第九幕

 エミリアと、彼女の背後の日本人形達が崩れ落ちた。

「これで、終わったんですか?」

 アリスの部屋の窓から和真君が顔を覗かせる。その手には、アリスの猫耳型カチューシャががあった。

 軍用の強力なマグネトロンを使用した、レーダー。

 それにアリスの予備のバッテリーを幾つか繋げ、電磁パルスを放ったのだ。

「ああ、もう大丈夫だ」

「よかった……」

 へなへなとその場に座り込む。

「よくやった、和真君。君のおかげで俺たち全員助かったよ」

 電磁パルス発生装置は東大工学部志望の彼が作ってくれたものだ。もし失敗すれば、私はエミリアに殺されていただろう。ただの高校生に荷が勝ちすぎる役目を負わせてしまった。

「ワタシの猫耳のおかげでもありマス」

 くぐもったアリスの声が聞こえる。アリスの頭は美月に抱えられている。ちなみにアリスの頭は電磁波の影響を受けないようアルミホイルでぐるぐる巻きにされている。実にシュールである。

「あの腹立つ猫耳が、こんな形で役に立つなんてなあ」

「えー。普通に可愛い猫耳だと思いますけど」

 私は窓際に近づいて美月からアリスの頭を受け取り、一緒にアルミホイルをぺりぺりと剥がしてやる。

「ねえ、七崎さん」

「なんだ、閑奈ちゃん」

「エミリアは……悪い子だったの?」

 縋るような視線に、私は首を横に振る。

「エミリアは、ただ製作者の指示に従っていただけだ。だからエミリアは悪くない。悪いのは、彼女にこんな真似をさせた人間達だ」

「そう……」

 ほっと安堵の息をつき、庭に降りてエミリアに近づく。

 海円さんもついてきて、数珠を取り出すとエミリア達に念仏を唱え始めた。

 私と閑奈とアリスは、目を閉じて黙祷をする。

 やがて、念仏が終わり私は目を開けた。

「まるで人形供養ですね」

「山川草木悉皆成仏草木国土悉有仏性。神羅万象、万物には仏性が宿っています。それはこの人形達も例外ではないでしょう。人も人形も、役目を終えれば供養し、ゆっくり眠らせてあげるのが仏の道です」

「役目、ですか」

 閑奈を守るためだけに生み出され、こうして死んでいった人形達。その生涯を考えると、居た堪れなくなる。

 龍彦さんの娘への愛は執着となり、閑奈を守りたいという願いは、他者まで巻き込む呪いとなった。

 これは、龍彦さんの閑奈への愛が、弟妹への殺意へと昇華された呪い。

 そしてエミリアこそが、その呪いが込められた――呪いの人形なのだ。

「安らかに眠れ」

 私は彼女達に向かって手を合わせ、踵を返した。

「雪かきが終わったみたいデスネ」

「そうなのか?」

 目を凝らして遠くを見てみたけれど、よくわからない。アリスはズーム機能で確認したのだろう。

「電磁波はキャシーさん達のところまでは届かなかったみたいですね」

 和真の言葉に私は頷く。まあ、あの爆発音がしても駆けつけなかったので、音が聞こえないくらい遠くにいたのだから平気だったのだろう。

「これで、ようやく帰れるんですね」

 悪夢から醒めたような清々しい顔で美月が呟く。

 だが。

「帰れるわけだが、この事件の収容をどうつけるかが問題だ」

 私の言葉にみんなが押し黙る。

「俺の望みを言わせて貰えば、機巧人形達の事は世間には伏せておきたい」

「七崎さん、僕の父さんはこいつらに殺されたんですよ。どうして殺されたか調べて、製作者に責任をとってもらうべきです」

 君のお父さんが殺されたのは、閑奈ちゃんを殺そうとしたからだよ。

 そう伝える事は憚られた。

 自らの父親が従姉妹を殺そうとしたという事実は、高校生には重すぎる。

 閑奈とて、自分の父親が、自分を守るために叔父を殺そうとしたという事実は辛いだろう。

 少なくとも、今このタイミングで伝えるべきではない。

 美月が近づいてきて、私の耳に小声で話しかけてくる。

「ねえ、七崎さん。私のお母さんが殺されたのって、お母さんが閑奈ちゃんに手を出したから、エミリアが閑奈ちゃんを守ろうとして? もしかして、寅吉叔父さんと亥久雄叔父さんも……?」

