9.引っ掛かる幕引き

「終わったぞリュミエ」

「お、お疲れ様……大丈夫なの……?」

「ああ、全然。これは返り血だから」

「そ、そうじゃなくて……あの人達が……」


 リュミエは心配そうにセーマが倒した七人のほうを見る。

 ほろんどがセーマによって血を流していて、そのままにすれば血の匂いに寄ってきた魔物に食われてしまいそうだ。


「ああ、大丈夫だ。その為に一人ああしたからな」


 セーマはリュミエに報告を済ませるとすたすたと歩いていく。

 向かう先は唯一力づくで昏倒させなかった女子生徒の所だ。

 リュミエはその後ろをとことことついていく。


「水属性は人運ぶのに便利だからな。この子だけ起きやすいように気絶させておいた」


 セーマはそう言うと気を失っている女子生徒の頬をぺしぺしと軽く叩き始めた。


「起きろー」

「セーマくんほんとにレディの扱いが……もう……」


 セーマの雑なのか丁寧なのかよくわからない女性への扱い方にリュミエは一言言いたくなったが……迷宮指定されている区域でそんな事を一々指摘するのもおかしな話だと思って言葉を呑み込む。

 セーマが声を掛け続けるとその女子生徒は目を覚まし、自分の顔を覗き込むセーマを見て飛び起きた。


「ひっ――!」

「落ち着け。何もしようとしなければ何もしない」

「これどうぞ」

「あ……ぇ……?」


 リュミエは自分の水筒を目覚めた女子生徒に差し出す。

 自分を気絶させたセーマには先程までの猛獣のような敵意は無く、さらにはリュミエが気遣ってくれている状況に困惑しながらも女子生徒は水筒を受け取った。


「名前は?」

「クルシュ・パニティラ……貴族だけど……。わ、私を誘拐しても男爵家だから大してお金出せないわよ……?」

「誰が同級生を誘拐するか。どういう発想だ」

「じゃ、じゃあ何で私だけ……?」

「一緒にあんたの班の奴等を運んで欲しいんだよ。水属性はそういうの得意だろう?」


 言われて、クルシュは立ち上がってくらくらする頭を押さえながら辺りを見る。

 そこでようやくジャンを含めた同じ班のメンバーが全員倒れており、自分達がセーマ一人に負けた事実を受け止めた。

 他人の成果を横取りしようとした罰だろうか。不思議とクルシュの中に恨むような気持は芽生えない。


「わかったわ……悪かったわね……」

「そんな時もある。リタイアするのもいいし、起きるまで介抱して魔物を狙うのもいいと思うぞ」

「な、なに? 自分を狙った相手にアドバイスってふざけてる?」

「別にあんたらが憎くて戦ったわけじゃないからな。襲って来ようとしたから痛い目に遭わせただけだ。野生動物をおっぱらう時は人間に関わると痛い目見るって思わせるのが大事だろ?」

