過去から今へ、そして未来へ MK-2

ラピス

城塞都市の冒険者

第1話 コボルト退治

side シオン


城塞都市アルフ。

都市の四方を巨大な城壁で囲まれた巨大都市だ。

『シャーロット森林王国』や『帝国』、『自由都市同盟』といった巨大勢力に囲まれながらも未だ独立を保つ強国である。


そんな都市に来て半年ほど、僕ことシオンは冒険者として生計を立てている。

冒険者とかなり仰々しい名前の職業だが、その実態が大したものではない。

いや、確かに竜退治や迷宮探索に魔境調査など如何にもな依頼はあるにはある。

しかしそういったものは危険度が高く、冒険者ランクが高くなければ受注できない。

だから低ランク冒険者はゴブリンや野獣の退治、薬草の収集、都市内外の労務に携わることが多い。


まあ、僕も進んで危険な依頼などこなしたくはない。

命の危険から遠い場所にいれるなら喜んでその場所へ赴こう。

何せ、これまで死にそうな目には十分という程あって来たからだ。

これからも遭うのが確定ならできるだけ減らしておきたいのが人情である。


「―――ではシオンさん、コボルト退治お願いしますね?」


だが、だからといって逃げきれないのが道理なのだろう。

ギルド名物の美人受付嬢が持つ独特な威圧感に完全にしてやられると一枚の紙を手渡される。

そこには今回の依頼について細かく記載されていた。


場所は……ここから北に4キロ程の位置にあるノルム村。

その農地に出没するコボルトの退治。

コボルトは十匹程の群れで行動し、魔物避けの結界を張れば追加報酬あり。

基本報酬は大銅貨5枚……5000Gゴルド

追加報酬は大銅貨1枚……1000G。

期間は受注から五日以内。


犬頭コボルトか……。」


美人受付嬢に無理やり押し付けられた依頼に目を通しながらぼやく。

早朝というには少し遅い時間帯。

ギルドに併設された酒場には流石に飲んだくれはおらず、珍しい静謐に包まれている。


依頼があったのは此処から数時間程の農村。

乗合馬車を使えばもっと短く済むだろう。

地名からして近場に危険地帯は無かったはずだ。

それに金額も悪くない。

多少の出費を考慮してもギリギリ黒字にはなるはずだ。


……腹、括るか。


取り合えず、宿屋に武器防具を取りにいかなくちゃな……。

何せ、適当な日雇い労働目当てだったから、武装してないんだ。


 △▼△


冒険者、それも下級冒険者がねぐらにする様な宿屋は上等なものではない。

厳密に言えば、旅人や旅行人に行商人が泊まるような場所ではない、ということだ。

荒事を第一とする奴等でごった煮になった獣の巣の様な場所だ。


「ほら、さっさと行きな屑共! 早く行って食い扶持を稼いで来やがれ!」


地面が揺れる程の大音声。

いや、宿の二階だから建物が揺れる程の、が正しいか。


大音声に一拍遅れ、若い冒険者達がドタドタと忙しなく階段を下りていく。

誰も彼もが顔見知りの奴等だから、直ぐに分かった。

あいつ等、昨日一儲けしてた奴等だな。


冒険者ランクが僕と大して変わらない癖に『魔境』に入って、幸運にも帰って来た奴等だ。

確か、儲け過ぎたお陰で今日の朝まで一党パーティー五人で飲んだくれていたはずだ。

実際、どいつもこいつも二日酔いで酷い顔をしている。

若者が二日酔いになるとはどれ程飲んだことやら……。


それにしても可哀そうに、あの暴力女将じゃなければもう少し惰眠を貪れたろう。

そうすればあの酷い足取りに顔つきもマシになっただろうに。


