34話 笑えない男

 程なくして、高校の校門へ到着すると、麗しい生徒会長を始めとした生徒会の役員が玄関の脇からハの字型の放射線状で立って、挨拶をしている。

 生徒会の面々は、右手に赤くて高級チックな腕章をつけていた。


 一際目立つ、挨拶週間という段幕を二人で持っている者もいる。遠くから見るにその段幕には、今日の気温と今日の占いを手作り満載で作り上げていた。占いやらは、毎日変わるだろうからその箇所だけ、A3の紙に記入し上からピタっとつけており、工夫されている。


 それに、また別の段幕には偉人達の挨拶に関しての名言が載せてある。

 これも一日一回更新するって右下に書いてあり、面白味のない挨拶週間を色づかせる良い手法だと言える。


 誰もがそれに触発されて腹から声を出す。

 生徒会も玄関を入っていく生徒達の顔を見ながらにこやかに微笑んで挨拶をする。その中で一番横を通り過ぎられるのは、生徒会長である熊谷睦月くまがいむつきだった。一番左にいる。


 その近くに敢えて寄る漢どもはゆらゆらとわざわざ右から左へと向かう。

 健気な男子に可愛さすら感じてしまうほど、漢は、魅力的な女子に弱い。 


 まるでせっせと餌を運びにきた働き蜂が女王蜂との挨拶のために必死に働く図である。

 しかも、アイドル的な人気と頭脳明晰で、生徒会長もやってるんだから、そりゃなるわな。


 オレもうっすら、左側に比重が傾きそうになるが、横にいた相棒が首元から伸びたネクタイを引っ張ってくる。一瞬、息ができなくなった。

「ねっ、ネクタイは方向指示器じゃないんですがっ!?」メガネが慣性で左へ傾く。

「あっごめん、うっかりうっかり」自分が知らぬ間にネクタイを引っ張ってしまったようで、素の謝りをしてくる。

 

 だから、って訳じゃないが、右側寄りに足を進めると、盛んに挨拶をしているので、目を見て挨拶をしようかと、思うも、一際元気が無い生徒会メンバーがいた。


 小清水遥だった。


 いつもなら可愛らしい目が拝めるのだが、宙をじっと見つめ、半開き状態だ。

 でも、口元は微笑んで挨拶をしている。


 その顔を知っていた。悩みながら、前を向いている時の顔だ。


 オレは、いつも通り顔を逸らしながらトボトボと歩き、違う生徒会のメンバーに挨拶をしようとする。だけど、視界の淵にアイツの瞳がこっちを向いているのが分かった。

 自分の足が遅まる。唾を何故か飲み込む。

 胸いっぱいに空気が充満したみたいに苦しい。


「おはよう……ございます」


 耳元に大切な人の声で紡がれた言葉が届く。

 オレは、うっすらと眼を彼女に向けようとしたが。


「おはようございます。明智圭吾あけちけいご先輩ですよね?」左側からススッと近寄る足音と共に可愛らしい声が聞こえた。


 昇降口へ登る小階段の前で声をかけられたので左を向く。


 ウチの制服を着ているのだが、余りにもちいさな作りで、お人形さんのよう。オレの小学校高学年が百五十後半……その時と同じぐらいか少し低いくらいだろうか。

 可憐な栗色の髪。ふんわりとしたミディアムヘアだが、後ろ髪を結んでおり、チラッと編み込んでいるのが見えた。目元はパッチリして顔が小さい。リスが立ち上がって、上を見ながら餌を探しているみたいな佇まいだ。