「さりげなく野生動物扱いしないでよ……」

「ごめんなさい、こういう人なので許してあげて……」


 リュミエが苦笑いを浮かべるとクルシュもおかしそうにようやく笑顔を見せる。

 そう、これは殺し合いなどではない。同じ課題をこなしているだけなのだ。

 たとえ友人でなくとも、同級生同士こんな形で終わってもいいだろう。


「そういえば七人で襲ってきたが、どこかと協調してたのか?」

「いえ、知らないわ……私の班は四人だからいつの間にか――」


 クルシュが言い切る前にセーマは表情を変えて立ち上がる。

 先程戦った時のような表情に変わったセーマにリュミエは一緒に立ち上がる。


「ど、どうしたのセーマくん?」

「随分頑丈だな……」

「え?」


 リュミエがセーマの視線の先を見ればそこにはセーマがさっき殴り倒した男子生徒が三人立っていた。他はまだ気絶しているのにだ。

 その三人はぐるん、とセーマとリュミエのほうに首を向けるとそのまま走ってくる。


「クルシュを頼んだぞ」

「うん!」


 向かってくる三人を迎え撃つためにセーマは構える。

 一人目が伸ばす手を弾いて足を払い、体勢が崩れた所に拳を振り下ろす。ごん! という音と共に一人目は地面に沈んだ。

 一人目が地面に叩きつけられるその後ろから二人目。何か変だ、とセーマは冷静に観察しながらもその顔面を蹴り飛ばす。

 何かおかしいと思いはするものの手加減する理由にはならない。事情があろうがなかろうが降りかかる火の粉は全力で払うのが当然だ。

 三人目は口を大きく開け、足をばたつかせながらこちらに向かってくる。

 どんな動きだよ、と内心で思いながらも下から顎を拳で撃ち抜き、ぐらっとした揺れた顔を掴んでそのまま近くの木に叩きつけた。


「声も上げない……?」


 動きもおかしければ反応もおかしい。

 普通なら痛みで声を上げてもおかしくないはずだが、三人共声を上げる事無く無言のままやられている。

 そういえばさっきもそうだった。

 クルシュの班の四人はそれぞれ声を上げていたが、残りの三人は無言のまま殴り倒したのを思い出す。


「どうなってる……?」


 そんな事を思っていると三人が再び立ち上がった。まるで話に聞く屍人ゾンビだなとセーマは再び身構える。

 もしかすれば何らかの身体強化かそれとも時間差による治癒か。

 いずれにせよ何らかの魔術によって動けるようになっているはずだと。


「ん……?」


 セーマは長期戦を想定し、リュミエを庇うように前に出るが立ち上がった三人が今度は妙な動きをし始めて首をひねる。

 つい先程はセーマとリュミエのほうに向かってき三人だが、今度はこちらを一瞥する事なくどこかへ歩いていこうとしていた。


「なんだ……? 意味がわからない……?」

「セーマくん……」

「なんだリュミエ」

「も、もしかしてなんだけど……魔花まかの"神秘"で幻覚を見ているんじゃ……?」


 リュミエが言うとセーマはなるほどと頷く。

 鼻血を出しながら生気のない表情、ふらふらとした足取り、そして何も感じていないかのような無言の反応。

 幻覚に囚われているのなら現実の刺激に鈍くなるのも少しは納得がいく。魔物だけでなく幻覚にかかる魔花まかの存在こそがメルズ森林区域が迷宮指定されている由縁……この三人はここに来るまでにその香りを嗅ぎ続けてしまったのかもしれない。


「クルシュ、あの中にあんたの班のメンバーは?」

「いえ、誰も……それに私達は魔花まかにだけは注意していたから幻覚なんて見てないわ……」


 幻覚にかかっているであろう三人が何をするのか見届けていると、セーマとリュミエが倒した森魔狼ランドウルフの死体がある所で止まり……セーマがとどめを刺したのとリュミエによって丸焦げになった森魔狼ランドウルフの死体二つを担ぎ始めた。


「もしかして、幻覚にかかりながらも課題をクリアしようとしてるんじゃ……?」

「だったら凄い執念だな……」

「でも、それ以外に魔物の死体を持っていく理由がよく……?」

「食べるとか」

「魔物の肉ってまずくて食べられないって聞いた事あるよ……?」

「まずいのと食べられないの間には天地の差があるんだぞリュミエ」

「それ経験談……?」


 ひそひそと三人の男子生徒が何をやっているのか話すセーマとリュミエ。

 その間にも三人は森魔狼ランドウルフの死体を担ぎながらどこかへ歩いていく。

 その死体はセーマとリュミエが戦ったものなのだが、果たしてあれで課題をクリアできるかどうかは教師側のみぞ知る。


「行っちゃったね……」

「なあ……万が一、あれで認められたら……俺達の成果って無駄になるのか?」

「ど、どうかな……?」


 森魔狼ランドウルフの死体を運ぶ三人の背中を見送って二人は顔を見合わせる。

 ようやく同級生からの襲撃はひと段落といった所だろうか。


「……一応、後数匹狩っておくか。リュミエの練習も兼ねて」

「う、うん!」


 こうして奇妙な光景を見届けたセーマとリュミエはクルシュと別れて課題の続きをこなす事にした。

 あの三人が何だったのかは幻覚で結論付けるしかない。

 だが――どこか引っ掛かるものがある。


(幻覚でああなったりするんだろうか……?)


 そんな事を考えながらリュミエが魔物と戦うのを見守る。

 課題の為に数匹魔物を狩り終わると、二人は日が落ちる前で森の外へと出た。

 念のためと狩った魔物の数は他と比べても多く……平民と落ちこぼれの二人組は予想以上の結果を残しながら初の実習を終わらせるのだった。

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