「ん? 何だい、シオン。お前もかい? 掃除の邪魔だから、さっさと出て行っとくれ。それにアタシはびた一文まけはしないし、後払いは認めてないよ。」


冒険者パーティーが出て行った後に無駄にガタイの良い獣人族の女将が現れる。

身長は2メートルを超えており、種族由来の身体能力が合わさり、駆け出しが束になってもすり潰せる程の戦闘力を誇る就職を間違えた系の女将さんだ。


僕等下級冒険者は個別の部屋を取れるほど稼ぎはない。

だから、大部屋に泊まる。

そして大部屋は常に駆け出し冒険者で鮨詰め状態になる。


正直に言うと……かなり不快だ。

汗臭いし、狭い。

たった二つの要因だが、この二つだけで不快度指数は爆増するのだ。

皆は慣れていても僕には現在進行形で不快だ。

軍団で慣れたかと思っていたが、矢張り僕は世間知らずだったのだ。


とはいえ完全に不利益デメリットばかりではない。

横に縦の繋がりができることは大きな利点メリットだ。

こういった繋がりは情報の入手や一党パーティーを組む際に大いに役立つ。


……まあ僕は一党を組めないんだけどね。

全く意味のない利点というものはどうして人一倍忌々しく感じるのか。


「いやさ女将、サボりじゃないから。討伐依頼を押し付けられちゃったから武具を取りに来ただけだから。」


「はン! アンタらの武具なんてあってないようなもんだろう。ほら、邪魔になるから早くするさね!」


言われずともだ。

僕だってその拳骨を喰らいたくなんだから。

身体の芯に響かせるその打撃、喰らったら半日は行動不能になるぜ。


 △▼△


革で出来た胸当てに籠手。

手には大刀グレイブ、腰には片手剣ショートソード

武器以外にも道具入れのポーチや解体用ナイフに大切な首飾り。

これが今の僕のフル装備だ。


本当は鉄製の防具が欲しいが、手入れが面倒だし、何より高価だ。

そして何より重い。

敏捷あしを活かして戦うのが僕の戦法である以上、軽々と扱えない鉄製防具はお呼びじゃあないのだ。

まあ、僕がもう少し頑強ならそんな悩みを抱かずに済むんだけどな……。


「にしても、そろそろ買い替えか……何だかんだ気に入ってたんだけど。」


乗合馬車の中で大刀グレイブの整備をしながらぼやく。

とある鍛冶師が手慰みで作った一品であるこの一振り。

元来から真面な売り物でないため、作りは荒いし、バランスは悪い。

やはり安さだけ考えるのは駄目だなと思いつつも、放たれる威力に切れ味は見事なものだ。

何だかんだ気に入っていたから手放すとなれば一抹の寂寥感は感じるものがある。


「冒険者さん、もう着きますぜ。」


馬車の御者は僕にもうすぐ着くと知らせる。

料金は確か、銅貨三枚……300Gだったはずだ。

大した出費ではないが、出費をした以上はキチンと回収したい。

だからキチンと依頼をこなすとしよう。

相手はコボルト。油断しなければ十分倒せる相手だ。


そう思いながら、馬車から降りる。


「……へ、へへ。旅の冒険者さん、飯抜いちゃって力が出ないんでさ……同業者の縁でどうにかお恵み頂けませんかね?」


そうしたら浮浪者どうぎょうしゃが這い蹲っているのを見た。


 △▼△


「むぐっ……あぐっ……ごほっごほっ! ……はふっ。」


「落ち着け、そうまでしてもパンは逃げませんよ。ほら、水もキチンと飲んだ方が……。」


流石に見捨てたら夢見が悪いのでパンと水を恵んでやると、同業者は直ぐにがっつき始めた。

飯を食っていないとは聞いたが、一体何日食ってなかったんだ?