「あぁ、そうだが」

 黄色のスカーフなので、恐らく一年か。因みに、赤が二年で、三年が青。

 その少女は、大きく息を吸うように小さな口を開け、放った。


「私は、一年五組の橘理央たちばなりおって言います。先輩の小説に感動しました!」朝の少し乾いた空気に瑞々しい声が響く。


「へっ……?」オレが漏らした言葉と同じく周りの生徒もコッチに注目しはじめる。


「いや、ですから、先輩が紡いだ『記憶を駆けるペンダント』のファンです!」

 その可愛らしい声が再度響くと、皆がザワザワし出す。


「あの人……『キオペン』の作者!?」

「まじかよっ! サイン欲しいんだがっ!」

「夏の部集について質問しようかなっ!」


 軽くオレの周りが有名人を見つけて騒ぐ烏合の衆と化すので、オレは、咄嗟に神様へアイコンタクトで逃げると伝え、挨拶をテキトーにして昇降口へ走る。

 その際に、橘理央たちばなりおなる後輩を横目で見ようと思ったが小さいからか見つけられなかった。

 なんだろ……あの後輩。


 ざわめき、色々な声で埋もれた玄関前を去った。


「ぁつ、けい」



 自分と神様で完成させた物語が彼処まで校内に浸透していたのか。

 投票結果や廊下でちらほら部集の話を聞いて、影響力があるのを実感していたが、それ以上の人気だった。

 自分がこの学校へ与えたものを見誤っていたかもな。


 教室の自分の机でいつも通り予習しながら、そう逡巡していた。


『やっぱ、私の文才と妄想力が凄まじかったようだね』

 ……いや、ほんとそうだと思います。

『うへぇ、そう普通に褒められるの気持ち悪っ』横にいる神さんは悪寒がしたようにぎこちなく摩る。


 恐らく、高校生が紡げる物語から逸脱していたのでしょうね。

『…………ねぇ、君……今まで敢えて聞かなかったけど、私の事何歳だと思ってるの?』

 神さんの姿の神様がこっちをジーっと見てくる。


 ここは、本音で行くべきか。

 オレが近所のお母様方によく使う。見た目年齢マイナス八歳を言う戦法を使うべきか。……てか、この人の姿見は神さんしか知らないからな。


 発言内容や知能から算出すると_____________


 五八歳ぐらいですか?


『今、君の背中にダンゴムシを五十八匹投入してやろうか?』

 ……。

 オレは、無言で机に掌を置いて、すうーっと頭を机に当てた。

 ダンゴムシみたいに、外界から身を守る為に丸まりたい気分だった。


 一限目が始まるまで、謝罪していたオレは、頭を上げて、軽い貧血みたいに頭をクラクラさせながら授業を受けていた。


 それにしても、と思う。

 あの橘理央って後輩はなんだろうか。

 急に話しかけてきて。

 生徒会と文芸部がバチバチしていたのを学校中が知っている中で、敢えて爆弾を投入してきたようにすら思ってしまう。

 だからこそ、そこに彼女の思想の片鱗が見える。


 オレ達が作った物語のファンだと言うのなら、多少なりの配慮を持って声をかけるのがマナーと言える。

 まぁ……、最近高校生になった中学生とも言えるからそれを求めては可哀想だし、天然の子とも考えられるか。


 無意味な考察を一人で考えつつ、日本史の板書に励む。

 

 あまり人と関わらずに、高校一年を過ごしてきた。

 着実に、成績を上げてより高みを目指す為にそうした。

 孤高気取りでもなければ、過去に闇を抱えて他人と話すのに臆病になってたわけでもない。


 ただ、いい感じに人との間に線を引き、深く関わらないようにした。

 中学の頃に線を引かずに接してきたのだから、高校はもう線を引き、大人になろうと思ったのだ。


 線を引かないことで周りの波に流されて、自分の意思や契りとは全く別の場所へ辿り着くのを恐れた。線を引けば、自分の芯がブレずに済んだ。


 オレの軸。

 それは、あの時から変わっていない。

 

 だからこそ、オレは自分の平穏な生活を手に入れ、元の生活を営む為にこの神様が作った彼らの過去を暴き、早々に神様のお遊びから抜ける必要がある。

 ちんたらと、戯れるのは御免なのだ。


 ……神様、あの橘理央たちばなりおっていう後輩は無視すればいいんですか?

『ふむ。まぁ、私が作り上げた一人ではあるね。理央は、A4の用紙両面に設定を書き込んでる程度には作り込んでる。まぁ、他の主人公クラスは二枚ぐらいあるけど』

 ……因みにオレは? 

 聞かなくていい事なのに、つい興味本位に聞いてしまう。


『A4片面ぐらい』椅子がぐらっと傾く。

 ……。薄いですね、オレ。

『君が眼鏡キャラでマザコンだって所に半分ぐらい使ってる』

  

 それは、置いときましょう。泣きたい所ですが、置いときましょう。

『台詞繰り返すところを見るに、悔しそうだね』 

 ピリピリと眉間に電気が走るが気にしない。


 で、話戻しますけど、ってことは、物語……彼ら主役に関わってくると?


『まぁねって……急いでるの? 圭吾?』神さんがコッチを見てくる。その瞳は、凛としており、純粋な興味としてだろう。

 オレの心を聞けば、わかるだろうのに、敢えて聞く理由は、神様が言いたい言葉に誘う為だ。だったら、オレはそれに乗っかるのみ。


 えぇ。神様がこの世界を面白可笑しく紡ぐのは結構ですが、春夏秋冬で彼らを一季節ごとに秘密を暴くのなんて、悠長な事したくないですからね。

『へへぇっへへぇ、バレてるのか』


 春夏秋冬の部集なんて聞いた時に、ピンと来た。

 だが、その流れに乗るのは、オレの知った事じゃない。


『君の好きなようにやりな。ただ、忠告しておくけど、人の意思は驚く程に入り組んでいて、それが絡み合うと、糸が意図していない所で丸結びになって強固な物語を生む。私自身、その難しさを実感している。だから、コレはその難解さを体験している私だからの忠告』

 横いる神さんが机についた右手に顔を乗せてにっこりと笑う。


『君が思うよりも人は予定通りには動かないのだよ。……君も』


 そう口パクで合わせた神様は日本史の教科書へ視線を戻す。


 日本史の男教師が、戦国時代の乱世について面白く説明したのだろう、クラスが一斉に笑いに包まれた。横にいる神さんもつられたように右手を軽く添えて上品に笑う。


 ただ、オレだけが笑えなかった。

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