「……察しがいいのも考えものだな。できればその事実は、君の胸の内にしまっておいて欲しい。あの二人の心の整理が着くまでは」

 和真と閑奈の心情を察したのだろう。美月は頷いた。

「和真君。君の気持ちはわかる。父親を殺された事に対して、何かしらのケジメはつけなければいけない。だけど、これは機巧人形全体に関わる事なんだ。彼女達の存在は秘匿しておいた方がいい」

「それは……アリスさんのためですか?」

「いいや、君たち西園寺家のためだ」

 和真が怪訝な顔をする。

「閑奈ちゃんは知っているだろうけど、機巧人形達はそもそも龍彦さんが医療用に開発した物なんだ」

「医療用……看護士代わりという事ですか」

「そういう事だ。医療の現場で、疲労せず夜も働く事ができ、AIならではの正確な行動ができる。機巧人形はきっと西園寺医院がこの先、繁栄するための強力な強みになる。だが、アリスを見ればわかると思うが、まだまだ改良の余地がある」

「どういう意味デスカ」

 いちいち不気味なビジュアル面に改良の余地があるという意味である。

「考えて欲しい。西園寺医院は今、窮地に立たされている。なぜなら――西園寺一族は、君たち三人しか残っていないんだ」

 私の言葉に、和真と美月と閑奈は互いを見交わす。

 美月の父親と和真の母親がまだ生きているかは知らないが、西園寺家の血族という意味ではこの三人しかいない。一族経営の医院にとっては致命的だろう。

「だからこそ、機巧人形を西園寺医院の強みとして活かすために、このタイミングで人形達の事が周知の存在になる事はまずいんだ。それも、人間を殺したという事まで広まってしまうと、はっきり言って西園寺医院は立ち行かなくなるだろう」

「でも……それじゃあ僕は、父さんが殺された事を我慢しなければいけないんですか!」

 和真君の叫びを私は受け止める。彼の悲しみを、辛さを、嘆きを。

 だが、私は揺るがない。守らなければいけないのだ。アリスも、西園寺家の三人も。

「我慢しなくていい。ただ西園寺医院のために受けれて欲しいんだ。西園寺医院の繁栄を願った、君の父さんの想いを」

「父さんの、願い……」

 死者の思いと称して勝手な想像を語り、利用する事は卑怯なのだろう。だが、手段は選んでいられない。和真のためにも。

「美月ちゃんと閑奈ちゃんはどうだろう。西園寺医院のために、機巧人形の事を隠しておいてもらえるか?」

「私は……いいよ。七崎さんの言う通りだと思いますし、それに」

 それに――その続きは、閑奈を殺そうとしたという、母親が殺された原因への諦観なのだろうか。

「私も、いいよ。キャシー達の事が広まるのは嫌だし……」

「ありがとう、二人とも。海円さんはどうでしょうか」

「拙僧も構いません。嘘も方便と言いますが、「方便」とは元は仏語。他者を思いやるために嘘をつく事も必要なのでしょう」

「ありがとうございます」

 私はお坊さんに頭を下げ、俯いて拳を握っていた和真君の方に向き直る。

「和真君。受け入れ難い気持ちはわかる。だから、もし機巧人形の存在を隠すことで君が事件に対する不満や苦悩が晴れないのなら、いつでも俺の事務所に来てくれていい。君の心が晴れるまでいくらでも相談に乗る」

「モチロン、ワタシも協力しマス」

「ん? お前、そんな事もできるのか」

「機巧人形は看護目的で作られマシタ。患者のメンタルケアもバッチリデス」

 体があれば薄い胸を張ったのだろうが、首だけなので得意げな顔しかできていない。

 やがて、和真君は握りしめた拳を開き、顔を上げた。悲しみ、怒り、寂しさ……それらが綯い交ぜになったなった顔を私とアリスに向ける。

「正直、まだ完全に納得いったわけではありません。でも」

 そこで言葉を区切り、閑奈と美月をチラリと見る。

「将来的に僕たち三人で西園寺医院を運営しなければいけない事はわかります。そのために、機巧人形達が必要な事も。だから、七崎さんの提案を受け入れます」

「ありがとう、和真君」

 私は一回り以上年下の少年に頭を下げた。

「七崎さん。本当に、事務所に行っていいんですか? 僕が悩んでいたら、助けてくれますか?」

 縋るような和真の視線に、私は力強く頷く。 

「ああ。和真君だけじゃなくて閑奈ちゃんや美月ちゃんも、困ったらいつでも来てくれていい。君たちの心から事件の傷が癒えない限り、事件解決とは言えないからな」

 事件解決。私の信念。

「その為に、探偵探偵助手アリスがいる」

 

