勇者と魔王帰還する 1

 俺と磨上と神原は、王城まで帰還した。飛行してだ。神原もレベルが11になり、めでたく飛行魔法を覚えたのだ。まぁ、最初は飛ぶのって怖いからな。低い高さをゆっくり飛んで行ったよ。


 三日掛かって王都に戻ると大騒ぎだった。魔気が消えたことで王都でも魔王消滅は分かっていたらしい。本当にお祭りになっていたな。


 俺たちは国王に謁見して大々的に勝利を祝福された。多くの貴族の並ぶ中で勲章を受けると、続けて王都を無蓋馬車に乗ってパレードした。王都中の人々がこぞって勇者一行を讃えるためにパレードの周りを囲んだ。花吹雪が舞い散り、太鼓やラッパの響きと大歓声が俺たちに降り注いだのだった。


 その晩、俺たち三人はドレスアップさせられて戦勝の宴に招かれた。俺は深緑色の夜会服。磨上は漆黒のドレス。神原はオレンジ色のドレスだ。俺たちは大勢の貴族に祝福され、歓待された。世界を救うと毎回こんな感じだが、何度やっても良いものだな。


「ふん。呑気な連中じゃ」


 漆黒の生地に金色の刺繍が豪奢に施されたドレスを見事に着こなした磨上はワインをグラスでグイグイと呑みながら言った。


「魔王軍に荒らされた地方を復興する算段はついておるのか? 魔王城の周りは人間は死滅しておるし、動物さえもいなくなっているのじゃ。放っておけば荒廃してしまう。早急な対策が必要なんじゃがの」


「まぁ、今日ぐらいは良いじゃ無いか。俺たちの勝利を祝ってくれているんだ。楽しまないと」


「馬鹿者。政治に一日くらいなどという甘い考えが通るものか。今日の勝利を明日の繁栄に繋げられぬようでは、国は統治出来ぬ」


 磨上は厳しい口調で言った。うーん。確かに俺は政治のことは何も分からないな。長くて五年以上、俺は異世界で過ごした事はあるんだけど、その間俺は一勇者として戦い続ける事しかしていなかったからな。


 俺が異世界で魔王を倒すと直ぐ帰ってしまうのは、異世界に残ると姫と結婚して王になれとか、貴族になって領地を統治しろとか、そういう明らかに分不相応な面倒事が降り掛かってくるので、それから逃れるためでもあるんだよ。


 磨上に言わせれば、勇者は一戦士だが、魔王はその名の通り「王」なので、政治が出来なければやっていけないのだそうだ。魔物、魔族は時には人間以上の数になるので、それを好き勝手に争わせて弱肉強食のままにしておけば統制など取れず、人界の侵略など出来ないのだそうだ。


 それ故、弱い魔物には食料を供給し、強い魔物には弱い魔族を襲わないように命じる必要がある。そして、無秩序な侵攻は勇者に各個撃破の機会を与えるだけになるから、計画的に慎重に魔の領域を広げて行くのだとか。


「それでも、勇者は基本的に存在自体がチートじゃからな。レベルが低くても油断出来ぬ。どんな特殊スキルをもっているか分からぬ故」


 一対一なら絶対に負けないと自負する磨上でも、勇者がパーティを組んでいる時は油断出来ないのだそうだ。勇者は共通してパーティメンバーの能力を底上げするスキルを持っているから、勇者に率いられたパーティが有機的に連携して戦うと、本来のレベルの数倍の強さを発揮する場合がある。


 これは俺にも覚えがあるな。俺は最初の方は神原と同じく低レベルだったのに、二回目に強くなった魔王にも勝てたのは、やはり仲間の存在が大きかった。レベルが上がるにつれて舐めプして仲間を連れて行かなくなったけど、磨上と再対決するなら信頼出来る勇者パーティを組んで戦う事になるだろうな。


 なるほど。このクソ強い磨上が俺との戦いの時に、あんなに慎重に俺を弱らせたわけだ。今回の魔王サーベルとの戦いでも、最初から神原を抱えて突っ込めば良かったのに、道中ずいぶん歩いたのは遊んでいたというのは勿論あったのだろうが、慎重に魔王軍のレベルや戦力を測っていたのだろうな。


 圧倒的なレベル、強さに加えて、身体能力も頭も良く、更に油断もしない。


 うん。勝てるわけ無い。俺は出来れば磨上とは二度と戦いたくないね。まぁ、勇者と魔王とでまた対決することになったら逃げるつもりも負けるつもりも無いけどな。


 オレンジ色のドレスを着た神原は、なんだか凹んでいた。どうした。


「だって私、讃えられるほど何もしてないもん」


 茶髪ツインテールをしんなりさせて俯いてしまう。


「戦いでも知識でも何にも役立ってないじゃない。終いには磨上先輩に気絶したまま運ばれる始末。勝った勝ったと喜ぶ気には到底なれないわよ」


 それ言ったら俺も同じだけどな。磨上のおこぼれで多少は戦ったけど、俺要らないよな? 状態だった事は間違い無い。だが、言っとくが俺に引け目なんてないぞ。


「俺たちがいなければ磨上が暴走して、下手をするとこの世界は消滅していたかも知れないし、磨上が魔王側に寝返って魔界落ちしていたかもしれないだろ。俺たちがいた意味はあったんだよ」


