「ハァ~~~~っ、」


 表彰式を終え引き揚げてきた更衣室の最中。水着からいつものジャージに手早く着替えつつ、サシャは大きくため息をつき……そしてすぐさま魔導水晶板を取り出すと、呟いた。


「……酷い目に遭ったけど、脱いだ分順位上がってるはずだよね!」

「たくましいな、サシャ」

「……転んでもただでは起きない根性。素晴らしいってリリ思うの~。褒めてあげるの。褒める権利があるの。なぜならリリは勝者だから!」


 各々制服に着替えながら、呆れた様子のロゼと上機嫌なリリは言っていた。

 それを横に、サシャは魔導水晶板を眺め……やがて、またため息を吐く。


「ハァ……。あれだけ身体張ったのになんでまだ3位のままなの?」

「そもそも私達も脱がされてるしな、お前に」

「あと、露骨にやり過ぎると男子の票が増える代わりに女子の票減るの。清楚ポイントは大事なの」

「清楚な子ってもう上位にいないような気がするけどね?」

「私は清楚だぞ?」

「……清楚な子はやり返さないと思うの。つまり、やり返してないリリだけが清楚なの!」

「一番腹黒さ見せてたと思うんだけどな……」


 そんな事を言いながら、今日の予選の1位。そして人気ランキングも暫定1位なリリに、サシャは視線を向けた。制服をほとんど着終えて、リリは靴下を履こうとしている。


 と、そこで、サシャは気付いた。


「あれ?……リリちゃん、怪我してない?」

「本当だ。足に血が付いてるぞ?」

「ええ~?別に痛くなかったけど」


 呟き、リリはその血の跡を指でなぞる。どうやらもう固まっているらしい。それを確認してから、リリはそのまま靴下を履いた。


「……切ったのかな?まあ、ほっといても良いや。お姉ちゃんにバレるとめんどくさいし」

「めんどくさいって言うのやめて上げようよ……」

「心配されてるってことだろう?」

「……でも、これを口実に体中の丹念なチェックされるし。鼻息荒いお姉ちゃんに」

「「…………」」


 そうして着替えを終えた3人は、そのまま更衣室を後にしていく。


「同性であるのを良い事に当然のように風呂場に乱入してくる忠義の騎士だよ?お姉ちゃん」

「それは心の底からめんどくさいな」

「あ、アハハ……」


 一瞬で宗旨替えしたロゼにサシャは苦笑し、そんなことを話しながら3人は更衣室を出る。


 と、その瞬間、である。


「着替えを終えたか。待っていたぞ、我がザイオン式兵站学の精鋭達よ!」


 更衣室の外の地面に放置された何かが、威勢よく声を上げていた。


 ザイオンの英雄、“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタインである。


 まるで雷にでも撃たれたかのように体中が焼け焦げ、まるで鉄線の群れに切り刻まれたかのように服がボロボロになり、そして腕と足を鉄のように固い髪に縛られ、地面に転がっている。


 そんな英雄の成れの果てを何も言わず白い目で眺めた3人を前に、ヴァンは言った。


「まず、お前達に伝言がある。聞け。……コホン、」


(((捕虜自らメッセンジャーに……)))


「姫様……此度の雄姿、感服いたしました。そして心労、痛み入ります。つきましてはここに死にかけの雑巾を放置しておきますので、後は煮るなり焼くなり切り刻むなり、どうか存分にこの雑巾で憂さを晴らしてください」

「ヴァン兄それ今どんな感情で言ってるの?」

「そもそもヴァン先生に恨みはないんだが。巻き込まれた側だしな」

「……感服した雄姿って、ポロリの事言ってるのかな?」


 口々に言う3人を前に、ヴァンはまた咳払いし、言う。


「コホン。それからもう一つ、メッセージがある。……リリィ~~、ハァハァ!リリィ~!本当はお姉ちゃんがもっとぐちゃぐちゃにしておきたかったんですけど止めは譲りますね私のリリィ~!躊躇なく息の根を止めちゃってくださいねリリィ~~っ!」

「なんか見てて凄いキツイよヴァン兄……」

「どうして全力投球しようとしてしまうんですか、ヴァン先生」

「……さっきまでなかったはずの殺意と鳥肌が急に沸いたの」

「メッセージは以上だ。そしてここからは、俺からの個人的なメッセージになる」

「ヴァン兄は趣味の悪い通信機か何かなの?」

「我がザイオン式兵站学の精鋭たちよ!ミス聖ルーナコンテスト第1次予選、“どきっ!?美少女だらけの水上障害物競争(ポロリもムフフフフ~)”における表彰台の独占、良くやった!その栄誉を称え……俺からねぎらいの品を進呈しよう!さあ、俺のコートの内ポケットを弄れ!そこに……ねぎらいの品を用意してある!」


 威勢よく言って仰向けに背筋を伸ばした縛られたボロボロの男を前に、3人は正直触りたくなさそうな雰囲気で顔を見合わせ……やがて、ロゼとリリは同時に一歩後ろに下がった。


「……まあ、そうだよね。別に、良いけど。ていうかさ、どうせ角砂糖でしょヴァン兄。それで喜ぶ子いないよ、ここに」

「フっ……甘いな、サシャ。角砂糖よりずっと甘い。そう!角砂糖よりずっと甘いものを、文明開化した俺はこの聖ルーナで発見した!」


 そう言ったヴァンのコートの内ポケットから、サシャは袋詰めされた何かを取り出した。


 角砂糖のようで、角砂糖ではない。それよりもずいぶんカラフルな、砂糖菓子。


 現れたそれを見上げて、ヴァンは自信満々にフッと笑みを零すと、叫んだ。


「今回諸君らに進呈するのは、角砂糖ではない。そう……こんぺいとうであるっ!」

「「「………………」」」

「そして今回は特別に、一人3個まで、こんぺいとうの摂取を許可する!それほどの偉業を、諸君らは成し遂げたのである!さあ、持って行くが良い……諸君らの勝ち取った、栄誉ある勲章こんぺいとうを!」

「「「………………」」」


 3人は何も言わずヴァンを眺めていた。そして次の瞬間、3人はヴァンをその場に放置したまま、こんぺいとうの袋を手に、歩み去っていった。


「ロゼさん、リリちゃん。一応食べる?」

「……そもそも、それはなんなんだ?」

「飴?みたいだけど……」

「あ~……。生活レベルが違い過ぎてこんぺいとう知らない?えっとね。色のついた、尖った、……角砂糖かな」

「「角砂糖……」」


 そんな事を言い合いながら、少女達は歩み去っていった。


 それを放置されたヴァンは見送り……やがて寂しそうな顔で空を見上げ、呟いた。


「フッ。……店員は、可愛いと言っていたんだがな」


 そんなヴァンの視界に、ふとひょこりと、年齢不詳の10歳の幼女が顔を覗かせ、言う。


「わらわは好きじゃよ?こんぺいとう」

「ええ。でしょうね……」


 “鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタインは、ただただ遠くを眺めていた……。

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