確保。


 死者一名、負傷者多数。


 ****


『次のニュースです。東京、新宿区〇〇で発生致しました、連続殺傷事件の犯人が釈放されたとの事です。理由等、詳細は明らかにされておらず……』


 午後の報道番組で流れてきたニュースを、一人の少女が見つめる。

 腰までの長髪に赤い瞳。

 白と赤の巫女服に身を包んだ十八歳くらいの彼女は、静かに息を吐いた。


「また……が、増えるのね……」


 その瞳は、悲しみを帯びていた。


 ****


(あはは! 人生ってちょっろ~!)


 連続殺傷事件の犯人である男、贄蔓依四男にえつるよしおは笑みを出さないよう必死に耐えながら、夜の繁華街を高級なグレーのスーツをまとい、歩いていた。

 彼が実名報道すらされずに釈放されたのには、理由がある。

 ……父が、資産家であり、をもみ消すのに躊躇ちゅうちょがない人間だからだ。

 

「プライドの高いお父様~。本当に、ありがとうね~ん? あはは!」


 人気ひとけがない場所に来て、ようやく口に出せた本音。人を襲った動機は簡単だ。


 「一回、ってみたかったんだよねぇ~」


 好奇心と純粋な悪意だけで、人を殺せる。

 男は、だ。


「なるほど? それが動機ですか?」


 突然、響いてきたやや低めの若い男の声。

 振り返れば、街灯の近くに薄い水色の長髪を束ねた、黒いコートの青年が佇んでいた。

 青年は、丁寧にお辞儀をすると、静かな口調で語りかける。


「初めまして、僕の事は覚えなくてかまいません。ただ、。それだけですので」


「罪? なんのことー? つーか、なにお前? この俺に、そんな口を聞いて言い訳? 何かあれば父さんが……」


 男の声を遮り、青年が口を開く。威圧するような声色だった。


「貴方の御父上の事は存じています。ですが……さすがに、? 万年青おもと


 青い小さな炎が、青年の手から浮かび上がり、人の姿へ変化していく。

 黒い学ラン服に身を包み、紺色のボブカットで右目を隠した青年――万年青おもと


 生気を感じられず、かつ、足元が透けている万年青おもとを見て、その深淵しんえんのような雰囲気に男……依四男よしおは思わず尻もちをついた。


「ゆ、ゆう……れい? はは……なんかのトリッ……ク……じゃ……」


 隠れていない青い左目で睨みつける万年青おもと。その瞳からは何も感じられず、それが恐怖を更に煽る。


「処刑の時間です。貴方の罪、ここで裁きましょう」


 黒いコートの青年が宣告したのと同時に、万年青おもとが動く。素早い動作で、依四男よしおの首を絞めながら宙に持ち上げる。


「ぐっ! ぐぅ……ヒュッ……」


 呼吸ができない苦しみにもがく彼の首元を両刃の剣が、斬り裂いた。

 分かれて落ちた首には視線をやらず、自身が掴んでいる胴体を見つめながら、宙に浮いたままの万年青おもとが静かに口を開く。


「……喰らう。いいな……?」


「勿論です」


 許可を得て万年青おもとが口を大きく開け、落ちた首と胴体を吸い込んで行く。

 彼が食らい終わり口を閉じた頃には、跡形もなく依四男よしおの身体はこの世から消え去った。


「終わったのですね……書哉ふみや様。今回の件も記録させて頂きました」


「構いませんよ、石神いしがみさん。そのために、貴女はここにいるのですから」


「……はい」


 呟く彼女、石神玻璃いしがみはりの顔は晴れない。それを知りながらも、彼……久道書哉くどうふみやは振り返らず、夜の街へ溶けていく。


 ――これは備忘録だ。使久道書哉くどうふみやの――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る