第八話 浅瀬船中学校②

 爽谷先輩に、例の七不思議のことを何度も尋ねるのは正直気が引けた。だってその話題は、どうしたって先輩が中学の頃にいじめに遭っていたという話に繋がってしまうから。

 だけど、本当のことを知っているのは、爽谷先輩とそのSNS友だち、更には七不思議を作るのに協力した不特定多数のSNS上の大人たちと『』氏しかいない。直接情報提供をお願いできるのは、爽谷先輩だけだ。

 書道サークルを除名になっても仕方がない。そういう気持ちで、先輩をファミレスに誘った。爽谷先輩と桜先輩がふたりでボックス席までやって来てくれた時には、拝みたいような気持ちになった。


「ずいぶん拘るね、七不思議」


 先日の泣きそうな顔とは打って変わって、いつも通りの明るい笑顔で爽谷先輩は言う。隣に座る桜先輩の方が金髪に三白眼でめちゃくちゃこっちを睨んでいて、ああ……キレている……と噛み締めてしまった。

 先日光臣のマネージャーである長田さんが持ってきてくれたA4サイズの紙をテーブルの上に広げる。パフェを食べ始めていた爽谷先輩が、長いまつ毛をゆっくりと上下させる。


「これって?」

「その、問題の七不思議ですね」

「……うん? えっ、今、こういうことになってるの?」

「何それちょっと、話が見えないんだけど」


 爽谷先輩の反応を確認したところで、僕のミッションはだいたい終了。だけど、季節のパンケーキ〜冬はやっぱりたっぷりチョコレート!〜を切り分けている桜先輩が納得していない。


「どういうこと?」

「えっとね」


 僕が応じるよりも先に、爽谷先輩が七不思議の内容が印刷されている紙を指差す。


「ここに書いてあるのは、高校生の時に私と、友だちと、あとSNSで協力してくれた人たちで作った七不思議じゃ、ない」

「はあ!?」


 桜先輩が低く、しかし裏返った声を出す。これに気付いたのは菅原だ。僕は実はあまり気にしていなかった。七不思議に悪魔が出て来るって珍しいな〜と思っていたら創作七不思議だと聞かされて、それで納得してしまったからだ。

 パフェを食べ切るまで、爽谷先輩は七不思議についてなにも言わなかった。時折桜先輩がパンケーキを「あーん」で食べさせたりしているので、沈黙の時間はかなり長かった。僕はフォンダンショコラを食べ、コーヒーを飲みながら先輩たちが食事を終えるのを待った。

 やがて、口紅を塗り直した爽谷先輩が言った。


「①から④までは、たしかに私たちが創作した七不思議で間違いないよ」

「なるほど」


 校庭の魔法陣、保健室の足りないベッド、悪魔に対価を支払う、理科室の標本置き場に生徒の遺骨。


「でも、⑤と⑥は覚えがない、かも」


 ⑤と⑥。どちらも教師に関わる七不思議だ。⑤は『中央棟にある職員室の机は、不定期に増減する』、⑥は『職員室には悪魔が潜んでいる場合がある』。


「この⑥って……なんかざっくりしてる」


 桜先輩が呟いた。


「悪魔が潜んでいる、ってなに? 場合? だったら『職員室には悪魔が』って断言しちゃった方が怖くない?」


 それはそう。僕も爽谷先輩も同意の表情を浮かべて首を縦に振ることしかできない。


「ちなみになんですけど、爽谷先輩。本当の⑤と⑥の内容、覚えてますか?」


 SNS上を隈なく検索し、各地の七不思議をまとめているサイトなんかも訪問した。菅原と僕のふたりだけでの調査だったから、調べこぼしがあると言ってしまえばそれまでだが。光臣がテレビ局を利用して行ったアンケートの結果通り、『浅瀬船中学校七不思議』はここ数年の卒業生のあいだでは大して知られていない。そして、稀に知っているというアンケート回答者がいたとしても、その内容は今僕が先輩たちの前に提示しているバージョンなのだ。偽物の七不思議を、書き換えた人がいる。いったいどういう理由で? どのタイミングで?


