第36話 沸点

「ギル。ボク、何日か出かけてくるね」


 リューヤの調査を開始してから3日目の朝。

 身支度を済ませ、おんぼろツリーハウスを降り、アカデミーに向かおうとするギルに突然クロベエが告げた。



「え? 急にどうした?」


「うん、確証が得られてないから、まだ言えることは無いんだけど、リューヤの件で気になることがあってね」


「そっか。わかった。気をつけていってこいよ」


「わかってる。あ、そうだ。言い忘れてたけど、一つ約束して欲しいんだ」


 真剣な眼差しがギルを射る。

 こんな時のクロベエはおちゃらけは一切なしと言うことを、今までの付き合いで理解していたギルは、黙って言葉の続きを待った。



「ボクが戻ってくるまで、リューヤとは戦っちゃダメだよ。今やったら、きっとキミは負けると思う」


「何だと? どうしてそんなことがお前にわかるんだよ」


「わかる……って言うか予想だけどね。別にキミの方が弱いって言っている訳じゃない。今のまま決闘デュエルが始まっちゃうと分が悪いだろうって話」


「……訳わかんねーんだけど」


「いいよ、それでも。とにかくボクが言いたいのは準備が大切ってこと。だから、それまでは何があっても堪えて欲しい。キレて悪目立ちなんてしちゃったら相手の思うツボだよ。ボクたちは事を成すためにレイアガーデンに潜入したことを忘れないで。いいねギル?」


「ん……お前がそこまで言うなら、戻ってくるまで我慢するけどよ」


 釈然としない思いに駆られるが、これまでにもクロベエの知略に何度も救われてきたことを思い返し、ギルはしぶしぶと言った表情で頷いた。



「じゃあ、ボク行ってくる。いいかい、くれぐれも早まらないようにね」


「あぁ、わかってるっての。お前も気をつけてな」


 言って、クロベエの肉球と拳をグッと合わせる。

 それからふわりと浮いたクロベエは、太陽から遠ざかるように西へと飛び立って行った。


 急にいなくなるとこんなにも静かなのか、とギルは思う。



「さてと。んじゃ俺は俺で、頑張りますか」


 ひとり言を口にしてから、一つ大きく伸びをする。

 そして、ギルはいつものようにレイアガーデンへと向かうのだった。





 登校中。まだ朝日が低く、おぼろげな光が降り注ぐ中。


 いつものように鼻歌を口ずさみながら元気に歩いていると、なぜか空から大量の矢が降ってきた。



「ぬおっ! なんだなんだ! あっぶねぇーっ!」


 完全に油断しきっていたギルは、かなり不格好な体勢ではあったが何とか全ての矢を避けきった。



「何なんだよ、ったく。クソしょーもねぇいたずらをするヤツがいやがんな」


 ブツブツと文句を言いながら、再び歩みを進める。


 しかし、案の定とでも言うべきか、やはり普段では考えられないおかしな出来事が次々と押し寄せてきた。


 両側には小さな花が点々と顔を覗かせているだけのあぜ道を歩いていると、今度は突然地面が爆発を起こした。



「……殺す気かっての(怒)」


 危険を察知して、爆破地点を迂回したため助かったが、まともに巻き込まれていたらただでは済まなかっただろう。


 そして、次は渓流に架かる橋を渡ろうとした時。


 まるで暴風を固めたような激烈な突風に、いきなり背中をグイと押されて谷底へと落下。


 激突する寸前に風魔法を川面に向かって放ち、落下の衝撃を相殺。

 何とか事なきを得たものの、一歩間違えれば死んでいてもおかしくはなかった。



「だから殺す気かああああああ!!(超怒)」


 渓谷で叫ぶギル。

 その叫びは虚しく谷底に響き渡っていた。


 結局、一限には間に合わず、アカデミーに到着したのは二限が始まる前の休み時間だった。





「――ってことがあったんだよ」


 椅子に寄りかかって、後ろ脚だけでバランスを取りながらギル。

 その目の前にはブルートとロビン。


 珍しく怒りを滲ませながら教室へ入ってきたギルの様子が気になったのか、いきなり始まった愚痴を聞いてくれていた。



「ふぅむ、それは穏やかではないな。さすがにやり過ぎとも思える」


 ロビンが言うと、ブルートも同調し肩を震わせていた。



「リューヤの野郎、マジで頭イカれてやがるゼ。なぁ、もう待つ必要なんてねぇンねぇのか? ギルもこんだけムカついてンだから、今から行ってやっちまおうゼ」


 本日も相変わらず暑苦しいブルート。



「まぁそうなんだけど」と前置きしてギルが続ける。


「クロベエから、戻ってくるまでリューヤとはやり合うなって言われちゃんたんだよな」


「黒猫が? そういやアイツ、今日はいねぇのか?」


 いつもはギルの肩か、その周りをふわふわと浮いているクロベエの姿が見当たらないことに二人は気づく。



「そ、気になることがあるから出かけてくるって言ってた」


「そりゃまぁ結構だけどヨ。目的は何だろうナ?」


「よくわかんねぇけど。確か、今リューヤとやっても分が悪いとか何とか」


「分が悪い……どういうことだ?」


 二人して「う~む」と、腕組みをして考え込んでしまう。

 話を聞いていたロビンも思いに耽った様子だったが、二人よりも先に何かを思いついたのか、杖でコツンと床を叩いてから考えを口にする。



「クロベエが言っていたことは我も分からぬが、隠密に長けたあやつのことだ。我らの知らぬリューヤの秘密の糸口でも見つけたのかもしれぬな」


「秘密の糸口、か。まぁ、あの普段ふざけ散らかしているクロベエが真面目に任務を遂行しようとしてんだ。もう少しくらい待ってもバチは当たんねーだろ」


「うむ、我も賛成だな」


「ふん、オリャ釈然としねぇけどナ」


 その時、教室の片隅で話し合う三人の様子を、ドアの陰からそっと見つめる何者かがいた。


 ギルがその視線に気づき目を向けるが、すぐに隠れて確認することはできない。



(ったく、回りくどいことしやがんな。ブルートの言う通り、とっととケリつけられりゃいいんだけど)


 次第に過激になってくる嫌がらせにも大して動じる様子がないギル。

 だが、気づかないだけで苛立ちは明確につのっていたのだ。


 怒りと言う名の歪みは日増しに膨らみ続けていく。


 それは針で刺せば一瞬で暴発してしまいそうなほど。

 大きな危険を孕むまでには。




>>次回は「ミーナ、頑張る!」と言うお話です!

――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


とうとう我慢の限界が近づいてきた様子。

これはそろそろ一波乱ありそう!?


次回もどうぞよろしくお願いします(,,>᎑<,,)

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