元々犯人が憎いとか正義感に突き動かされたとか、そういう理由では煌月は動かない。謎解きを楽しむような感覚も無い。今回の事件は自身が当事者であり、安全確保の面も大きかった。そしてどのような形にせよ事件に関わった以上は、中途半端な事はしない。人の人生に関わる話だ。そこに妥協は無い。

「最後にもう一つ。事件を起こした動機は何だったの?」

「考え方は人それぞれです。全く違う価値観を持つ人はいます。他者が自分勝手だと断罪しても、そんなことで人を殺すのかと否定されたとしても。本人からすれば全く違う認識ということがあります」

 煌月はそう前置きした後、警察から聞いた事件の動機をゆっくりと話した。

「動機は子供時代のコンプレックスに起因する、ある種の復讐といえるものだったそうです。

 主犯である鷲尾は幼少期から真面目な性格だった。大人になった時の為にと、小学一年生の時から毎日勉強を頑張っていた。しかし中学になると、毎日勉強しても成績が思うように伸びない。家庭の経済環境はごく一般的だったのですが、学習塾に通わせる余裕はなかったそうです。それでも遊び回ることもせずに必死に勉学に励んだ」

 真面目が服を着て歩き回っているようなガリ勉。そんな風に言われる程、鷲尾は不良から遠い存在だった。これは鷲尾の過去を調べた警察官から聞いた話だ。

「しかし鷲尾は苦しんだ。部活をやらずに真面目に毎日勉強を続けているのに、思うようにテストの点が取れなかったそうです。

 家庭教師を雇える家庭の同級生にテストの点数で勝てない。運動部で自分よりも明らかに勉強時間が短いのに、テストの点は何故か自分よりも上という同級生も何人かいた。内申を加味しても、トータルの成績でどうしても勝てない。しかもそういう生徒に限って容姿が良くて女子にモテる」

「それは思春期の男子にしてみれば、相当ストレスが溜まってしまうな。私も幼少期は覚えがあるよ」

 霧部が穏やかなトーンで入ってきた。

「それだけでも辛いのに、鷲尾は同級生から成績の事で馬鹿にされ続けた。あんなに勉強しているのに、あんまり勉強していない人よりも成績が低い。それはお前の頭が悪いからだとね。

 当時は相対評価といって、他の同級生と比べて成績をランク付けするシステムが主流だったそうです。これには各ランクに人数制限があるんです。同じくらいの成績の生徒が同じクラスに固まっていると、ランクが下がることがあります」

「生徒の能力が正しく評価されないという問題点がある。これは以前から言われていたことてね。今は絶対評価という、他者と比べずに基準を設けて機械的に成績を付ける方式が主流になっているんだ」

 相対評価という言葉が聞き慣れていなさそうなルナアリスに、霧部が補足を加えた。彼女の表情から曇りが消えた。

「その時に鷲尾は頭の良さというものにコンプレックスを抱いた。見返してやりたい一心で、進学はレベルの高い進学校を選ぶ。しかし第一志望は落ちてしまい、滑り止めに受けていた別の高校に進学する。散々馬鹿にしてきた同級生は、全員志望校に進学した。このことがコンプレックスを更に大きくした」

「多感な時期に学業での挫折は、将来に大きく影響を及ぼすものだ。私も教育学の分野で教授をしているから、その辺のことは良くわかる」

 霧部は教育学の研究をしている大学教授である。

「高校でも同じような事が起きました。中学よりも更に難しくなった教科に、中々追いつけなくなったんです。どんなに真面目に勉強しても、毎日机に齧りついても、またテストの点数が伸び悩む。

 偏差値が高い訳でもない普通科の高校なのに、同級生には塾通いや家庭教師付きが多かった。文武両道の天才肌と呼ばれる生徒も多かったらしい。碌に勉強もせずにいつも遊んでいるような生徒にも、テストの点数の順位で負け続けた。

