第5話 最悪の出会い

 5年生の秋、僕と葛西を擁する洛南ビクトリーズは、地区予選を勝ち抜き、京都府大会に駒を進めた。


 僕が先発の時は葛西がキャッチャー、葛西が先発の時は僕がキャッチャーとなった。

 なぜなら他のチームメートでは、僕と葛西の全力投球をまともに取る事ができないのだ。


 打順は葛西が1番、僕が2番でその2人で先制点を取る事が多かった。


 チームは京都府大会でも勝ち抜き、ベストフォーまで進んだが、準決勝で敗れた。

 葛西が先発し、僕が途中でリリーフしたが、チームメイトのエラーが連続してはさすがに勝てない。


 たが翌年には僕らは、6年生になる。

 今までは何だかんだ言って、上級生に遠慮していたが、それもなくなる。


 4年生のあの日以来、僕は上級生と全くコミュニケーションを取らなかったが、そこは葛西がうまくフォローしてくれた。

 

 その頃の僕は、いわゆる天狗になっていた。

 野球さえ上手ければ、上級生だろうが何だろうが、自分よりも下に見ていた。

 そして良くも悪くも、野球で活躍すると周囲は僕をチヤホヤしたし、僕もそれが心地よいと感じていた。


 野球は面白いというよりも、自己実現、自己承認欲求を満たす手段となっていた。

 だから、味方がエラーすると、露骨に顔に出したし、時にはグラブをマウンドに叩きつけた。

 

 北沢監督はそんな僕をどう見ていたのかわからないが、放任されていた。

 もし頭ごなしに怒られていたら、その頃の僕なら野球を辞めていだろう。


 北沢監督は僕のそういう性格を見抜いていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

 いずれにせよ、それを確認する術はもはや無い。

 だが僕は今でも北沢監督には感謝しているし、もし出会わなければ少なくとも今の僕はなかった。


 小学6年生になると、洛南ビクトリーズの名は、リトルリーグ関係者の間では、京都府内のみならず、関西一円でも有名になっていた。

 葛西と僕の二枚看板を擁する洛南ビクトリーズは、京都府内ではもはや無敵となっていた。


 特に僕の投げる球は、小学生相手では無敵だった。

 リトルリーグは7回制なので、僕と葛西で3回か4回を投げた。


 課題だったチームメイトの守備も、少しずつ上達したし、何よりも僕らの名を聞きつけて、実力のある子供が入部するようになってきた。


 中学、高校とチームメイトとなる新田が入ってきたのも、6年生になってからであった。

 新田は親の仕事の都合で、6年生になる春休みに、僕の住む街の近くに引っ越してきた。

 彼との出会いはあまり良いものでは無かった。

 

「おいそこのお前、入部したいんだけどよ、誰に言えば良いんだ?」

 僕がウォーミングアップを終え、彼の前を通りかかるとそのように声をかけられた。


 僕が振り向くと、自分よりも背が低く、小柄で痩せ型のジャージを着た少年が眉にシワを寄せて、ポケットに手を入れて突っ立っている。

 肩にはスポーツバッグを掲げ、バットケースを持っている。

 

 見たところ、小学4年生くらいに見えた。

 僕は下級生からそんな事を言われたと思い、カッとなってしまった。

「お前、誰だよ。

 誰に断って、グラウンドに入っているんだよ」

 

「あん、ここはこんなしけたグラウンドに入るにも許可がいるのか?」

 しけたグラウンド?


「お前、何だ。

 喧嘩売りに来たのか?」

 僕は凄んだが、相手は全く動じなかった。

 

「俺、新田っていうんだけどよ。

 このチームに葛西と山崎っていう、少し名の知れた奴らがいるって聞いたけどいるか?」

「あーん、山崎なら俺だ。何のようだ」

「おう、お前が山崎か。

 思ったよりも小さいな」


 自分よりも背の低い、しかも学年が下の子供にそのように言われたと感じ、すっかり腹を立ててしまった。

 

「てめえ、何だ」

 僕は新田の胸ぐらを掴んだ。

 すると新田も僕の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい、お前ら。何しているんだ」

 ユニフォームに着替えた葛西たちの一団がやってきた。

 

「何かいきなりこいつが喧嘩を売ってきたんだよ」

 新田は黙って僕を睨んでいる。

 

「まあまあ、二人共落ち着いて。

 一体どうしたっていうんだよ」

 葛西が僕と新田の間に割って入ってきた。

 

「あれ?、君見慣れない顔だね。入部希望者かい?」

 葛西が新田の顔を見て言った。

 

「まあ、一応」

 新田は相変わらず、ふてぶてしい顔をしている。

「ふーん、うちのチームに入るには入部テストがあるんだ」

「入部テスト?」

 それは僕も初耳だった。

 

「入部テストって、何をするんだ?」

「簡単だよ。

 僕か山崎が3球投げるうち、一球でもヒットを打てれば合格だ。

 どうだい?、やってみるかい」

「一球で良いのか?

 それなら余裕だ」


 葛西はこの頃から落ち着いた性格をしていた。

 明らかに自分よりも学年が低い相手に対しても、丁寧に対応する。

 もっとも入部テストなんて、それまで無かったから、葛西としてもムッとしていたのかもしれない。

 

「いいだろう。やってやるよ」

「よし、決まった。

 僕と山崎、どっちと対戦したい?」

「どっちでも良いけど」

 彼はぶっきらぼうに言った。

 

「じゃあ、俺が投げてやるよ」

 僕は葛西が手に持っていたボールを手に取った。

 面白くなってきた。

 鬱憤を晴らしてやろう。

 そう思った。

 

  


 


 

 

 


  


 

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