「……もう三日は食わずだったな。水は幸い、井戸を使えたから大丈夫だったのは救いだった。」


「三日て……というか僕の言いたい事よく分かったな。」


「顔に出てたからな。―――そして、私、復活!!」


顔に出てたか……。

よく言われるけど、中々治らないな。

というかテンション高いなコイツ。


「そうか……所で君はどうして此処に? 旅の途中、それとも何かの依頼ですか?」


彼に会ってからずっと気になっていたことだ。

生憎このノルム村は特に何もない普通の農村だ。

薬草の群生地や『魔境』には程遠く、稀にだが作物収穫の手伝いがある位だ。

正直、魔物退治の依頼が来た時にはかなり珍しいと思ったくらいだ。


「いや、私も依頼を受けてだ。コボルト退治だよ。もしかして、君もか?」


一気に目先が暗くなった気がする。

食事を怠って倒れる冒険者なんて面倒極まりないぞ。

ブーメランになるが足手纏いは命取りなんてものじゃない。

実体験があるからよぉく分かっている。


「ハハハハハハ!! 成程、今の私は確かに薄汚れた冒険者だ。しかしこの弓を見よ! これでもエルフの端くれ、足は引っ張らないと約束しようじゃないか!」


いや、エルフなのは見た瞬間から分かっていたさ。

黄金の髪に翡翠色の瞳、白磁の如き白肌そして長い耳。

薄汚れ、情けない身なりだがその美しさは鈍ることなく、輝いている。

これでエルフ族ではないと考える方が珍しいだろう。


だがな、個の能力と種族性能は全く関係ないんだ。

きっと、お前の残念さはお前だけのものだから。

それを種族単位にされちゃあエルフ族も迷惑だろうぜ……。


 ▼△▼


「ほっほっほ、まさか冒険者の方が二人も着て下さるとは。」


コボルトを討伐する前に村民に話を聞くと、そのまま村長の家まで通された。


村長曰く、農地にコボルトの群れが住み着いてしまったらしい。

数は十匹程で、体躯も小さかったため冒険者に頼ることなく狩人や農夫に神官で追い払おうとしたらしい。

しかし予想以上にコボルト達は厄介で、狩人や神官が怪我をしてしまった。

幸いにも致命傷とは程遠く、一週間もすれば日常生活に戻れるそうだが村人達の衝撃は凄まじく、急いで依頼を出したようだ。


……予想している以上に背景バックボーンがヤバい。

結界を張れば追加報酬が出るのは神官が倒れたためか。

まあ、直ぐに日常生活に戻るならそんなに強力な結界にしなくていいだろう。


聞いているだけで何か変な液体が出そうになる程責任重大じゃないか……。

ふと気になって横を見れば全く何を考えているのか分からないエルフが一匹。

だがどうしてか世を憂う美少年にしか見えない自分もいる。


クソ、顔が良いからそれだけで絵になりやがる。

これだからイケメンは度し難い。


一通り村長から話を伺い、コボルトが出没するという場所まで二人で赴く。

距離は遠い訳では無く、直ぐに到着した。

幸いにも作物を植える前であったため、荒らされてはいなかったが代わりに無数の穴ぼこが造られていた。

恐らくはミニコボルトの巣穴だ。


離れた場所でゆっくりと観察しているとふとエルフが自己紹介を始めた。


「そう言えば自己紹介をしていなかったな。私はベルナデッド、シャーロット森林王国から来たD-ランク冒険者だ。親しみを込め、ベルと呼んでくれ!」


こんなんでも僕よりランク上か……。

いや、しかし。ランクが上ということは実力は上なのは確実。

上手い事頼らせてもらうことにしよう。


「僕はシオンだ。城塞都市アルフで冒険者になったばりのE+だ。見ての通り中衛だ。でも君が弓使いだから前衛に回ろう。」


