うさぎ赤瞳

第1話 第一部

    一


 背後から迫る影は、殺気を帯びていなかった。


「また乙女座に願いごとをしている? のかい」

 雲海うんかい いのりは、神宮舎と居住舎を繋ぐ渡り廊下の端から、満天の星空を見上げていた。誕生日の星座である乙女座に思い入れがある。


 声を掛けたのは、父の博海ひろみで、山伏の末裔の婿養子である。神主になるために、婿養子に入った神宮は、神武天皇を奉るが、曰く付きの為に、非公認の神宮であった。

 神武天皇が神であるがゆえに、遺骨が埋葬されていないことで、非公認なのだが、山伏となった天使たちが人間との契りを結び、四天王(雲海家・天命家・桔梗家・更科家)が護っている。その下に十二神将が控え、金銭的に潤っていて、補助金を必要としないことも、非公認の曰くのひとつであった。


「想い続けることは大事ですが、仕来しきたりを学ぶことも大事なのよ」

 母のつむぎも現れて、祷の機嫌も上向いた。

 来春小学校を卒業する祷は、思春期の真っ只中で、異性の父と、一線を画し初めていた。おしどり夫婦の両親が故に、祷の引く一線が、気に障ることはなかった。祷がそれで、笑顔を繕い、会話が成立してゆく。


「人間が云う仕来たりなんて、御先祖様かみさまには関係ないでしょ」

「そういうことは、神様に訊かないと、解らない、でしょう」

「人の間に継承された倣わしのもとは、神々様への礼節の仕来たりなんだぞ」

 祷は何時ものように、二対一の分の悪い矯正力に、打ちのめされることを知っていて、それに抗うすべを諦めていた。だからこそ異性という態度が、傲慢に映り、距離いっせんを引くことに繋がっていた。角質に繋がらないのは、母の内助の功にほかならなかった。

 そんなことに気付くよしもない博海は、否定から始まり、個性を尊重する言動が少なかった。それ故に、紬に背中をつねられて終う。

「痛て!」と、微動して

「御先祖様に訊く為に、心が疎通できるようになりなさい」と、その場を繕うしかできなかった。


「想いは、時空を越える と、物語に綴られていたわよね」

「うん、純真な心の持ち主にしか、疎通は解放されない、らしいからね」

「ならば努力して、疎通のできる『唯一ゆいいつ』になれば善いんじゃないかな」

「簡単に云うけど、自分を棚に上げて、高みの見物でも決め込むつもりなの、お父さんは」

「それもそうよね、でもね、祷の感性がそっちに靡いているんじゃ、ないかしら」

「あたしの、感性って、個性? ってことなの」

「人それぞれって云うのは、目指すべき未来さきを示すはずだよ。だけどもそこは、360度から入れる場所? なんじゃないかな」

「人の想いは、竹のようにすくすく育ちますからね」

「理想郷でしょ。人それぞれならば、桃源郷や楽園? といった、憧れってことだよね」

「神様の憧れ、って、そうなるかしら」

「なんでそこに、神様があらわれるのよ」

「神様だって生命体だからさ。人の眼に映らない生命のことは、霊魂って云うからな」

「非科学的な考え方、だよね」

「そうかしら、もしも眼に映るなら、誰もが信じることでしょう」

「だろうけど、霊魂が見えることは、絶対にあり得ないわ」

「それが見えるから、『神の眼』? と云うんじゃないかな」

「だとしても、実際にそれを会得した者はいないでしょ」

「それが、要るらしいのよ」

「誰よ」

「創世主に気に入られた、なんちゃって科学者」

「どういうこと? なの」

「想いは時空を越える? そんな妄想をしたためたのは、なんちゃって科学者なのよ」

「? だとしても、そのいわれがどうやって、お母さんの手に渡ったの」

「博正さんが持ち込んだのよ」

「おじさん? が」

「そう、栞の旦那さんで、博海とうさんの弟よ」

 祷は藪から棒に告げられた真実に、記憶が追いつかなくなっていた。天命家の長男が博海で、博正が次男の兄弟と、雲海家の長女の紬と、次女の栞姉妹が、それぞれ婚姻を結んでいた。その理由に、十二神将の源家と武田家の小競り合いが挙げられた。人の血がもたらした争いは、源平合戦(過去の曰く)等の災いをもたらしている。傲慢な男神たちが、人の中に芽生えさせた欲は、火種になっている。それ等を都合に併せて残す歴史は、紛い物であった。真実の裏側は、欲に纏わる記述であると、博海と紬が、祷に教えたのだった。



