私はSNSでしこたま稼いで異世界の神どもに札束ビンタしたい!

ただの石ころ770

第1話、ニーチェは町に着く。

 いちばん儲かる商売ってなんだと思う?


 需要がなくならない飲食店やヘアサロン? 人間の底なしの欲望を潤す風俗業? 適当なTシャツに名前をプリントするだけで成金が大よろこびで買う高級ブランド店? それとも金に金を稼がせる投資家?


 ううん、どれも違う。


 この世界でいちばん売れるものは「情報」なの。


 もちろん価値ある情報なんて一握りしかないけれど、情報には他の商材にはない利点がたくさんある。


 情報はどれだけあっても倉庫をいっぱいにはしないし、高値で売れるタイミングが来るまでずっと寝かしておくこともできる。もちろん時間がたてば鮮度を失って無価値になってしまうこともあるけれど……。


 でもそんな欠点があったとしても、情報には他の売り物には絶対に真似できない特徴がある。それは、売り切れにならないということ!


 情報は、とある神さまが信者に配った5つのパンと2匹の魚のように、求める者すべてに行き渡る! 情報とは需要があるかぎりなんどでも売れる無限の商品なのだ!


 ……ただし、情報には致命的な欠陥がある。


 模倣だ。そう、コピー。情報はたやすくコピーされてどんどん転売されてしまう。増え続けるコピーは需要と供給のバランスをめちゃくちゃにして、あっという間にその情報の価値をゼロにしてしまう。


 でも、もし、情報の転売を防ぐことが出来たら?


 そしてその情報を管理して、必要な人に供給することで利益を得ることができたら?


 ――そう、みんなが知ってるあの超大企業のように。





 この世界に投げ込まれて10日目の午後。


 私を無事に町まで送り届けてくれた傭兵は、渡した銀貨を丁寧に数えるとこの四日間で一番いい笑顔になった。


「――銀貨40枚、きっちり8千AUオーラム。たしかに受領したぜ」


 熊のような傭兵――名前はジャンというらしい――は、私が渡した銀貨を懐に収めてから続けた。


「このまま大通りを行くとすぐにギルドが見えてくる。一番手前にある黒い屋根が冒険者ギルドで、その向かいにあるのが治療師ギルド、そこを通り過ぎて奥まで行くと魔術師ギルドだ。お嬢ちゃんの目的の商業ギルドはそのギルドの裏手あたりにあるぜ」


 ……やっとたどり着いた。


 日数にすると10日ほどだけれど、徒歩での旅は信じられないくらい長く感じた。突然この世界に飛ばされて右も左もわからずさまよい、モンスターに襲われたり川の水を飲んで体調を崩したり……。


 しみじみとしたものを感じつつ、私はさっきくぐった町の門に背を向けてこの町の大通りを眺めた。


 傭兵のジャンから聞いたところによると、この町は自由都市アアルトというらしい。古来から交易の町としてそこそこ大きな町だったのだけれど、百年ほど前に大きなダンジョンの入り口が見つかってからは飛ぶ鳥も落とす勢いで発展し続けているとのことだ。


 馬車がすれ違う石畳の左右には歩行者天国になっている広い歩道があって、街路樹も街灯もきちんと整備されている。さっと見ただけで豊かな町だと分かった。


「あれは……」


 雑貨屋らしき商店の看板に貼られた紙をみて、私は思わず声を出した。ちゃんとした紙だ。しかも手書きじゃない文字。おそらく、活版印刷。


 ということはこの世界は……元の世界の15世紀くらいの技術力はあるということ。蒸気機関車や電気はまだなさそうだけれど、それも時間の問題だろう。


 すこし拍子抜けしてしまった。この町にたどり着くまでに、モンスターやら魔法やらをたっぷり見せつけられたせいで、もっと血なまぐさい原始的な世界を覚悟していたから。

 

 文明の証にほっとしている私をみて、ジャンは勘違いしたようだった。


「店の売り子の募集か……。シケてやがるな。日給200AUぽっちか。やめとけ、探せばもう少しましなところがある」


 この世界のお金の単位はAU。ざっくりと計算すると1AUは10円くらいの価値だ。ジャンの言うとおり、お店の売り子を1日して2000円というのは割に合わない気がする。