「そうか、ではやろう! なぁに、後方支援は任せたまえ! 私はエルフだからな!」


そう言って弓を構えるベル。

エルフ族特有の妖精弓エルフィンボウは魔力を放つ魔道具マジックアイテムであり、通常の長弓ロングボウの倍近い飛距離を誇る。

例え今の位置でもエルフの腕前が合わされば一匹残らずハチの巣に出来るだろう。


「さて、取り合えず地上に叩きだすか。どうせ連中、巣穴に引きこもっているだろうしな。僕が連中を地上に引きずり出すから、出て来たところを射抜いてくれ。」


「ああ、任せたまえ!」


一応念のために地面に手を触れて、魔力感知を行う。

本職の魔術師でも熟達した魔術使いという訳でもないから精度はイマイチだけど魔物を探し当てるには十分な練度だ。


「確かに十匹、いるな。そして小さいのだ。」


魔力感知の結果、確かに巣穴の奥に十匹のコボルトがいた。

そしてやはりミニコボルトの群れだった。


余談ではあるがコボルトという犬頭の魔物は二種類に分類される。

50~60cmという小柄で器用なミニコボルト。

1mを超え、中には2mにまで巨大化するメガコボルト。


今回討伐することになる小コボルトは小柄な体躯を活かし、地面に穴を掘ってそれを巣穴とする。

更に器用な手先を利用して、道具を作ることもある。

鋭利な爪牙以外にも武器を持つため、身体能力が勝る大コボルトよりも面倒な相手だ。


だが、身体能力は低いから一度流れを作ってしまえばこっちのものだ。


「―――【我が意に応じて動け、大地。】【アース】」


最下級の地属性元素魔術【アース】。

僅かながら大地に干渉する『魔術』。

地味だがこういう脆い巣穴には効果抜群だ。

こうなれば、崩れた土の重みに耐えかねて押し潰れたか―――


「―――そこッ!」


「ギャウ!?」


―――地上で射殺されるかになる。


生粋の狩人たるエルフ族の瞳から逃れることはできず、まず一匹。

そして同胞が死したことに気付かずに次々と姿を現す小コボルト。


2……いや、4匹か。


「ふむ……流石に、か。すまないが近づく奴は頼んでいいか?」


「ああ、問題ない。」


大刀グレイブを構える。

小コボルト達は最早統制を失っており、襲い掛かる者に逃げる者でバラバラだった。

僕の役割は近づく個体を倒す……厳密にはベルの射撃を邪魔させないことだ。


「ギャアアアゥ!」


「ギュウウウウァ!」


立ち向かう僕に襲い掛かる小コボルト。

小さいながらも鋭い爪で、人の柔肌を裂かんとその腕を振るう。


だが小柄なため攻撃範囲リーチは短く、余り脅威を感じさせない。

一歩下がるまでもなく、身体を捩じるだけでその脅威から逃れることができる。

そして腕を振るった後というのはどうしても隙だらけだ。


「―――はぁッ!」


一閃。

一直線の上にいる小コボルトを二匹纏めて斬り捨てる。

血を零しながら、半身を分かたれた魔物は断末魔を上げることなく死んだ。


「よし、終わった。」


「うむ、見事だったな! こちらも終わったぞ!」


その言葉通り、農地の端で矢に穿たれた小コボルトが二匹。

急所を一発で一撃。

最初は心配だったが、見事な腕前だ。


「凄いな。あれだけ距離があるのによく当てられる。」


「我が生まれは平野の都市ではなく山野の中。永久に続くシャーロット。ならばこの程度造作もない、さ!」


テンションの高い奴……。

一仕事を終えて、日が傾き始めるとこのテンションも面倒くさいぞ。

だがまあ、同じ依頼を受けた者同士で格上だ。

必要以上に邪見にする必要はないだろう。


