3章 義妹のやる気と師弟の対話

『ヴァン兄が思う様にしてよ』

『それが多分、一番正しいんだよ』


『……私よりヴァン兄の方が、お父さんに詳しいもんね?』


 サシャは、どこか寂しそうに微笑んでいた。


 2年前。聖ルーナ協定にザイオンが参加する事に反対し、ブラドがザイオンに対してクーデターを起こした直後。そしてその制圧任務を受けたヴァンが、ブラドを殺しに行く前。


 思い返せばそれが唯一、サシャが直接父親について話した機会だったかもしれない。


 英雄が情と命令の板挟みにあったと言う月並みな話だ。


 そして、ヴァンは命令に従った。いや、戦時下ずっとそうだったように命令に逃げたのかもしれない。


 育ての親を。魔術の師を。妹分の父親を殺した。


 そしてザイオンは平和になった。だが、ヴァンはその平和の中にいまいち居場所を見いだせないまま過ごしていた。


 磨いた技術。身に付けた知識の全ては戦場に向く。戯れに遊び場にヴァンを外へ連れ出す師は殺し。ヴァンにとって平穏の象徴だった妹分は平和を学びに行った。


 そして何もかもを持て余して、1年。


 ヴァンもまた、特別教導員と言う肩書ではあるが平和な場所に送られ、1年ぶりに会った妹分のだらけ具合に眉を顰め、変わらない関係性に安堵し、持て余した時間と力を目の前に提示された何かにとりあえず全力を挙げて注ぎ込み……そして少し、くだらない日常の片鱗を楽しむようになった。


 そして同時に、……戦場の亡霊がヴァンの前に現れた。


 *


「むぅ……。考えれば考えるほど面倒な状況にしてくれおったのう、あの道化」


 聖ルーナ学園本校舎の理事長室。ルーナは理事長の椅子にふんぞり返り、腕を組み唇を尖らせていた。


 そんなルーナを前にヴァンとルークは二人とも、小難しく苛立たし気な顔で何も言わず佇んでいた。そんな英雄二人を前に、ルーナはまたぼやく。


「投降、された所でここは学校じゃぞ?英雄級の人材を捕えておける設備はない。かといってそれがある場所に送ろうにも、どこに送りつけるかの選定と協議から始まるし、安全に捕え続ける為には英雄一人付けとく他ない。奴が単独ならそれでも良いが、あれだけ堂々と捕まられるとのう。護衛を失くす訳にもいかんし……。英雄が3人もいると思ってたらまともに挑発躱せそうなのサラだけじゃし~~、」

「「………………」」

「こいつら二人しかいないとホント最小限しか喋らんし~~、」

「「………………」」

「フィジカルの割にメンタル弱そうじゃし~~、」

「「………………」」


 なんかグチグチ言ってくるロリ婆をヴァンとルークは不満げに睨みつけていた。

 そしてその視線をルーナは正面から睨み返し、こう言った。


「どっちでも良いから今すぐ大人になってくれんか?」

「「……俺は大人だ」」

「ガキは皆そう言うのじゃ、まったく。……まあ良い。とにかくそう言う訳で、あの手の男に口説かれ慣れてそうなサラが付きっ切りで監視兼尋問じゃ。護衛役はそっちで分担せよ。変な気起こすなよ?」


 そう言ったルーナを前に、口を開いたのはルークだ。


「フン。……分担などしない。姫様の警護は俺一人で十分だ。リリ・ルーファンとサシャ・マークスの警護も、ついでに俺がこなす」

「じゃから、一人でやると疲労の蓄積が~~、」

「そう言う次元の話をしている状況じゃないだろう。敵はザイオンの人間なんだろう?俺の横にいるのもザイオンだ。何ならアイツの弟子だろう?裏切る可能性がある。そう思ったからお前はこれの監視に俺を付けたんだろう、婆」

「婆言うな。……裏切りを懸念したのではない。餌に食いつく可能性に賭けたのじゃ。そしてわらわの勘が御慧眼!イベント中なんもなかったからその後辺り来るかと思ったんじゃよ~、」