       ◯

       

 車を道の駅に停め、シートを後ろに倒して体を伸ばす。よくよく考えたら昨晩は一睡もせず廊下を見張っていたので、いつ居眠り運転をしてもおかしくない。

 あの後、車が出せるようになったので私は麓に降りて公衆電話で警察に匿名で通報し、その場を後にした。

 和真達には、警察には機巧人形と私のことは伏せておくよう指示をした。探偵がいたとなると事態はややこしくなるし、エミリア達を持ち去る役目も必要だからだ。

 警察も和真君達未成年――美月は成年だったか――にそう強引な取り調べはしないだろうし、海円さんはあの性格なので、のらりくらりと躱すだろう。

 そういうわけで今、この車の後部座席には日本人形達とエミリアが積まれている。ルームミラーを見るたびにホラーな光景が目に飛び込んでくる。

 そして、助手席には頭だけになったアリスが鎮座している。そういえばこいつのバッテリーは頭部にあるらしいが、予備のバッテリーとやらはどうやって交換するのだろうか。またホラーチックな姿を見せるのかもしれない。

 私は煙草を取り出して火をつける。紫煙をはき出したところで、アリスが話しかけてくる。

「ソウジさん」

「ん?」

「今回の事件について、聞きた事が二つありマス」

 正直、疲れているので後にしてくれと言いたいところだったが、頭だけになってまで私を守ってくれたアリスに、そんな事を言えるはずもなかった。

「ああ。なんでも聞いてくれ」

「では一つ目。ソウジさんはワタシが「機巧人形は生物を傷つける事ができない」という嘘をついてキャシーさん達を庇っていると推理しマシタ。けれどカンナちゃんと口裏を合わせられないと判断して否定しマシタガ、エミリア達を庇っていると推理はしなかったんデスカ?」

「無論、考えはしたさ」

 その場合ならば閑奈と口裏を合わせる必要なないのだから、アリス共犯説が再び持ち上がってくる。そこに気がつくとはなかなか目の付け所がいい。流石は探偵助手である。

「だがその場合だと、そもそも「機巧人形は生物を傷つける事ができない」と俺に伝える必要がないんだ。なぜなら俺がその場で、前日にキャシーさんが害獣駆除をしている事を思い出した場合、それについて追求していただろうから、そのまま芋づる式にエミリア達の存在に気づく危険性がある。それに引き換え、傷つけない云々を俺に伝えるメリットはキャシーさん達を容疑者から外すという事しかない。エミリアを庇っている場合は全く意味の無い行為だ。よって、お前はエミリアを庇っているわけじゃないと判断した」

「ナルホド。では二つ目デス。ソウジさんはエミリアを作った犯人としてカンナちゃんを容疑者に入れて取り調べをすると言っていマシタガ、本気で言っていたんデスカ?」

「当然、エミリアを自白させるためのハッタリだよ。閑奈ちゃんが犯人じゃない事はわかっていた。犯人の目的が閑奈ちゃの身の安全ならば卯月さんと二人きりにはしない。これは閑奈ちゃん本人にも言える事だからな」

「敢えてエミリアにウヅキさんを殺害させるために、ウヅキさんと二人きりになって自分に危害を加えるように仕向けた可能性がありマス」

「それはとても危険な賭けだ。卯月さんが絞殺を選んだからエミリアが助けに入ることで事なきをえたが、もし刃物でも用意していたら、エミリアが行動する前に閑奈ちゃんは殺されていた。だからその可能性はまず無いと考えていい」

「どっちの質問でも、ワタシやカンナちゃんを信じていたら。という理由ではないんデスネ」

「無条件の信用は目を曇らせる。曇った目では事件を見通すことができない……まあ、さすがにこんな姿になってまで守ってくれる助手の事は、信頼しているけどな」

 煙草の煙を吐き出しながら答えると、アリスは嬉しそうに目を細めた。

「さて、とりあえず弁一達のいる廃病院に行くか。依頼の報告をしなきゃいけないし、アリスの身体を修理してもらわないといけないからな」

「ソウデスネ。せっかくだからグラマラスな身体にしてもらいたいデス」

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