第11話 ふたりは、仏。

 体育の時間も過ぎ、昼飯の時間を一人で過ごそうかと思っていたが、あの四人がオレと神さんを誘ってきて、文芸部の部室で食べることに。

 暁さんが率先的にオレへ話しかけてきたのが大きかったようだ。


 そういえば、昼飯の時はクラスにいなかったよな。ここで食べているのか。

 体育の授業が終わるなり、オレは坂本にバスケ話を持ちかけられると思っていたがそうはならず、普通に接してきた。それは、おそらく……。


「明智さんのおかげで、バスケ好きになりました! ほんとにありがとうございます!」終わった後もオレへ終始感謝を伝えてきた。

 特段、お礼されるほど大した伝授をした覚えがないので、『いやいや、暁さんがセンスあったからだよ』と言うも『いえいえ、これからもご指導の程よろしくです。先生』とぺこりとお辞儀までされる始末。


 その光景に二階堂は、無言で自前の弁当を食べていた。あっ、のり弁だ……それは置いといて。


 ……やばい、……ミスったか?


『あぁ〜、私の忠告無視するからぁ〜』


 いや、でも、ああしなきゃ、暁さんが心を開くように仕向けるミッションも達成しなかったし。生徒会の遥に文芸部長を意識させることも出来なかったし。

 試合でなんだかんだ点を取って目立っていた神様に注目が集まりそうだったから、注目を分散させれなかったし……仕方ないだろ。


『……それをあの短時間……』

 はっ?


『何でもっ……マヨマヨうんまぁ〜うまぁ〜』

 一瞬、真面目にポツリと呟いたけど語気がいつも通りに戻ったな……、にしてもどうしようか。空気が沈んだのを感じてか、暁さんも黙りかえる。


 みんなの箸と咀嚼音に包まれ始めた中、空気を盛り返す思案をしていると明るい声が響いた。


「昨日の話だけど、結局、二人組で小説書くの?」西園寺さんの話題振りに二階堂はキョトンとしていたが、坂本が追随する。


「そうだな、その話まだ聞いてなかったわ」オレのイレギュラームーブでこの四人の関係に少し気まずさを迷い込ませたのを気にしてだろうか。


「……僕と暁さんが同じチームになるのだけど、別の小説を書くことにしたよ。元々、別々の作品を進めていたからね。それで、明智君と神さんは一緒に小説を書くって言って終わったのだけど……その後、どうするか決めた?」


 文芸部に入ることはクリアの絶対条件だったからそれに繋げたが……オレ自身本を書くことに全くと言っていいほど興味も無ければ関心を寄せていたわけでもない。


 それにオレが読む本は漫画や歴史、心理学や哲学等文系学問の本などが関心事であった。一年の頃は、図書室に昼ごはんを食べ終わった後は通い詰め、小難しい本を読んでいた。なので、小説に関してはノータッチで国語の授業だけで懲り懲りだとすら思っている。


 そのオレが小説を書くのは無謀だったため、神様と二人で書くというアイデアを咄嗟に出した。春の部集を出すには、五月がデッドラインとすると今から一人で書いていては遅い、なんて理屈を並べて。


 それに神様はオレ達の世界を想像できるぐらい妄想力と詳細な設定とかも作っているから神様が書いた小説が人気を博するとマズイ。

 そのため、オレと神様の共作としておけば人気の分散もできる。


 まぁ、それにオレは神様に面白い小説を任せて楽できるし?


『おいコラ、聞こえてんぞっ!』

 ソースをペロリと舌で取り、半目でこっちを見てくる。


 大変だなぁ〜、でも、神様がいないとこの作品せかいが進まないなぁ〜。

『うぅ……、まだ私に……物語を作れと、いうのか? うわぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 頭の中で叫んできて、オレは砂嵐まみれのドラム缶テレビを見てる時くらい不快になる。

 不快指数でも表すことができない状況下でオレは閃く。

 散歩やシャワーを浴びてた時などリラックスした状態の時に閃くのがあるあるなのにオレは不快な時に思いついた。



「オレ達は、現実の人を題材にフィクションを描くことにするよ」





 ゆったりとした午後を終え、若桜先生の元へふたりで入部届を出しに向かう。


 昼頃、不快指数マックスなのかゼロなのか将又無量大数なのか分からない神様がいたが、隣の神様は晴れやかな面持ちだった。その優雅さに反対方向から歩く人は目を奪われるほど。


「なんか、ご機嫌ですね?」ここがアルプスの大自然だったら羊飼いの少年と長閑な遊びに出かけそうな笑みがほのかにでていた。


「……だって、君がこの世界の攻略をするためのアイデアだったんっでしょ? そりゃ、嬉しくて協力しますよ」ニンマリとほっぺを丸くしてハムスターみたいな笑顔を作る。


「はは……ただ、文章書くのとか無理なんで頼みますよ」


 猛暑の中、冷房をつけたように空気が一変する。


 明らかに、前髪の色がいつもより黒く見える。あれっ、地雷踏んじゃった? 地雷系女子だったの?


