『命乞いなんて聞くな。甘さなんてあっても付け込まれるだけだ』


『敵は人間じゃねえ。敵だ。そう言う生物だ。情を移すな。確実に殺せ』


『良い子だ、ヴァン。今日は50殺したな。殺した数だけご褒美をやるよ。敵なんてただそれだけの物体だ。殺して殺して殺しまくって、金を稼ごうぜ。ザイオンの為に』


 ザイオンの為に。そう言いながら、……師匠は、ザイオンの意志を裏切った。


 クーデターだ。ヴァンが、ブラドを殺せと命令を受ける羽目になった行動を、ザイオンの為にと言っていた男が取った。


 だから、そう。道化師は天邪鬼なのだ。虚実入り混じるせいで他人からはほとんどその本意が読み取れない類の、本当に性質が悪い道化。


 その道化――ブラド・マークスは、拘束されているとは思えない余裕の笑みを零し、言う。


「説得だ?……全部忘れて家族サービスに精を出す子煩悩なパパにでもなれってか?」

「そこまで期待はしていません。ただ、戦争が終わったと言う事を認めてください」

「ハッ。……表面的には、終わったこと自体は認めてるさ。認めてるから、もう一度派手に始めましょうって言ってんだろ?」


 嘲笑う風に言ったブラドを見据え、ヴァンは言う。


「なぜそこまで戦争に固執するんですか?」

「戦うのが好きだからだ。……殺して殺して殺しまくって、殺戮の数が栄誉になる。英雄で居たいんだよ、俺は」

「違う。……アナタは軍人だ。戦闘も殺人も手段の一つとしか認識していない。手段を目的にするような人ではないはずだ」

「そう言う立派な人間で居て欲しいってな、お前の願望だろう?師匠が、育ての親が狂人だって認めたくない。認めたらそれに育てられた自分も壊れてる事を認めることになる。違うか?違わねえだろ……。俺もお前も立派な英雄じゃねえ。イカれた殺人鬼だ。今だって俺の事殺しに来てんだろう?邪魔だから。目障りだから。生かしておくのがめんどくさいから。それとも、……ああ、あれか?お前怖いのか?俺が生きてるとサシャを盗られちまうかもしれないから」


 そのブラドの言葉に、思わずヴァンは眉を顰めた。

 それを前に、弱みを見つけたとばかりに愉しそうに笑い、ブラドは続ける。


「哀れだよな、お前も。昔から、いつまでたっても、お前は俺の代わりだ。俺の代わりに前線で暴れる英雄。俺の代わりに小娘の顔色伺う番犬。俺の代わりの……ザイオンの代表者。お前の手元にあるもんは全部、俺がくれてやったもんだ。お前はどこまで行っても俺の偽物なんだよ。俺がそう、作ったんだからな」


 どこか苛立ったように、ヴァンは嘲笑うブラドを睨みつけ、言った。


「……だとしても俺はアナタに勝った。止めは刺しそびれていたらしい。だが、アナタは俺に敗れ逃げ出した」

「そうだ。その通りだヴァン。……ほら、結局それだけだろう?ちょっとつついて最初に出るプライドが、人殺し自慢だ。ああ、認めてやるよ。お前は強い。人殺しの才能だけがお前が唯一持ってるホンモノだ。……お前は人殺しでしか自己アイデンティティを確立できない」


 嘲笑してくるブラドを前に、ヴァンは瞼を閉じ、一つ息を吐いた。

 踊らされて乗せられて……師匠に付き合っていたら一生向こうに嘲笑われるだけだ。


 だからヴァンは努めて冷静さを取り戻し、話題を変えた。


「俺の話じゃない。今しに来たのはアナタの話だ。アナタの目的は何ですか?戦争を起こしたい?なぜ?」

「戦いが好きだからって言っただろ、……俺のコピー。だから、俺も同じなんだよ。人殺しでしか自己アイデンティティを確立できない」

「それは嘘だ。アナタは……俺よりまともな人間だ」

「あァ?」

「アナタには娘がいる。愛した女もいた。かつて、だとしても。殺人と対極にある人間的な営みを理解していたはずだ。平和の価値を理解しているでしょう?」

「忘れたな……」

「なら思い出せば良い。……俺はアナタ程口が上手くない。アナタの技術はほとんど、模倣している。アナタのコピーだ。けれど挑発だけはコピーできない。アナタ程他人を理解できないから。他人の弱みと他人の思想を把握できないから」


