第7話陶器屋と大工②

 水を厨房に運び込むとベッドに寝ていた少女がモゾモゾと服を着込んでいるところだった。


「良かった、目が覚めたのね」


 アデリーが嬉々として声を掛けたが少女はアデリーに一瞥をくれただけで返事はしなかった。


「えっと……私はアデリーと言うの。あなたは?」


 もう一度話しかけて見たが、今度はあからさまに背を向ける。どうやら話しかけて欲しくないようだ。喜びが萎んでいくが、少女は病み上がりだし話したくない気持ちはわかる。疲れているのだろう。重い桶を端に下ろして、スカートに挟んで置いた貰い物の布を少女の傍らに置いた。


「これ、ダグマさんに頂いたの。私が使ったもので悪いけれど──顔とか洗いたいでしょう? 使って。私は──」


 そこで言葉を切って考えてから「そうね、ちょっとこのお城跡を見てくるわ。使えそうなお部屋を掃除したいし」と、この部屋から出ていく口実を口にし、厨房から逃げ出した。

 少女の拒絶を感じ取れないほど疎い人間ではなかった。これまで誰からも好意的に接して貰っていたアデリーにはショックだ。


(私、何を間違えたのかしら……もしかすると森に置いていったことを恨んでいるのかも。仕方なかったとはいえ、私だって見捨てられたと思うはずだし)


 せっかくミツバチが楽しそうに飛び交っていて、とても陽気な季節なのに、アデリーはどんよりした気持ちで隣の部屋を覗き込んだ。そこには整然と板が積まれていた。新しいものではないので、この城のどこかで使われていたものだろう。ダグマがきっと集めてここにストックしたのだと思われる。

 次の部屋は立派な製鉄用のかまどがあり、アデリーにもこの部屋が鍛冶屋のものだとわかった。もちろん使われていないので木の葉や入り込んだ砂であまりいい状態ではないが、掃除をしたら直ぐに使えそうだ。

 その次の部屋も形の違うかまどがあり、これは見たことがないので何をするためのものかわからなかった。


「部屋を物色してるのか?」


 マスのエラに指を突っ込んで運ぶダグマが階段を上がってきた。マスは迷惑そうに身体を揺らしている。


「はい。どこかお部屋をお借りしても?」

「ああ、この階より上がいい。上の上に状態がいいベッドが残ってる部屋がある。藁を詰めれば今夜から使えるだろう」


 それは気落ちしていた心を上向かせる程の朗報だ。長いことベッドで横になっていないので、今から楽しみだ。


「見てきます!」

「ああ、ついでに掃除してこい。いい部屋だったから使おうと思ってホウキが置いてある」

「え! それって……ダグマさんが使うお部屋だったら──」

「いや、その隣も悪くないからそっちを俺のにすりゃいい話だ。ついでに掃除しておいてくれ」


 そういうことならとアデリーは階段を駆け上がっていく。立ち止まったらまた闇に引き込まれそうだし、生きていくには足を止めてなどいられないのだ。生きてさえいれば家族と再会できる可能性がある。お互いに生きてさえいればもう一度会えるのだ。


(生きていれば……。死んだなんて嘘だわ。きっとミーナは気が動転するしていたのよ)


 自らに言い聞かせると、目の辺りをゴシゴシ擦ってから手すりを握り締め、階段を力強く上がっていった。

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