妻が消えた日

るい

妻が消えた日

「助けてくれ! 妻が行方不明なんだ!」


 時刻は、夜中の十時。近所の子供たちが寝静まっていく中、俺は交番に駆け込んだ。


「落ち着いて、まずは深呼吸してください」


 交番の中にいた自分より若い警官が、落ち着かせようとする。


「はぁ、はぁ」


「落ち着きましたか?」


「あぁ、落ち着いた」


「今年から、ここに配属されています。桜井巡査です。歳は、二十一です。よろしく、お願いします」


 桜井巡査は、恐らく、俺をリラックスさせようと自己紹介しているのだろう。


「小池リュウタ」


「小池さんですね。年齢を聞いてもいいですか?」


「二十四歳」


「名前は、小池リュウタ。年齢は、二十四歳ですね」


 桜井巡査は、手元にあるノートに、俺の名前と年齢を書く。


「小池さん」


「リュウタで、呼んでください」


「リュウタさん。さっき、奥さんが、行方不明って言っていました。いつごろから、行方がわからなかったのですか?」


「最後に妻の姿を見たのは、今日の昼、一時過ぎです」


「最後に見たのは一時過ぎ。奥さんの名前はわかりますか?」


「ミサコ……」


「ミサコさんですね。奥さんは、一時過ぎ何していましたか?」


「昼食を片付けて、夕飯の食材を買いに行きました」


「夕飯の食材を買いに行った。直前の奥さんの様子で、おかしな点とかありましたか?」


「気になるほど、おかしな行動は、なかった気がします」


「奥さんの様子には、おかしな所がないと」


 桜井巡査は、黙って書いたノートの内容を確認している。


「当時着ていた、奥さんの服装ってわかりますか?」


「白シャツにジーパンを着ていた」


「なるほど」


「妻は、見つかりますか!?」


 一刻も早く妻を見つけてほしい。そんな気持ちが、声の大きさと行動に出てしまう。


「落ち着いてください。一度、警視庁の方に報告しときます。最後に住所を教えていただけますか?」


 桜井巡査に住所を教える。


「ご協力ありがとうございます」


「俺は、どうすればいいですか?」


「家に帰って休みましょう。安心してください。奥さんは、必ず見つかります」


 桜井巡査は、俺に優しく声をかけた。



「ミサコ……」


 交番から出た後、俺は電灯で照らされた夜道を重い足取りで、歩いていた。


「ただいまー」


 もしかしたら、ミサコが帰って来ているかもしれない。そんな、可能性にかけて玄関の扉を開いて、挨拶をした。


「ミサコ―?」


 真っ暗な家の中からは、なにも返事が聞こえなかった。


「本当にいない……」


 一度気持ちを落ち着かせようと、シャワーを浴びてみる。しかし、落ち着かなかった。


「夕飯は食べる気にならない」


 妻を探していたため、動き回っていたはずだが、食欲がなかった。夕飯を食べる気にならない。


 布団に入り、目を瞑る。時刻は十一時過ぎだったが、妻のことを何度も思いだして寝られない。結局、寝られたのは、午前四時過ぎで、外が少し明るくなってきた時だった。



 ……ポーン。


「うっ……」


 ……ポーン。


「なんだ、この音」


 ピンポーン。確か、この音は、家の玄関に付いているチャイムの音だ。


「チャイム!? ミサコ!」


 俺は、慌てて飛び起き、玄関に向かう。ミサコが、帰ってきた!


「ミサコ! どこに行っていた……」


 玄関を開けてみると、そこにいたのはミサコではなく、一人のスーツを着た男だった。


「初めまして、小池リュウタさんで、間違いないですか?」


「誰?」


 この男は、誰だ。なんで、俺の名前を知っている?


「私は、警視庁から派遣されてきた、刑事課の沢村巡査部長です」


「刑事さん?」


 歳は、三十代半ばに見える。少し白髪が混じった髪に、たばこの匂いもする。


「そうです。沢村刑事と呼んでください」


 昨日の夜、交番で桜井巡査に住所を教えたのを思い出した。連絡してくれたのか。


「ここに来る前、交番にいた者から内容を聞きました。もう一度、情報に誤りがないかを確認するため、聞いてもいいですか?」


「はい」


 沢村刑事に改めて、昨日交番で話したことを説明した。


「なるほど。奥さんは、近所に知り合いはいますか?」


「いいえ。俺と妻は、近所付き合いがないです」


「そうですか。奥さんの家族は、近くにはいますか?」


「俺と妻は親の反対を押し切って、家を出て行きました。頼れる親族はいません」


「では、身近で合えるのは、旦那さんであるリュウタさんのみですか?」


「はい」


 沢村刑事は、顎に手を当てて黙る。


「リュウタさんは、お仕事はなにされていますか?」


「今は何もしていません。先月、勤めていた会社が倒産しました」


「それは、大変でしたね。奥さんは、働いていましたか?」


「妻は専業主婦していまして、失業手当を頼りに過ごしています」


「なるほど。奥さんは、買い物する時、どこで買い物をしていましたか?」


「近くのコメマルってスーパーで、買い物をしています」


「ありがとうございます。私は、一度そのスーパーに行って聞き込みをしてきます」


「ありがとうございます」


「なにか、あった時のために自宅の電話番号を聞いてもいいですか?」


「大丈夫です」


 俺は、沢村刑事に電話番号を教えた。


「ありがとうございます。進展がありましたら、電話をかけさせてもらいます」


「よろしく、お願いします」


 沢村刑事は、そう言うと、その場から立ち去った。


「お腹すいたな」


 沢村刑事がいなくなったすぐ後に、突然空腹に襲われた。


「昨日、昼過ぎから、なにも食べていない」


 警察が捜査してくれる。安心感からきた、空腹なのかもしれない。


「いつまでも、落ち込んでいる訳には、いけない。飯を食べて、ミサコを見つけるぞ」


 心強い仲間を得た俺は、ご飯を食べて、妻を探しに行くことにした。

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