 表情を削ぎ落して……いや、それこそが上っ面を全て捨てた素顔であるかのように、どこか人形の様な無表情でヴァンはブラドを見据えていた。


 それを、ブラドは観察するように眺め続ける。


「俺には無理くり、力づくで、自分の事情を他人に押し付ける事しかできない。だが、アナタはもっと多彩なアプローチが取れる。その中に対話による解決も入っているはずだ。その、戦闘以外の技能を活かせる時代でもあるはずだ。なぜ自分から自分の技能を否定するんですか?」

「………………」

「俺はアナタの劣化コピーだ。戦闘部分だけ追随してるだけの存在だ。なぜそれと同じレベルまで自分から降りようとするんですか?なぜアナタは自分で、自分を否定し続けているんですか?」


 淡々と、ヴァンは問いを投げた。

 ブラド。育ての親……師匠へと。


 それを前に、応えることを嫌う様に、道化と呼ばれた男は顔に笑みを張り付ける。


「んなつまんねえ話よりもっと楽しい、戦争の話しようぜ?目前まで迫った戦争の話だ。おい、ヴァン。お前気付いてるか?アルバロスとユニオンの軍隊がこの都市の近くに潜んでるぜ?」

「何?」

「そうだろ、サラちゃんよ!おい、盗み聞きするくらいなら堂々と話しに入って来いよ。弟子が来てはしゃいだ師匠の口が軽くなってんぞ?上手い事尋問してみりゃ良いんじゃねえの?」


 嘯いたブラドの声に、戸の外にいたらしいサラは、渋面を浮かべながらもその場に踏み込み、戸の横の壁に腕組みして背を預けた。


 そんなサラへと、ヴァンは問いかける。


「ユニオンの軍隊とは?」

「リリの護衛ですよ。護衛、というより……それを口実に進軍してきたユニオンの軍の一派、でしょう。アルバロスも同様です」

「一派?」

「わからねえ訳ねえだろ、ヴァン。考えてもみろよ。ザイオンですら、俺とお前で意見が食い違ってる。もっとデカい帝国なり共同体なら尚の事、内部でごたごたあんだろうが。戦争でデカくなった国だぜ、アルバロスもユニオンも。その国の内部に、戦争続けたがる奴がいない方がおかしいだろ。そいつらを俺が呼んだんだ」

「呼んだ?」

「呼び寄せたんだよ……。ロゼ・アルバロス。リリ・ルーファン。要人が襲撃を受けた。確かに護衛に英雄は付いてる。だが、それで駒が足りるかはわからない。だから要人を守るって大義名分を持って、大国はこの人質都市を占領する準備をしてるのさ」

「占領?聖ルーナを?……ユニオンとアルバロスが?」


 眉を顰めたヴァンに、言ったのはサラだ。


「聖ルーナは完全な治外法権で、アルバロスであれユニオンであれ、理事長の許可なく軍人を送り付けることはできません。今も、理事長が外に留め置いているから、聖ルーナの中には入って来ていません。ですが、預けている要人の身に危険が迫っているなら、それの護衛や保護は半ば無理やり聖ルーナに侵攻してしまえるだけの口実になる。そして仮に、ユニオンなりアルバロスなり、どちらかが聖ルーナを占拠すれば、それはそのまま他国に対して大きなアドバンテージを得ることになる。要人の子息が山といるんですから」

「そしてその状況が気に喰わないってんで別の国が進軍してくりゃ……もう戦争だ。わかるか、ヴァン。俺はただチラつかせただけだ。この聖ルーナで要人が暗殺される可能性があるってな。ただのその一手でもう、勝手に、世界は戦争に近づいていく。これで本当に平和な時代なのか?違うだろ?欺瞞だろ?……みんな戦争がしてえんだよ」

「……その話を俺にした理由は?」

「お前の説得への返事だよ」

「返事?」

「ああ……宣戦布告って奴だ」


 そしてブラドは面白がるような笑みを口元に、言い放った。


「俺は戦争がしたい。……気に喰わないなら止めてみろよ、ヴァン。遊ぼうぜ、ウォーゲームだ」


 その師の言葉。表情を前に、ヴァンはただただ、渋面を浮かべ続けた。

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