    二


 寒暖さに曝される、身の辛さを理由に、三名は居間に戻っていた。


さっきの話し、詳しく教えてくれない? かなぁ」

 祷が心に残した疑問は好奇心だが、他人事にして措けないでいた。

 博海はそれで、紬の顔色を窺ってから、渋々と話し始めた。


御先祖いにしえの話しになるが、始祖はじめの神武天皇は、かあさんの御先祖様なんだよ」

「うちが、天皇家?ってことなの」

「天皇家は神輿に過ぎないのよ」

「神武天皇は神様だから、じん格者かくしゃだったが、欲にまみれた人間の手にかけられて終ったんだよ。それを予知した神の頭領が、銅鏡を送り、其を教えたんだ」

「神様の頭領? って、誰なのよ」

「その時期を知らないから、ヘスティア様か、マリア様か? 解らないわ」

「日の本の國に来た時は、卑弥呼と名乗ったらしい」

「ヘスティア様=マリア様=卑弥呼? って、ことなのね」

いにしえの時には、名を持つことをゆるされた者は極めて稀だったらしい。庄のおさを、庄屋と言い、むらの長を村長と言ったくらいだからな」

「民の一、民の二、なんて言った? と言うの」

「そうみたいよ」

「それで?」

「神が居ては、人が自由に生きられない? と焚き付けた者が現れて、神武天皇を手に掛けたらしい。そしてあろうことか、復活を阻む呪いを掛けたらしい」

「ヘスティア様という、ギリシャ神話の神様が登場するのは、神様を殺せるのが人間ということを、世の中に知らしめたから? らしいのよ」

「それで?」

「庄を率いる者が、中臣鎌足なかとみのかまたり中大兄皇子なかのおおえのおうじと名乗り國にしたと歴史は示している。しかし本当のところは、藤原一族が纏めたと、中華の古文書に残っているらしい」

「らしい、話しはいいから、うちの始祖の話しを教えてよ」

「呪われた一族となった神武天皇家は、その時以降、嫡男を産めなくなった。当時の呪いの精度が低かったようだな」

「でもね、女系一族が家督を護ることが難しかったことは、理解できる? わよね」

「なんとなくだけど、理解できるよ」

「護る為に、天使たちが山伏になり、良識ある人間たちと契りを交わしたの」

「それでお父さんが山伏の末裔なのね」

「勝手に名乗ったのが、平家だったから、良識ある人間たちの源氏が、平家を討ち滅ぼした。勿論影に卑弥呼が居るんだけど、良識のあるはずの源氏の長が、弟を手に掛けるんだ」

「それって、源頼朝みなもとのよりとものことだよね」

「そうよ、十二神将の源家のことは、前に教えたもんね」

「偉いな、祷。ちゃんと覚えていたんだな」

「それで?」

「暗殺された、義経を、卑弥呼が甦らせた。但し、災いを避ける為に乙女という女性にしてな」

「性転換去れたことで、子が産めなかった乙女は、女系になった神武天皇の子孫を養子にして、雲海家を起こしたんだよ」

「呪いのかかっていない四天王は、山伏の猛者の四人衆だったからな。だが本当の武士ではないことから、織田信長を引き入れることにした。主君殺しで無くす命を、卑弥呼の三番目の妹が予言して、影武者をたてて回避できたからな」

「それが、天命家おとうさんなのよ」

博海わしは、四天王の掟を破って終った」

「どんな掟なの?」

「女系を護るために、嫡男は武家の女子をめとり、次男が雲海家の養子になること、だ」

「ということは、あたしのお父さんは、おじさんって、なるはずだったのね」

わたしいもうとが、博正さんと恋仲になったのも、規則ルール違反よ。元をただせば、不良やんちゃだった博正さんを、受け入れられなかったことが、誤算の始まりなんだけどね」

