茨城でオブザデッドすることになった俺の青春や如何に!

シャオバイロン

序章 その日の朝

 既に朝だと気づいている。


 瞼が日光を透かして、否が応にも脳を目覚めさせる。耳障りなアラームをかき鳴らすスマホを手に取ると、時刻は六時五十分。


 ここで、太陽に負けてはダメだ。逃げてはダメだ。だって俺は、眠いのだ。


 大体時間なんてものは人間が勝手に決めた区切りであって、その中であれをしなければこれをしなければだの、窮屈な事この上ない。時間に縛られない自由。野生動物は当たり前の様に謳歌している自由。それを手にする権利だってあるだろう。


 だが、無情にも俺の布団は、血を分けた我が姉によって引き剥がされる。


「鷹広、良い加減起きなさい。新学期初日にリク君待たせるんじゃないの」


 とっくに今日一日のスタートを切っている張りのある声。逆らうと怖いので、俺はさっきの時間とは何だのと言う主張を綺麗に頭から消去して、もう一回目を閉じてしまいたい誘惑に抗い半身を起こした。


「さっさと支度して朝ごはん食べちゃってよ。私もう行くからね」


 パンツスーツを纏った呆れ顔の姉ちゃんは、そう言って俺の部屋から出て行った。


 リビングに入ると、ご飯と納豆、味噌汁がテーブルに置いてあった。

 姉ちゃんは手を止めずテキパキと身支度をして、ショートカットに切り揃えた黒髪を整えながら、いつものように小言を口にする。


「あんたいい加減部屋掃除しなさい。て言うか着ない服とか使わない物は捨てなさい。断捨離よ断捨離。人間必要最低限のものがあればいいの」

「御意」

「武士か」


 流れる様な華麗なツッコミ。今日も体調は万全の様だ。

 両親ともに海外暮らしで姉弟二人で暮らしていて、見た目仕事のできそうなキリッとしたOLの姉ちゃんは、フルタイムで働きながら家事のほぼ全てをこなしてくれている。


「じゃ、食べ終わった食器はシンクにね。あとちゃんと戸締りすること。わかった?」

「ウェイ」

「パリピか」 


 そう言って姉ちゃんは一足先に家を出た。俺は食卓の納豆に手を伸ばす。ちなみに我が家の納豆は紙カップのおかめ納豆一択だ。よくある発泡スチロールの容器だと、かき混ぜる時の俺の熱い箸さばきに耐える事が出来ないから。


 朝食を食べ終えた後、主君の命令どおり食器をシンクにぶち込んで、制服のブレザーに袖を通し、玄関を開けた。


 俺の家はマンションの十五階にある。自宅から見える景色は大好きだ。

 俯瞰。神の視点から下界を見下ろすようで、全能感ていうのかな、何でも出来そうな気分になる。気分がモヤモヤしている時だって、空が半分くらいは吸い取ってくれる。


 良い天気だ。遥か高くに広がる青。その深淵が好きだ。目に映る青に実体は無くて。触ることはできなくて。本当はただの空間。やがて宇宙の闇になる。


「空、やばいなあ」


 浸る思考とは裏腹の薄っぺらい独り言を口にして、俺はエレベーターに乗った。


 何度繰り返した朝だろう。これが俺のいつも通りの日常だ。

 高校二年生になった今日からも、きっと同じような日々が続いて行く。


 そこに少しずつの変化を重ねて、節目節目に環境が変わって、気付いた時にはいつの間にか、俺達は大人になっているのだろう。


 目に見えない漠然とした未来に対して、そんな風に思っていた。

 とりあえず今は今しかできない青春を、思いっきり謳歌しよう。


 そんな風に、思っていた。

 ――現実に、夢を見ていた。

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