「フン……。どちらにせよ俺は24時間姫様の警護に付く。これは決定事項だ」

「強情じゃな。まあ、本気で身内でもめられるよりマシじゃが……どうじゃ、ヴァン。サシャ・マークスの警護もこやつに一任する事になるが?」

「……異論はない。俺はこいつが裏切るとは思っていない。俺も裏切る気はないが、スパイ疑惑を晴らし切れないなら護衛任務から外れた方が合理的だ」

「消極的な意見じゃな。通行手形を持って女子寮に侵入するチャンスじゃぞ?」

「……正直ふざける余裕がない。尋問していると言ったな。師匠は何か吐いたか?」

「吐くと思うか、あれが。そもそも吐くだけの策を本当に持っているのかすらわからんし……。むしろわらわとしては聞きたいな。お主の師匠は何を考えてこの状況を作った?」

電撃攻勢プリッツクリークだ。……ザイオン式のな」

「どういう事じゃ?」

「基本戦術だ。俺や師匠のように、圧倒的な戦力のある個がいる事を前提に、寡兵で大国を喰う戦術。敵陣の内側に潜り込んだ英雄が個人で敵拠点の制圧を図る。それと同時に、別動隊が強襲を仕掛ける。逆もあるな。別動隊が強襲を仕掛けると同時に、敵陣に潜り込んだ英雄が制圧を狙う。すると敵は同時に二か所への対処を強いられ、情報が錯綜し混乱をきたし、寡兵で大国の拠点を制圧する事の難度が下がる」

「半分ゲリラの様なモノか。なら、別動隊がどこかにいて、その襲撃と同時に内部で暴れると?」

「ああ。都市内部、もしくは近郊にそれなりの数の兵がいるはずだ。投降してきたのも、師匠の身柄を監視すること自体がこちらの負担になると見越してだろう」

「即殺されるとは思わんのか、奴は」

「……それならそれで良いと考えているのかもしれない。平和を唄っているはずのこの場所の、投降した捕虜への対処が即殺害なら、その平和は欺瞞だ。そんなものはほっといても壊れる。師匠ならそう嗤うだろう」

「つくづくめんどくさい奴じゃの……。じゃあ、アレの狙いは何だと思う?戦略目標と戦術目標じゃ」

「戦略目標は聖ルーナ協定の破壊だろう。最終的にそこに行きついて、戦争を続けることが狙いだ。戦術目標はそこから逆算して考えるだろう。影響力や行動から考えて、ロゼ・アルバロスかリリ・ルーファンの殺害もしくは拉致か?」

「サシャ・マークスはターゲットに入らんのか?」

「入らない。仮にサシャが殺されても俺とザイオンが本気でキレるだけだ」

「不思議とそれ何よりも怖いような気がするんじゃが……」

「だが、世界を巻き込んで平和を壊すほどの影響力はない。それに師匠は、……サシャには関わりたがらないと思う」

「なぜ言い切れる?」

「経験則だ。そうとしか言えない」

「ふむ……弟子だからわかる、か。まあ、客観的に護衛対象にしておいた方が良い事には変わらんだろう?下手な事が起きて拗らせたザイオンが二人に増えると困るしの。ルーク?ちゃんと働くのじゃぞ?」

「フン……俺は毎日ちゃんと働いている」

「ホントかの……。まあ、良いわもう。とりあえず、諸々の索敵や警戒はこっちでやる。都市内はあらかた探らせておるし……近郊、か。ルークは護衛。ヴァンは好きにしとれ。ただし、ブラド・マークスへの接触は禁じる。これは疑いではない。合理的な話じゃ。やりにくかろう?」


 その言葉に、ヴァンは不承不承と言いたげながらも、頷いた。


「それなりには……戦絡みは大人じゃな。あと、ブラド・マークスを捕えていると言う件は口外せん。公的に死んだことになっている男じゃ。酷な話かもしれんが、ルーク。サシャには、」

「フン……俺は口数の少ない男だ」

「その少ない口数が全部余計な事だから釘指してるんじゃよ?あと~、言っておくこととすれば~~~、ああ、そうそう。次のミスコンの競技じゃが~~~、」

「「…………………」」


 ヴァンとルークはルーナを眺めた。何も言わず。ただ、まだやるのかと言わんばかりな視線で。


 それを正面から受け止めつつ堂々と、ルーナは言った。


「……クイズ大会かお料理対決が良いと思うんじゃが、どっちが良いと思う?いや、待て。お主ら参加者の身内じゃったな……。今の聞かなかったことにせよ。うむ、後でくじでも引いて決めるかの」

「「………………」」

「なんじゃ、お主らその目は。これは高度に政治的な問題なのじゃぞ!チラつかされたテロリズムによって平和的祭典を中止になぞすれば……それはテロリズムに屈したことになるじゃろうが!?このミスコンはもはやわらわの魂を賭けた戦いでもあるのじゃ~~、当然!全ベット!」


 ヴァンとルークは各国の首脳とギャンブルを通して仲良くなったと言う逸話のある自称“奇跡の聖女”を何も言わず眺めていた。


 それを前に、ルーナは気に留めた様子なく、言う。


「そもそも、敵にばかりかかずらっておって良いのか?リリはこないだ漁夫の利をポロリして1抜けしたが……お主らの推しの子はまだ最終選考に辿り着けると決まった訳ではないのじゃぞ~?そっちにもちゃんと気を向けてやれよ、英雄」

「「………………」」

「わらわは皆で遊びたいのじゃよ。せっかく平和にしたんだからの?」


 そう言ったルーナを前に、ヴァンとルークは顔を見合わせた。

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