「そうですね。でも誰かさんに大枚をはたいてしまったから、はやめに仕事を探さなないと」


 もちろん大枚とはジャンに払った雇用料のことだ。傭兵を4日間雇って8万円という金額が適正なのかは分からないけれど、彼を雇わなければ私はとっくに死んでいることだろう。


「その前に商業ギルドに行くといい。あいつらからかっぱらった武器やら防具やらを売れば少しは足しになるだろうよ」


 あいつら、とは旅の途中で襲い掛かってきた追いはぎどものことだ。4人組だったのにあっさりジャンひとりに撃退されて、がめつい私に身ぐるみはがされたというわけである。


「商業ギルドはそんなものまで買い取ってくれるのですか」


「おいおい、世間知らずな奴だとは思ってたけどよ……。一応、商家の娘なんだろう?」


「私の故郷では、小さな商業組合がギルドの代わりをしていたので……」


 私は10日ほどまえにこの世界にとつぜん飛ばされたばかりなのだから知るはずもない。かといって、異世界からきましたと説明するのも馬鹿げているから、私は野盗に両親を殺された異国の娘という設定にしてあった。


 実際、私が着ている服はそれなりの高級品らしいし、懐には15や16の小娘が持っているはずのない金がある。商人の娘というのは悪くないチョイスのはずだ。


「まぁ、言うまでもないことだが、愛想よく近寄ってくるやつには気を付けることだな」


 そう言われた私は思わずまじまじとジャンの顔を見た。ちょっと見かけないくらいの大男だから、170近くある私でもほとんど見上げるような形になる。


「考えてみれば、貴方もやろうと思えば私をだますことが出来たのですね……。気を付けるべきでした」


 たとえば人気のないところで私を刺し殺し、金を奪うとか。奴隷商人に売り飛ばすとか。


 ぶっ、と吹き出すジャン。


「おいおい! 神に誓っていうが俺はそんなことはしない。それに俺とお嬢ちゃんは最初に『秘跡文』を用いた契約をしただろう」


 契約? ジャンを雇うときにお互いにサインしたあの二枚重ねの羊皮紙のことだろうか? 


 私がきょとんとしていると、「はぁ~」とジャンはクソでかのため息を漏らして、契約書を出した。


「お嬢ちゃんは本当にどこから来たんだ……? 商売と黄金の神オーラムの名においてって書いてあるだろう。これがオーラムが人々に与えた『秘跡文』だ」


 オーラム……。商売と黄金の神にして、この世界の通貨の単位でもあるし、私をこの世界にほおりこんだクソったれのことだ。


 ――ああ、思い出すだけでも腹立たしい。いつかあのふざけたにやけ面をぶっ叩いてやりたい! あいつと同じ名前の金貨がずっしり入った袋で!


「お、おい、すげぇ目してるぜ?」


 はっとなった私はいつもの微笑を浮かべると小娘らしく首を傾げた。


「……その『秘跡文』というのは?」


「あ、ああ。神々が人々に与えた奇跡の文字だ。誰でも『秘跡文』は読めるし書ける。たとえ文字を習ったことのない小さな子供でもな」


「それは……すごいですね……」


「まさに神の奇跡だ。『秘跡文』を用いた契約を反故にすれば、神罰が下るんだからな」


 私はじぶんの分の契約書を出して目を通した。


 ――傭兵ジャンと商人の娘ニーチェ・ハウエルは以下の契約を交わし、『商売と黄金の神オーラムの名において』契約を履行することを誓う。


「神罰……? もし私が代金を支払わなかったりしたら、雷が落ちる……とか?」


 ジャンは一瞬だけ目を丸くしてから、はっはっはと愉快そうに笑った。


「どんな生き方したら15かそこらでそんな目になるんだろうかと思っていたけどよ、そんな顔もできるんだな」


 そう言われて私は自分の顔を触った。思ったよりむにむにしているけれど、変なところはないと思うの。たぶん。


「そんな変な顔をしていましたか?」


「変じゃないさ。年相応の顔だ。……話を戻すが、神罰はその契約の内容に応じて決まる。今回の場合なら銀貨40枚分の罰だな。雷がおちるほどのことじゃないだろう」


 8万円分の罰……。ううん、ぱっとは思い浮かばない。禁錮8日とか?