「それは、カズキは磨上先輩の彼氏だからそうかもしれないけど、私は完全に足手だったじゃない」


「別に俺は磨上の彼氏じゃ無いぞ?」


 俺が否定すると、神原は呆れたような顔をした。


「まだそんな事を言ってるの? 正気なの? 馬鹿なの?」


 馬鹿っていうな。断じて俺は磨上と付き合ってなんていない。彼氏彼女の関係じゃ無い。魔王と勇者の関係だ。……女王様と下僕じゃ無い事を祈りたい。


「はぁ、磨上先輩も苦労してるのね」


 神原はやれやれという感じで両手を広げた。


「随分、仲が良さそうではないか」


 ゾッとするような声色の声に俺と神原はヒッと振り向いた。そこにはグラスを持って微笑む、真っ黒な魔力を垂れ流しながら笑う磨上がいた。格好も相まってもう完全に魔王だな。


「まて、魔力を漏らすな! 会場の貴族が死んでしまうだろ!」


「落ち着いて下さい先輩! 大丈夫です! 私は先輩をぜっっつたいに裏切りませんから! ええ! そもそもカズキなんて好みじゃないですし!」


 ……くっ! 俺は流れ弾に大ダメージを喰らって思わず膝を突いた。それを見て神原が慌てる。


「えっと、違う! 勇者としては尊敬しているわよ! でも、彼氏にするには華が無くてごめんだというか、もうちょっとイケメンのがいいというか」


 ……下級生の女子に、ナチュラルに容姿をディスられて、俺は項垂れた。神原とはちょっとは仲良くなれたと思っていたのに。やっぱり女はイケメンが好きなのか?勇者でもイケメンに限るなのか? そうなのか? だから彼女が出来ないのか?


 く、くそう! やけ酒や! 俺は手近なテーブルにあった蒸留酒を一気飲みした。呑んだこともないから一気に酔いが回って足下が怪しくなる。そんな俺の後ろで神原の悲鳴が上がっていた。


「ち、違うんです! 磨上先輩! 別に先輩の彼氏をディスった訳じゃ無くて! 違うんです! 止めて! お仕置きは止めて! に、にやぁぁあああああ!」


  ◇◇◇


 そうして、俺たちは異世界から元の世界に帰還した。


 送還の魔法を使う時にはちょっと揉めたんだけどな。国王やその周辺がかなり強固に「せひこのままこの世界にいてほしい!」と頼みこんできて、送還魔法の儀式を行うことを渋ったのだ。


 磨上が言った、魔王に占領されてきた辺りの統治もそうだし、魔王軍の残党狩りをして欲しいというのもあるようだったな。でも、魔物は魔法の核が無くなっているのだから、暫くすれば弱体化して動物と変わらなくなるはずだ。悪魔型や魔族はもう消滅している筈だし。


 あまりにしつこく引き留められて、磨上がキレて王城の塔を一つ吹っ飛ばしてしまった。


「これ以上我の行く手を邪魔するなら、今度は我が魔王になってやろうぞ」


 と魔王そのものの様子で宣告されて、国王は慌てて帰還を許可し、無事に俺たちは元の世界に帰還したのだった。


「やり過ぎだぞ!」


「あのタヌキ親父はああでもしないと帰還に同意しなかったじゃろうよ。大方、三人分の帰還に必要な魔法石を惜しんだのじゃろう。喉元過ぎれば熱さを忘れるのは政治家の典型じゃ」


 俺と磨上は例の不良どもをやっつけた直後の路上に戻っていた。装備は送還魔法の魔方陣に乗る前に制服に戻していたから、本当に元通りだ。一秒だって経過してはいない。日が傾き掛けている。さて、あの日は何をするつもりだったんだっけな、と暫く考えちまったよ。


「とりあえず飯じゃろう。ジャンクなものが良い」


 磨上が言って俺も同意した。そうだな。香辛料とか化学調味料をたっぷり使った食べ物が食べたい! 異世界の食べ物、特に冒険の道中で手に入る食料は、恐ろしく味気ないか、むやみにしょっぱいかのどちらかだからな。


 俺と磨上はチェーンのバーガーショップに入った。二人してハンバーガーを三つとコーラとポテトを山盛り頼んだのを見て周囲の人間がざわついていたけど構うものか。俺と磨上がトレーを持って席に陣取り、さぁ喰うぞ、となったその時。


「あー!」


 っという声が聞こえた。ん? なんか聞き慣れた声だぞ?