 ははの侘びるようなこころもとない表情に、祷は順応していた。



    三


 祷のご機嫌を確認した、博海は敢えて、踏み込んでみることにした。

博海わしの遺伝子を確認しても、天使から受け継いだ遺伝子は確認できない。それは、かあさんにしても同じことだろう」

「? どうして」

「祷のいう科学も、完璧じゃあないからな」

「どういうこと? なの」

「なんちゃって科学者がいうには、完成されたものは、終わる運命? らしいからな」

「また、らしい? なの」

「始まりが、想いという空想だから、回帰すれば、想像に戻るってことよ」

「回帰なの?」 

「還元でも同じことじゃないかな」

「同じだとしても、無に帰る理由? は」

「人間は土に帰る? と云われているのよ」

「今は、火葬するから、骨を残す? けどな」

「人間の歴史は、争いの歴史よ。一対一の喧嘩から、争いが始まったとしても、庄や荘という集団が、違う集団との対立に発展するわよね」

「そうなるよね」

「喧嘩では怪我で済むものが、命の取り合いに発展したのは、なんだろうね」

「自尊心? かなぁ」

博海わしは、略奪りゃくだつという欲に駆られたからだと想うな」

「欲には、際限がないからね。その屍は残っていないけど、恐竜の屍が残っているのは何故? 祷はそういう疑問は湧かない」

「発掘者がよく、奇跡だと、云ってるよな」

「だよね」

「土に含まれる酸素が、風化の原因よね。そう考えるならば、粘土質で、化石となるのが、人の考えでしょう」

「概念とか、観念とか? なのかなぁ」

「科学者は、個体差という認識を口にするわよ」

「だけどなんちゃって科学者は、水分保有率でしかないと云ってるのよ」

「人間の身体の八割は水分らしいから、恐竜からの退化の過程で、割合が変わったと理由付けしたらしい」

「また、らしい、なの」

「そういう発想がなければ、違う個体の同一性を語れないからよ。その発想の元が、ガリレオの、それでも地球は廻っている、に近付けない理由としているわ」

「だとしても今は、地球だけでなく、太陽系も廻っている? という学者さんがいるらしいわよ」

「廻る理由は、なんなの」

「磁極の変動説、って、知らない? か」

「想いに際限がないことを、宇宙に際限がないことに繋げたようね」

「学者さんたちは、なんでも一緒件にするなって云ってるんじゃない? の」

「かもしれない? な」

「人の屍が残っていなくて、恐竜の屍が残っている理由と同じように考えるならば、わたしの遺伝子に、神様の遺伝子を見出みいだすことはできないよね」

「見えないことを理由にしているから? なの」

「疑問に想わないから、見えない? って、なんちゃって科学者が、理由付けたからなのよ」

「なんちゃって科学者って、科学者じゃないってこと? なのかなぁ」

「神の眼を持つ、自然科学に魅入られた、人間だったらしいのよ」

おかあさんまで、らしいって言うんだね」

「お会いしたことがないからね」

「それでも知っているのは、想いを重ねる理由を、協調してくれているからなんだ」

「そこから初めて、答えの先まで拡げる理由が、人が経験する理由?って、繋げているのよ。なんだかそれで、空想と現実の境界線がなくなったような錯覚に陥るからね」

「それって、詐欺の手段? じゃないの」

「直接お金を取られるなら、そうなるけど、物語にお金を支払うことは、勉強に費やすことと同じこと、じゃあないかしら」

「うちは、裕福じゃないけど、神武天皇に奉られたものがあるから、貧乏ではないぞ」

「あったとしても、自由に使えるお金じゃないから、貧乏と同じことなんじゃない」

「気持ちの持ちよう、なんじゃあないかしら」

「持っていて詐欺に遇うくらいなら、持ってない方が善い。お金なんて無くても心が裕福なら、その方が善い? だろう」

「そういうのを、負け惜しみ、って言うんだよ、博海おとうさん」

「話した序でに言っておくけど、御先祖様が残した財源を、狙う者たちがいることだけは、理解して措きなさい」

「解った。換わりにこれからは、隠し事はなしだからね」

 博海と紬は頷いたが、返事はしなかった。祷はそれで、不安を抱くしかできないでいた。


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