「それでは、さっさと解体して素材を入手するとしよう! 流石に夜は怖いから帰るのは明日だがな!」


「同感だ。夜中を歩き回るのは嫌だしな。……と、その前に。」


腰のポーチに手をやる。

その中にメモ帳サイズの小さな冊子が入っており、必要だからそれを取り出す。

短い期間だが随分と使い古したから、表紙は傷付いて薄汚れている。

だが、今からする行為―――『結界』の展開には何の問題もない。


「『結界』を張る。生憎三流以下だから大したものではないが、短期間しか効果がないけど……。」


冊子を開き、その紙に刻まれた難解な『神聖文字』を読み上げる。


「ええっと……【神々は仰られた。】【眷属よ、私に従い、私の意思を全うするものよ。】【生きよ、懸命に生き、糧を得て営みを広げよ。】」


『聖句』を読み上げる。

僕の屑みたいな『魔力』を糧に。僕の僅かにある信仰心を出力として。

信仰の見返りたる『秘蹟』を発動させる。


『魔術』と違い、明確なイメージ力を要しないが僕には信仰心は欠片しかなく、大した効果は発揮できない。

実際、魔物の侵入を防ぐことは不可能だ。最弱クラスのゴブリンにコボルトにだって易々侵入できる。

だが、それでも魔物避けくらいにはなる。ここら周辺の魔物に野獣では近づこうとはしないはずだ。

その間にこの村の神官が回復し、これより真面な『結界』を張るだろう。


一仕事を終え、ふうと溜息を吐くと驚いた様子でベルが近づいて来る。


「今使ったのは『秘蹟』か? 凄いな、冒険者が『神聖文字』を操るとは!」


「よく分かったな。他の奴等だと『神聖文字』と『魔導言語』を区別がついてないというのに。まあ、今時は神官でも使わないことが多いからな。」


貧相な『結界』の中で仕留めた魔物を解体する。

爪牙は魔道具マジックアイテムや武器の材料に、毛皮は鎧や革製品の原料になる。

そして魔物が体内に持っている魔石は魔道具マジックアイテムの燃料だったり、魔力回復薬マジックポーションの原料になる。


だからこういった討伐依頼では討伐した魔物の解体をして、懐を温めるのが冒険者の常識だ。

というか大抵の依頼はそういった儲けを加味されいて、危険度の割に報酬が悪い。

だが討伐依頼をしなければランクアップは叶わない。

完全に足元を見られているとは正にこの事……世知辛いな。


 ▼△▼


その後、依頼達成を村長に告げ、宿に泊めてもらった翌日。

僕等は二人で城塞都市に戻っていた。

馬車が脱輪しない程度には整備された街道の上を歩いていると直ぐに堅牢な城塞が見え、短い手続きの後にはもう都市内だった。

後は冒険者ギルドで依頼達成を報告し、報酬を受け取る、その時に問題は発生した。


「―――え、ベルナデッドさんもですか?」


受付嬢の驚いた声。

まるで来るはずがないと思っていた人物に対する台詞で、依頼を達成した冒険者に向けられるものではない。

不思議に思い訳を聞いてみると、それは驚くべき台詞が返って来た。


「その……大変申し上げにくいのですが……期間以内に依頼を達成報告が無かったので失敗扱いに……。」


「そんなバカな。私は確かに…………あ。」


訂正しようと口を開いたベルだったが、直ぐに閉口する。

そして閉口すると同時に尋常じゃない量の汗が流れて始めた。

どうやら何か忘れていたら都合の悪い事を思い出したようだ。


「それに基本的に依頼は一つに対してパーティー、個人どちらか一つになるので……。今回はシオンさんだけが依頼達成ということになります。ですので……その、依頼失敗ということでベルナデッドさんには違約金を払っていただくことに……。」