「せ、先輩! えーっと、こ、この間はどうも!」


 見上げると、茶髪ツインテールの頭がペコペコと上下していた。ああ、そういえば同じ高校の生徒だったな。


「お前も無事に帰れたのか。神原」


「ええ。一瞬何をやってたか忘れてて焦ったけどね」


 見ると、店の隅の方の席で女生徒の集団が目を丸くしてこちらを見ていた。騒然としている。あれは恐らく、学校の有名人である磨上に神原がいきなり声を掛けに行ったのに驚いているのだろうな。


「お腹が空いて、いきなりハンバーガーを追加注文したからみんなに不審がられちゃった」


「気を付けた方がいいぞ。お前ももうレベル11で、こっちの世界での常識に当てはまらない存在になっているからな」


 咄嗟の時に力が出すぎたり、異世界の常識が出てしまったりするからな。食欲もそうで、異世界では歩くし戦うからもの凄く腹が減るんだよ。神原も異世界ではめちゃくちゃ食べてたからな。あの調子で食べたら女子高生仲間は驚くだろう。


 他にも、衛生観念とか倫理観とかが異世界と日本では全然違うのだ。俺は前に、落としてしまったパンをホコリを払って普通に喰ったら周囲の連中が驚愕した事がある。いや、異世界で落としたくらいで食料捨てるわけにはいかないんだよ。


「それと、お主ら。魔力を使わぬよう気を付けるのじゃぞ」


 磨上が不機嫌そうにコーラをズズズっと飲みながら言った。


「魔力でズルをしないようにって事ですか?」


「それも有るが、この世界で魔力を使っていると、異世界の召喚魔法に引っ掛かり易くなる。あれは別の世界の魔力を感知してたぐり寄せる魔法じゃからの」


 俺と神原は驚いた。そ、そんなシステムだったのか!


 磨上が俺にしつこく魔力の使用を戒めていた理由がようやく分かった。そして磨上に負ける前にあんなに頻繁に異世界召喚を受けていた理由も分かった。磨上に負けて以降は落ち込んで、勇者である自信を失ったせいで魔力を何となく使っていなかったのだ。磨上にこの世界で会ってからは磨上に厳重に禁止されたし。


「今回はカズキがあの馬鹿どもとの戦闘や回復で魔力を使ったせいで召喚魔法に引っ掛かったのじゃろう。本来は異世界の出来事は、異世界の連中が始末を付けるべき事。何も我らが召喚に応じて苦労する義理はない」


 磨上は冷たくそう言い放った。そうは言ってもな。俺は異世界の連中が滅亡しそうで困っているのなら、戦う事ぐらいはしてやりたくなっちゃうんだけどな。魔王を倒すことは勇者の俺にしか出来ない事なんだから。


 俺と神原はSNSのアドレスを交換した。磨上はSNSをやっていなかったので電話番号だけを神原に教えていたな。神原的には俺はついでで、何とか学校の有名人である磨上と連絡先を交換したかったのだろう。えらくご機嫌で仲間のところに帰って行った。


 磨上はフンっと鼻息を吐いた。


「神原はもう異世界に行かぬ方が良いな。あれでは質の悪い魔王と戦う事になったら勝てぬだろう。レベル11では消滅してしまうからな」


 おや? 口調に心配するような響きがあるな。珍しいこともあるものだと俺が驚いていると、磨上に睨まれた。


「一応は一瞬とはいえ、パーティを組んだ仲じゃからの。心配するのは当然じゃ。勿論、敵として立ち向かってきたなら容赦はせぬが」


 磨上は豪快にハンバーガーにがぶりと齧り付くと、もぐもぐと咀嚼しながら更に言った。


「其方もじゃ。カズキは甘過ぎる。そんな事では我には勝てぬぞ」


 ……そりゃ、甘い甘くない以前に磨上には勝てないよ。レベルがどうのという以前に、ありとあらゆる面で敵うわけが無い。


 だが、勝敗を最初から諦める訳にはいかない。俺は勇者なのだから。


「磨上と敵対する気は無いけど、戦うとなれば何とか勝ってみせるさ」


「ふむ。その意気やヨシ。それでは当面、今週末のテストで我に勝って見せよ」


「いきなり無茶振りすんじゃねぇ!」


 この世界の話はしてねぇ! 勉強で磨上に勝てるわけが無いだろうが! そもそもテストで磨上と勝負なんてしてねぇし! それにかれこれ二ヶ月も異世界に行っていた間、そういえばいつも通り一回もテスト勉強なんてしてねぇ!


「愚か者が。まぁ、カズキはその愚か者具合が良いのじゃがな」


 磨上はそう言うと、フフっと笑って俺を見上げた。それは何というか、魔王でも優等生でも無い、普通の、可愛い女性の、無防備な笑顔に見えて、俺は思わず顔を赤くして口をつぐんでしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る