「だったら、君は何をするの? ねぇ、何をするの?」ヤンデレ属性持ちの女子が言いそうなフレーズを呟くのでゾッとする。


「……えっと、フレフレかなえさん、負けるな負けるな、か・な・え・さ・ん! ……みたいな?」

 一応、それっぽい身振り手振りを披露する。

 廊下に偶々誰も居なかったので、オプションのウインクも付けてみたが、反応は分かりきっていた。


 明らかに先程までの清々しいテンションとは打って変わって、ヒロインが土砂降りの中を雨に打たれながら目に光が無くなっていくような……最悪の形相……に。


「……チア部に入部届だすかい? それもマネージャーで」

 人ってこんな声出るんだ。


「ぼくも、かきます」


 ぽっかりと開いた穴に空の青さが入り込もうとするも、その開いた穴には魔王の形相のコノ人がドッシリと座っていた。その穴の中で神様兼魔王はジャンプしてオレの心臓へダイレクトアタックしてくる。


 うぅ〜、イタタ。


 縋るような思いで職員室のドアを開け、若桜先生の席へと向かう。

 職員室内は慌ただしい。

 部活動の顧問をする先生方はてんやわんやで事務処理を進めている。他の先生方も残業なしで帰りたいのだろう、パソコンを高速でカタカタ鳴らしている。


 その無駄のない室内の雑音に包まれた若桜先生もその音を生み出す一人だった。


「お忙しいところ、すみません。入部届を出しに来ました」パソコンのキーボードを打ちつつも、区切りが良いところでピタッと手を止め、椅子をクルッと回す。


「あぁ、君たちか。ちょっと待ってな………、はい、これが入部届の用紙だから右上の日付と中央のクラスと名前と『文芸部』って書いてくれればいいぞ」

 丁寧に記入箇所を伝えてバインダーに挟まった様式とペンを二人分渡してくるので、立ちながら記入する。


 記入し終えてオレが先に提出すると、先生はこっちをジーッと見てくる。


かなえはともかく、明智が文芸部とはな」

「はは……、まぁ、指定校推薦とかも視野に入れてるんで、学校側の判断材料の一つになるんでしたら、良いですし、面接とかでも喋る話題にはなるかなと」


 取ってつけたような返しを直様思いつき、答える。意外にも瞬発して出した答えだったが結構説得力があって驚く。自分で確かにそうかもって驚くぐらいに。


「……そうか。君には是非とも指定校ではなく、一般で行って欲しいのだが……国公立大に行って欲しいのだが……できれば地方国立大の陽明ようめい大に行って欲しいのだが。国立後期日程まで受験して欲しいのだが」


「先生……心の声が漏れてます」神様はそう呟き、バインダーを渡す。教員にはオレ達に見えてないノルマみたいなものが課せられているようだ。


 特段、自分の進路に悩んだことはない。私立だろうと国公立だろうと、自分が四年間を意味あるものにできる選択ならば何でもよく、深く考えていなかった。


「明智、去年の共通テストは、数学が難化したらしいぞ」笑顔になりながら腕を組んでいる。

「はっ、はぁ〜、えっと……また今度教えてください」

「うむ、勿論だ。文系でも数学は七割程度取りたいところだからな」


「私立だったら……」理数系が厳しい場合は私立の難関大学にしようと考えていた。

「昔のセンターだったら暗記でなんとか切り抜けられただろうが、共通テストはなかなかそうは如何からな。早め早めの対策が大事になって来る」


 やべっ、スイッチ入っちゃったよ。よくある進学校の国公立信仰をツラツラと語っている。ヤバい、逃げよう。そう思い、後ろを向き、神様を見ると……、モノ凄く頷いていた。


『そうなんだよなぁ。私立文系の奴ら、駅前でゲロ吐くほどお酒を飲んで、動物園の檻の中みたいに暴れ回って、挙げ句の果てに……ブランド力で可愛い彼女作って、同じ大学の金持ち太郎の別荘で貞操観念を外しやがって……くそっが……』


 お経みたいに意味の分からない事を唱え始めているのでオレは身の危険から暫定的に国公立志望にした事を告げる。


 ふたりの顔はまるで釈迦のように慈愛に満ちていた。


 ほら、よくあるお地蔵さんみたいな笑顔。如何にもそんな表情だった。

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