第17話 星の力が彼を祝福している

 朝靄が煙るラムダ村を一望しながら、デュロンはガルボ村のことを思い出していた。

 露天掘りの採掘場でデュロンやサイラスがジェドルと戦ったのと同じように、メルダルツが拵えたクレーターは、十分すぎるほどの大きさを誇る闘技場として使うことができそうだった。


 その底面は多少凸凹しているが、躓いて転んだせいで負けましたという言い訳は、錬成系の粋を極めた二人にとって、お笑い種もいいところだろう。

 気に入らなければ魔力で膂力で、いくらでも整地し、足元を固めればいいのだから。


 叔父に背を向けて歩き、クレーターの中心を通り過ぎる甥の近くへ、デュロンは降り立ち、すれ違いざまに極力こっそり声をかけた。


「大丈夫か? なんか策はあるんだよな?」


 スティングは立ち止まり、眼だけを向けて平静に答えてくる。


「策か。特にないかな」

「おい……」

「まあ、見ててよ。考えはあるし、準備は終わってる。なるようになるさ」


 気弱に微笑む余裕すらあるという、泰然としたその態度を信じるしかない。

 というか、頭がこんがらがってくる。スティングが勝ったら、スティングの命が危ぶまれるのだ。彼のことを心配するなら、彼の敗北を願うべきなのである。いや、しかし……。


 と考え込んでいるうちに、デュロンは新たに余計な気付きを得てしまう。

 ギャディーヤとスティングは互いに相手の安寧を望むゆえに、自分が犠牲になるべく、どちらも全力で勝ちに来るだろう。

 ただそうすると、互いに相手を殺すくらいの気持ちで攻撃する必要が出てくるわけで、本末転倒としか言いようがない。

 スティングはなぜこんな自縄自縛の条件を整えてしまったのだろう、バカかマゾなのだろうか。


 だが彼なりに叔父を思い遣った、それが結果なのだ。

 互いに髪留めを贈るために、互いが髪を切り売ってしまうようなもので、なるべくしてなった結果なのだろう。


 いや、それもまだ結果ではなく、過程でしかない。

 デュロンはその帰趨を見届けるしかない。


 クレーターの縁に立ち、見下ろしてくるメルダルツにしても、決着がつくまでそれは同じだ。

 サレウスの犬たちも、手を出さない・出させないという意思表示を兼ねていると見え、メルダルツの近くに何頭かずつ座り込み、こちらに視線を投げてくる。


「いつでも勝手に始めてくれよ」


 開始の合図を放棄するデュロンだが、別に投げやりなわけではない。

 これは二人が命を譲り合う決闘なのだ。二人が呼吸を合わせ、自然にぶつかるのを待つしかない。

 八百長の心配は要らない。そんな示し合わせができるようなら、ここまで状況は拗れていない。


「……」


 二人の交戦距離がどのくらいになるかというのは、デュロンも純粋に興味があったのだが、スティングが振り返ったのは、ギャディーヤから十メートルほど離れた地点だった。デュロンが予想したよりも、かなり近い。


「……」


 もっとも、すぐに得心がいった。遠隔攻撃手段を持たないギャディーヤに対しては、距離を取る方が有利というのは確かにそうではある。だが一方で奴に助走を許してしまうと容易に止まらなくなるというのを、デュロンは半年前に嫌というほど思い知らされている。一度勢いがついたら、間に砦の一つも挟まない限り、奴の突進が止まることはない。


 出鼻を挫くのが一番ではある……それができるならの話ではあるものの。

 先に動いたのは……動かざるを得なかったのは、やはりスティングの方だった。


「メルダルツさんに感謝しないといけないな」


 相変わらず裸足であるスティングの皮膚から、錬成能力の発動により、土中の金属成分が吸い上げられる。

 隕石が落ちてできたこのクレーターの底は、普通の地面よりも鉄やニッケルなどを多く含んでいる(ちなみにデュロンが持っているこの手の知識はもちろん、すべて姉からの受け売りである)。


 星の力が彼を祝福している。死兆星が頭上で輝いているという意味だが、ポジティブに言い換えるとこうなる。


「残念だったな、叔父貴。どうやら天は、俺の勝利を望んでるようだ」


 ギャディーヤは仁王立ちのまま動かず、なにも言い返さない。

 売り言葉に買い言葉を発する、その余力すら惜しいのだろう。


 気にせずスティングは、肉体活性でなく固有魔術による変貌を遂げていく。

 彼の右手に小ぶりな鎚が、左手に短い槍が、彼の体内から錬成されて握られる。

 シャツを裂いて背中からいくつもの細い金属製の触腕が生え伸び、それらもそれぞれ先端に武具を生成している。

 剣・斧・盾・鉾・鎌・錘・拐・鎖・棍棒・錫杖・鉄扇……打撃・斬撃よりどりみどりである。


 スティングは右手の鎚で丸盾の表面を二度叩き、厳粛な面持ちで宣告した。


「決闘裁判を開廷する。判決を決めるのはこの俺だ!」


 対するギャディーヤは甥を迎え入れるように、ただ二本の剛腕を広げて構えた。

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