つながりたい細胞

武燈ラテ

第1話

 ここはどこだ。

 私は狼狽する。

 目に映るものは美しい緑の広場だ。中央に大きな木が、こんもりとした枝を広げている。まるで巨大なブロッコリーだ。

 その周囲には手入れのされた植え込みがある。さながら貴族の庭園のように整頓されているにかかわらず、どこか牧歌的で、気取りはない。


 そのうららかな緑の向こう側には、茶色の大邸宅がそびえたっている。いったい何人が住むことができるのだろうか。掃除をするための従業員だけでも相当な数が必要に違いない。威嚇するような巨大さは、まさに富の象徴だ。そしてその屋敷は、真ん中のひときわ高くそびえる塔に、高々と時計を掲げていた。私には見たことのない時計塔だ。


「ここは……どこなんだ! ドラゴンは、どこに行ったんだ!」


 周囲を見回しても、今さきほどまで眼前に敵対していたドラゴンの姿はどこにも見当たらない。陽の光がさんさんと優しく降り注ぐ穏やかな気候の中、見たこともない服装をした若い男女の姿であふれかえるばかりだ。だれも似たような年齢で、二十歳そこら、見た目は私とそれほど変わりない。

 彼らは私を遠巻きにして、何やら笑顔でわいわいと盛り上がっている。


「あれ、コスプレってやつ?」

「なんやろ、なんかのアニメかゲームのやつかな?」

「いやー、わりと見てるほうのつもりやけど、どの作品のキャラなんか、ぜんぜんわからんなあ」

「せやけど、あの耳ってホラ、ようあるエルフってやつやろ?」

「ほんまや。ようできてるなあ」

「本格的ってやつやな。あんなん作るなんて器用やなあ」

「持ってる杖かってスゴイで。細工もこまかいけど、使い込んだ感のあるエイジング加工がリアルやわ」

「それゆうたら、ローブっていうんか、あのフードのあるマントな。あれかて、焼け焦げとか泥汚れとか作って、めっちゃ手がこんでるで」

「あんまデキがよかったから、大学まで着てきちゃったってやつなん?」

「いやいやいや、さすがにそれはないやろ。あれで講義に出たら、さすがにどの教授も怒るで」

「まあでも、京大生って、変わったヤツ、多いしなあ」

「そういうオマエも京大生やろ」


 笑い声があちこちでわく。

 会話の内容はほとんど理解できないが、とにかく、彼らが平和で、なごやかで、幸せそうであることは伝わってくる。

 私のような、日々食うや食わずの生活をし、モンスターと戦うことで日銭を稼ぎ、命を削って生きている、そういう人間のギラギラした険しさが、一切見当たらない。


「そうか、ここはもしかしたら、貴族の寄宿舎、というやつか……?」


 私はひとつの仮説に思い至った。ここは貴族の子弟が集まる学校、そして彼らは貴族の子どもたちなのだ。

 なるほど、それならば、みな一様に飢えたようすもなく、ツギもヤブレもない服を着ていることに納得がいく。飢えてガリガリに痩せ、なにかひとくちでも食うものはないかと目を爛々とさせている子どもはひとりもいない。

 なぜ、私はここに来てしまったのか。

 あのドラゴンが転移魔法でも使ったに違いない。ドラゴンといえば、ブレスだ。だから魔法は得意ではないのだと思い込み、油断していた。一大事だ。


「どなたか! すまないが、私をもとの場所に戻してはくれないか!」


 私は声を張り上げる。

 ここが貴族の寄宿舎であるのならば、魔法を使えるものはいるはずだ。腕に自信があるものも多くいるはず。ならば、きっと転移魔法を駆使できるものもいるに違いない。

 私は、一刻も早く、元の場所に戻らねばならないのだ。


「頼む! 仲間がまだ残っているのだ! 私が回復魔法をかけてやらねば、死んでしまうのだ! 私は、一秒でも早く戻らねばならないのだ! 頼む! 後生だから、どなたか私を助けてくれないだろうか!」


 周囲の学生たちは、あいかわらず遠巻きに私を見て、にこにこと笑うばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る