「爽谷! 思い出したくないことは思い出さなくていいから!」


 鋭く言う桜先輩に、「大丈夫」と爽谷先輩は優しく笑う。


「こないだ錆殻くんに急に中学の時の話振られた時は驚いたけど、それに中学の時のことは本当に思い出したくないんだけど、」


 これは、と先輩の桜貝のような爪がテーブルの上の紙を指差して。


「いい思い出。みんなで作った七不思議、なんで忘れてたんだろ?」



「──で、本当の⑤と⑥の正体は分かったの?」


 僕と菅原と市岡凛子さんは、まずは南棟3階にある音楽室に向かっていた。そこから校庭を見下ろすと魔法陣が見えるというのが、爽谷先輩たちが作った七不思議のひとつ目だ。

 市岡凛子さんの質問に「はい」と短く応じる。先頭を歩く菅原が驚いたようにこちらを振り返る。


「やっぱり、⑤と⑥は書き換えられたものだったんですか?」

「そう、菅原……前向いて歩いて……」

「ギャンッ!!」


 言わんこっちゃない。音楽室の扉に菅原が体ごとぶつかった。

 中学校内の各教室の鍵は既に借りている。音楽室の扉を開けて、中に入る。


「校庭が見えるのは──こっちの窓」


 と、市岡凛子さんが音楽室の定番、黒いピアノの前を通過して窓を開けようとする。


 


 音が聞こえた。

 いかにも痛そうにぶつけた腕や足を摩っていた菅原が、ぎょっと目を剥く。

 


「ないね、魔法陣」


 凛子さんが言う。


「ないですか」


 ピアノがめちゃくちゃな音を奏でるのを無視して、3人で窓の外を見る。何もない。魔法陣もミステリーサークルもない。ただ、ピアノが勝手に音を奏でている。それだけだ。


「次行きましょ」

「はい」


 市岡凛子さんがさっさと音楽室を出て行き、僕もその背中に続く。窓を閉め、最後に音楽室を出ようとした菅原が「静かに!」とピアノに鋭く命じ、音が鳴り止んだ。


「アレが本命だったんでしょうね」


 市岡凛子さんが言う。アレ。ピアノ。

 同感だ。魔法陣で釣っておいて、実際には誰もいないはずの音楽室のピアノが音を奏でる。じゅうぶん怖い。窓から校庭の様子を確認などせず音楽室を逃げ出す子どもの方がよっぽど多いに違いない。


「思うに」


 今度は市岡凛子さんが先頭になる。次は保健室。


「七不思議を作るのに協力した人間は、これを知っていたんじゃないかな?」

「……」


 市岡凛子さんは勘が良い。こういう展開になってしまったら当然だろうか。彼女の言う『七不思議を作るのに協力した人間』とは、SNS上に今もいる、『怖い話蒐集家』さんのことだ。


「保健室! 鍵!」

「はい!」


 気付くと南棟1階にある保健室に到着していた。市岡凛子さんの声で我に返り、鍵を開ける。

 中には教員用の机と椅子、ロッカー、薬棚、それに白いカーテンに守られたベッドが──


「四つあるじゃない」


 市岡凛子さんが呆れたように呟く。「でも」とベッドの様子を見て回りながら菅原が口を開く。


「全部新しいです」

「全部?」

「はい。ベッド自体が……」


 総入れ替えをしたということか? 以前は二つしかベッドがなかったけれど、そこに更に二つ押し込んで? けれど、その割には部屋は狭くない。広々してる。

 保健室では『ベッドが四つある』以外の異常はなかった。廊下に出る。


 。眩しいほどに。昼間かと疑うほどに。

 ──異常だ。

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