だから俺は転生できない

こまりがお

第一章 女神達

第1話 不器用な女神

「貴方は転生し、異世界で……」


「……待て。先に言うことがあるだろう。」


 小声で彼女に耳打ちする。

 彼女は俺の言葉に考え込んでいる。


 不安ではあるが、今日は最後まで見守ると決めたではないか。口を出すのは最小限のところまで、最小限のところまでだ。

 

「では、説明の続きですが……」


「待て、待て、待て!」


 進行を止めた俺に対して彼女は、眉を寄せ不快そうな顔で睨む。俺も好きで口を出しているわけではない。少しぐらいは理解して欲しい。


 そんな彼女は転生者を異世界へ導く女神として容姿だけは完璧だ。


 プラチナブロンドの髪は純銀の髪飾りを霞ませ、輝く紫色の瞳は宝石のように美しい。白い肌はその髪や瞳をより印象的にした。


 神秘的な容姿に誰もが一目で彼女のことを女神だと認める。しかし、口を開けると事務的な口調と配慮のない発言に嫌悪感を抱く人間は少なくない。


 生まれ持っての性格か、幼少期の教育か、はたまた感情が欠落しているのか。


 ————違うな。


 単純になのだろう。



「まずは慈悲の言葉だ。」


 再度、彼女に耳打ちすると小さく頷き、転生者へ優しく言葉を送った。


「前世では苦労なさいましたね。では異世界へ転生してください。」


 慈悲の言葉は良かったが、続く言葉が唐突過ぎる。案の定、転生者は苦笑し彼女に問う。


「私は異世界なんて興味がありませんよ。異世界ではなく、現世へ転生していただけませんか。」



◇◇◇

 大道寺だいどうじ 元蔵げんぞう

  ・享年72歳

  ・悪性腫瘍の手術時に医療ミスで死亡

  ・温和で人当たりもよく、人徳のある人物

  ・貧しい家庭に出生

  ・趣味は風景画を描くこと

  ・異世界転生への知識なし

  ・ランク:D

◇◇◇



「……駄目です。異世界に転生してください。」


「ハッハッハッ。手厳しい神様だ。」


 大道寺さんが温厚な性格で助かった。相手によってはこの時点で試合終了の怒号が鳴る。そんな優しさに甘え、彼女は大道寺さんに説得を続けた。


 異世界の冒険は楽しい、沢山の女性から好意を寄せられる等の謳い文句を並べるが、大道寺さんが首を縦に振ることはなかった。


 この女神は彼のことを観ていない。十代、二十代の転生者であれば、今の誘いに乗ったかも知れない。だが半世紀以上も生きた彼が、闘争心や自尊心を満たすような欲望がないことを俺でも理解できた。


(仕方ない。フォローするか……。)


「大道寺さんのお考えはわかります。ただ、女神は前世で苦労した貴方により良い環境で来世を過ごしていただきたいと考えています。」


 俺の言葉に大道寺さんは少し考えたが、やはり首を縦に振らない。


「仰ることはわかりますが、突然そんなことを言われても気持ちがついていきません。」


「……そうですね。では少しお話をしませんか?」


 まずは大道寺さん本人のことを知るべきだろう、彼の人生を振り返ってもらった。


 幼い頃に見た水蓮の風景画に心を奪われたこと、家族の生活の為に夢を諦めた青春、結婚し子供が産まれ幸せな時間、長い闘病生活、奥さんより先に逝ってしまったこと……。


 話は資料に記載されている内容の通りではあったが、本人から話を聞くと情景がわかり、まるで別の話だった。


「激動の人生でしたね。」


「えぇ。最後は妻とゆっくり余生を過ごせれば、と思っていましたが……。」


 前世のことを思い出しているのだろう。

 大道寺さんは遠く見つめている。


「奥さんのことを大事にされていたんですね。」


「えぇ。私には勿体ないぐらいの良き妻でした。」


 大道寺にはいつもの謳い文句でどうにかなる相手ではない。考えるべきは大道寺さんが望むもの。


 思考を巡らす。

 定石で行けば、スローライフだが……。


 ————いや、これが最適解だろう。



「夢を叶えてみませんか?画家になる夢を。」


「私が……画家に……?」


「はい。異世界は神秘的な場所が沢山ありますから題材には困らないと思います。それに画家になる為、転生した人物は聞いたことがありません。夢を叶える為に異世界へ転生してみませんか?」


「……。」


 大道寺さんの頬に深い皺が浮かぶ。



 その後はトントン拍子で話が進み、大道寺さんは画家になるべく、異世界へ旅立つこととなった。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「私はアイリス・ビレノース。」


 俺は彼女に顔を向けると小さく頷き名乗ることを許された。


飛鷹ひだか 春人はるとです。」


 大道寺さんは俺の名前を聞いて笑顔を見せる。


「やはり日本人でしたか。私のような古い人間からすると、同郷の人間がこのような場に立ち会っていただけるだけでとても安心しました。」


「いえ、私は少し助言をしただけですよ。」


「飛鷹さんは何故……いえ、聞くのは野暮ですね。貴方にも良き未来があることを願っています。」



 転生の時が来た。アイリスが右手をかざすと、異世界へと繋がる扉が現れる。大道寺さんは現実離れした状況に驚いたが、直ぐに先程までの優しい笑顔に戻った。


「いってらっしゃい。」


 俺が声を掛けると、彼女も俺の真似をする。


「…………っしゃい。」


 大道寺さんは扉に向かって歩いて行き、途中で振り返ると小さく頭を下げる。


「いってきます。」


 光が大道寺さんを包み込むと、異世界への扉は跡形もなく消えてさった。



 その日の夕暮れ。


 転生者の説得が上手くいかなかった時、彼女が向かう先は決まって同じだ。


 夕陽が彼女を白から茜に染める。


 屋上で黄昏れる彼女は女神ではなく、思春期の少女のよう見えた。近寄って缶コーヒーを差し出すと無糖であることに気が付き差し返された。


 遠方で片翼の天使がまさに空へ飛び出し、浮雲のように空を漂っている。

 

「……今回もハルトが説得しました。」


「そうだな。次は頼むぞ。」


 彼女は手摺りにもたれかかり俯せる。

 俺はタバコに火をつけ、煙を空へと放つ。


 彼女の髪が風に靡き、見えた横顔からは何か決意した表情であった。


 片翼の天使は先程までと違い、自由に空を舞っている。

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