「…………」


「……おい、おい、ベル。大丈夫……じゃないな。生きてるかー?」


今までのテンションは何処へやら。

完全に魂が抜けている。

廃人状態だ。


珍しく受付嬢も困っている。

まさか失敗した奴が成功したと思い込んで受付に来る経験はないのだろう。


仕方ない。袖振り合うも他生の縁だ。

それに今回の依頼は彼がいなければ完遂出来たか怪しいし。


「……すみません、コイツの違約金幾らですか?」


「え、はい。報酬の一割……500Gです。」


「500G……銅貨五枚ですね。これでいいですか?」


貨幣を入れている袋から銅貨を取り出す。

そしてそれを受付嬢に渡す。

渡された受付嬢は吃驚びっくりしたのか一瞬、動きが止まる。

そしてようやく現実を認識したのかやっと動きを再開させる。


「え、え、いいのか!?」


「別に500Gくらいいいさ。今回の依頼はお前がいなければもっと手こずってだろうし。」


僕がそう言うと、ベルは体を震わせた。

そしてそのまま勢いを付けて抱き着いて来る。


「何て君は優しいんだ! この出会いを精霊に感謝するぞ、私は!」


「……おい、抱き着くな。というか放せ。」


無理矢理エルフを引きはがす。

それでも嬉しいのか大型犬みたくくっ付いて来る。

流石に鬱陶しいので引きはがしながら一つ警告する。


「おい、これ以上引っ付くなら分け前やらないぞ。」


そう言うと直ぐにひっつくのを止める。現金な奴だ。

少し呆れながら受付嬢に報酬受け渡しの手続きを頼む。

流石に調子を取り戻したのか、何時も通り手際よく手続きを終える。


「……はい、確認が終わりました。こちらが追加報酬合わせた報酬です。手数料は報酬から引いて5400Gになります。」


手数料は報酬の合計額から一割だから、600G。

つまり銅貨6枚持ってかれたか。


「ほら報酬の半分、2700G。少しとはいえ三食分にはなるだろ。ちゃんと働けよ。」


「おお……! 本当か、本当に良いのか!?」


「別に……蓄えは少しはあるし、これくらいで生活苦にはならないよ。」


「そうか、では感謝して頂こう! シオン、世話になった! 次に会う時はこの恩を返す! 絶対にだ!」


そう言ってギルドから出て行くベル。

最後の最後まで騒がしい奴だったな……。


 △▼△


そしてコボルト討伐を報告し終えた翌日。

何時も通り早起きした僕は宿を出て、依頼を探しに冒険者ギルドへ向かう。

早朝、まだ太陽が完全に姿を現していない。

その証拠に地平線の彼方では半分程ひょっこり体を起こす太陽の朝焼けが空を焦がしている。


日本で学生生活をしている時にはあまり見なかった光景だが、半年近く冒険者稼業をやっているといい加減に見慣れてくるものだ。

だがそれでも早朝特有の清々しさは変わらない。


そうして気分よくギルドへ向かっていると―――


「う~ん、もう飲めぬ……。もう飲めぬぅ……。」


―――何処かで見たエルフがいた。


それも酒を飲んで、酔っぱらったのか道のど真ん中で倒れている。


無視して進もうかと思った。

道のど真ん中で、季節は春で温かくなり始めたとはいえまだ早い時間や遅い時間は寒い。

それに見捨てるのも何だか可笑しいので起こすことにした。


「おい、おい! こんな所で寝るな。宿は何処だ?」


肩を揺らせど、頬を叩けど起きる気配はない。

死んでいる訳では無く、いびきや寝言が聞こえる辺り眠りが深いだけだろう。

はあと肩を落としながら、エルフを掴み、脇に抱える。


「取り合えず、ギルドに置いとくか……。全く、とんでもない奴だ。こいつの将来は大物だな。」


そして僕は再びギルドに向かって行く。

僕の呆れなど知らず、このエルフの青年はぐうすかと眠っている。

何が可笑しいのか分からないが、少し僕は笑っていた気がする。




――――――――――――――――――――――――――

シオン

人間族の少年。15歳。

E+ランクの冒険者。

『魔術』や『秘蹟』といった特殊技能が扱える。

日本から召喚された異世界人であり、何故彼が冒険者となっているのかは謎。


ベルナデッド

エルフ族の青年。18歳。

D-ランクの冒険者で弓の名手。

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