そのポテンシャル

ジャンル:ラブコメ?

キャッチコピー:「えっ、投げたの!?」

紹介文:

カズトは恋をしている。

恋する相手は亡き祖父のスマホ動画の中にいる少女だ。

彼女はどこの何者だろう。

いや、その前に。

このスマホの動画はどういうわけだ?

生きていたら絶対に祖父を問いつめたのに、天寿をまっとうした彼に問うわけにもいかない。

恋に悩む少年のスマホにまつわるお話。

お題:「スマホ」


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カズトは恋をしている。


それは祖父が亡くなって一週間ほど経った頃からだからもう一年になる。

祖父は享年82歳だ。一年前の3月に亡くなった。

健脚で、どこにいくにも歩いていく。小さなショルダーバックを抱え、灰色の帽子を被って。いつまでもお若くて元気ですね、と褒められるような祖父だ。毎朝六時半にテレビ体操をし、上半身裸で乾布摩擦に励むような祖父だ。

そんな祖父が、ある朝起きて来なかった。

起こしに行った母が、眠るように息を引き取っている祖父を発見した。

大きな病気もなく、天寿を全うしたのだろうと、大往生だと葬式に参列した人々は涙しながら微笑みあう。穏やかな葬式になった。


同居していた祖父の部屋は一階の玄関の脇にあった。その部屋の整理を手伝っていた時に、ふと電源の落ちているスマホが机の上に置かれていた。

祖父は高齢にも関わらずスマホを使っていた。高齢者向けでなく、普通のスマホだ。なんならアプリを活用して歩数をつけて、それを家のノートパソコンに送信して管理するくらいに使いこなしていた。


ガラケーなのはカズトの方だった。

祖父が小学生の妹とアプリの話をするたびに、聞こえないふりをする。

スタンプがどうの、いいねがどうのという話にはふうんと興味のない返事をする。

カズトが持っているケータイはもともと母が使っていたもので、電話ができれば事足りると思っていた。友人の少ないカズトには毎日連絡を取り合うような相手もいない。

結局友人の少なさをガラケーに理由にしているところもある。


だが祖父が亡くなったため、その電池の切れたスマホをカズトが使ってはどうかという話になった。祖父のスマホは最新式で亡くなる半年前から使い始めたものだったからだ。

調べたところ、祖父のスマホには家族くらいしか連絡先が登録されていなかった。

なので、そのままカズトが使っても差し障りもなさそうだった。


そうして、祖父が撮ったであろうスマホの動画や写真などの記録を眺めていた時に、彼女に出会ったのだ。


それは街中を映した動画だった。録画された日付は祖父が亡くなる半年前の夏頃。買い替えたばかりの頃だ。

たぶん、祖父も使い方を練習していたのだろう。街中の雑踏で生前の祖父の困惑した声が聞こえる。どうやって使うのかとひたすらぶつぶつと囁いていた。

その時どこからか叫び声が聞こえた。

ひったくりや泥棒と叫ぶ声やざわめきがひっきりなしに聞こえる。

かと思えば、スマホの画面が雑踏から真っ青な空と建物の一部が物凄い速さで流れていく映像に切り替わる。唸るような風の音も聞こえる。

息を呑んで見守っていると、ごつんという鈍い音が響いて布のような繊維がドアップになった。


「え、投げたのっ?!」


映像を何度も見返して、そのたびに確信した。絶対にスマホを投げている。

誰かに向かって。きっとこの緑の布の服を着ている者だろう。

いってえといううめき声も聞こえた。

しかしスマホのポテンシャルを見くびっていた。

人におもいきり投げつけても壊れないのか。きっと投げ方が良かったのだろう。もしくは当たりどころか。


「じいさん、思い切りがよかったからなあ……」


当時の最新機種を思い切り投げつけられるなんてきっと祖父くらいだろう。

祖父の性格を思い出しながらつぶやくと、怒号や争う声が聞こえて、また画面が切り替わる。誰かの手のひらが映し出されている。そのまま柔らかい声がスピーカーから響く。


『すみません、このスマホ、おじいさんのですよね?』

『ああ、わざわざすみません。手持ちがこれしかなくて思わず投げてしまいました』

『びっくりしました。壊れていないですか』


そうして画面に少女の心配げな顔が映った。

近所の高校の夏用の制服を着た少女はストレートの長い髪を揺らして、小首を傾げた。


『大丈夫のようですね』

『よかったです。鞄を盗まれてしまって…おじいさんが犯人に向かってスマホをなげてくれたので他の人が捕まえてくれました。本当にありがとうございます』


少女がはにかむように笑った。

花が綻ぶような笑顔だった。その笑顔にカズトは一目惚れしたのだ。

祖父はスマホが無事だと見せているようで、画面は不規則に揺れる。録画されているとは二人とも気がついていない。

そして不意に動画は終了する。

時間が停まったかのようにカズトも停止した。

彼女の笑顔が心に残って離れない。彼女の笑顔が忘れられない。

ふと瞬間に思い出しては、なんだか胸が苦しくなる。

それが恋だと自覚するのにそんなに時間はかからなかった。

結局、その動画を何度も再生しては、高校の周囲をうろついた。それでも彼女に会えることはなかった。


カズトは中学3年生。進路はもちろん彼女の通う高校だ。

不純な動機なのは自分が一番わかっている。だからこそ自宅から一番近い高校だからだと言い張った。

そうして受験も無事に終わり、高校合格を果たして4月から彼女の通う高校に通学する。


会えたら、とにかくこの動画について聞きたい。

本当に祖父がスマホを投げつけたのかどうか。いやきっと投げたとは思うけれど。

そうして告白するのだ。


カズトは固く心に誓って、春を待つ。

彼女の在学から一年半以上が経過していることは当然わかっていて、考えないようにしている。

もし彼女が卒業していたら、その時はその時だ。

カズトの思い切りのいい性格は祖父譲りなのだった。

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