「たいしたことないような気も……」


 なんとなくそう言う私に、ジャンは肩をすくめた。


「まぁな。だがこの契約が恐ろしいのは、神罰だけじゃない。秘跡文を用いた契約を一度でも反故にすると、二度と秘跡文が書かれた契約書にはサイン出来なくなるっていうペナルティがあるんだ」


「信用を失うということですね……」


 ジャンはいつになく真剣な面持ちでうなづいた。


「そうだ。商人なら言わずもがなだが、傭兵も冒険者も食っていこうと思ったら信用は大事だ。信用を失ったやつに次の仕事を頼む人はいない。だからみんな秘跡文がある契約は必ず守ろうとする」


 ……神さまのお墨付きってことですね。


 と、その時、私の脳裏をかすめたものがあった。


 ――もし、秘跡文を用いた契約書に、転売や譲渡を禁ずると書いたなら……それは「転売できない情報」になるのでは?


「ジャン!!」


 ずいっと詰め寄った私に驚いて、ジャンが一歩後ろに下がる。


「な、なんだ?」


「この町に情報屋はいますか?」


「いないことはないと思うが、情報の買い取りは各種のギルドもやってる。売りたい情報や知りたいことがあるならギルドに行けばいい」


「ギルドが情報屋を兼ねているのですか!?」


「そうだ。例えば珍しいモンスターをあの森で見かけたとか、そういう情報なら冒険者ギルドで買い取ってもらえるし、機密情報以外だったら無料で教えてもらえる」


「そうなのですか……」


 この町で情報屋をやってみようと決めたとたん出鼻をくじかれてしまった。ギルドは巨大な組織らしいから、資金も潤沢だろうし、個人の情報屋がそのシェアを崩すことは難しく思える。


 思わず肩を落とした私に、ジャンは思わぬことを言った。


「でもギルドに情報を売るってのはな、ほとんどボランティアみたいなもんだ。ギルドは会員のために無料で情報を提供しているから、情報の買い取りも安い。本当に金になる情報を売ろうってやつは少ないだろうな」


 ……それなら行ける……かも!?


「ありがとうございます、ジャンさん。ギルドに行ってみようと思います」


「おう。俺はしばらくこの町を拠点にするつもりだから困ったら尋ねてくれ。籍は冒険者ギルドにおいてある。……じゃ、元気でな」


「ジャンも!」


 私は傭兵に手を振ると、大通りの奥へと向けて一歩を踏み出した。ジャンの話のとおり、すぐに黒い屋根が目印の冒険者ギルドが見えてきたけれども……。


 冒険者……。モンスター討伐の依頼をうけたり、新天地を探索したり、金銀財宝のトレジャーハントを生業にする者たちのことだ。


 ……うん、私に冒険者は無理ですね。


 だって私のステータスは……。


 私はこの町に入るときに発行された身分証明書を見た。軽い合金製の名刺ほどの大きさのカードには、以下のように書いてある。


名前:ニーチェ・ハウエル

種族:人間

性別:女

年齢:16

職業:商人


 ここまでは普通。問題は裏側なんだけど……。


レベル:1

HP:4

STR:1

DEF:1

AGI:1

DEX:4

INT:10


 なんて見事なクソステなのでしょう! 設定した人はいますぐ自害するべきなの!


 神の嫌がらせなんじゃないかと思ったけれど、町の入国審査官は「ずいぶんとINTが高いですね!」と驚いていた。むしろ町娘としては良いほうらしい。


 でもそれはいい。本題はさらにその下。


 所持スキル:SNS付与・管理(Ⅰ)


 入国審査官は「国から貸与された名鑑にもないスキル」だと言っていた。でもそういう正体不明のスキルはそんなに珍しくないみたいで、それ以上追及されたりはしなかったけれど。


 ――でも私はこのスキルの正体を知っている。

 

 剣と魔法が支配するこの世界で、なんて場違いなスキルなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る