 高校は絶対評価で、成績だけ見れば最上位。しかし個人で比べればそういう生徒よりも劣っている。その事実が行き場の無い不満として溜まり続けた」

「毎日頑張ったんだし、成績も最上位なら成果は出ていると思うんだけどなぁ」

 ルナアリスは不思議そうに煌月を見遣る。

「親御さんと教師がどういう対応をしたのかは分からない。だが、恐らく強いストレスが恒常的に掛かっていたと思われる。こういう状態の生徒は、学習効率や集中力の低下が起きる事が解っている。更に努力と成果が釣り合っていないと感じると、心理的な負担が増大し負の連鎖が始まっていく」

「最悪の場合は自殺か不満の吐き出す為に犯罪に走る。しかしこの時点ではそうはならなかった。中学の時と同じですよ。一流の大学に進学して見返してやろうと、勉学に励み続けた。しかしまたしても受験では第一志望に落ちた。滑り止めの大学には受かったのでそこに進学しました。ルナアリスちゃんは現地で聞きましたね。工学部の機械工学科です」

「うん、覚えている。卒業後にプログラミングを学んで今はシステムエンジニアだって言ってた」

「その辺は事実です。根は真面目な性格なので、大学でも問題を起こさなかったし、就職先でも真面目で信頼されていたようです。鷲尾はIT技術が革新の波の中に入る前に、システムエンジニアになっていました。目覚ましい発展を遂げる最前線にいたのです。技術者を取り合う程に熾烈な開発競争の果てに、鷲尾が勤めていた企業は敗北してしまう。

 その際に技術者達は連帯責任を取らされた。鷲尾は開発部の主任の立場だったこともあり、半ば難癖をつけられるような一番重い処分を受ける。結果的に解雇にはならなかったものの、雑用や面倒事を押し付けられるような仕事の毎日が訪れた。その企業は規模を縮小し、勝者の傘下に入って存続するのですが鷲尾は思った。

 結局ここでも自分は敗者。給与明細を見返せば、苦労に見合う賃金など一度も受け取っていない。その上少ない賃金は更に目減りしている。この革新の中での勝ち組は、有名な一流大学を出た者ばかり。学生の時も社会に出ても報われない事ばかり。

そこで遂に限界が来てしまった」

「挫折を繰り返しても折れなかった彼は、溜め込んだ不平不満を押さえつけることが出来なくなり、押しつぶされたのだな」

 霧部が険しい顔で漏らした。

「鷲尾の怒りのターゲットは医者の瀬尾田さんに向きました。瀬尾田さんは恐らく覚えていなかったでしょうが、鷲尾の高校時代の同級生だったらしいんです。当時成績の事で自分を馬鹿にし続けた奴の一人だそうです。

 医学部に進学し、父親の大病院に勤め、雑誌では外科手術の腕が良い先生として紹介されている。だから許せない、復讐してやると考えた」

「瀬尾田さんと繋がりがあったんだ。でも待って、他にも殺した人がいるのはなぜ?」

 ルナアリスは小さな唇を人差し指で軽く叩いている。

「頭が良いのを自慢したりする奴が許せない。そういう思考になってしまったんです。だから高校生クイズ甲子園で優勝した生徒を呼び寄せた。謎解きクリエイターの竹山さんと、高学歴であることを理由にテレビに出演した氷川さんも許せない。法学部ではないのに司法試験に受かった女子大生、イギリスの名門校を十歳で卒業した帰国子女も腹立たしい。

 聞けば警察に協力して不可解な事件を解決している探偵がいる。さぞや頭が良いのだろう。コイツも腹立たしい。どこで知ってどうやって調べたのかは知りませんがね。最早執念どころではないです」

「……私も殺しのターゲットになっていたってこと?」

「最初はそうだったようですね。ただこんな小さな子供に手を掛けるのは、流石に気が引けると当日に対象から外したそうです。元々消去法で犯人が絞られる状況なので、半数の八人を殺す予定でした。実際は共犯の村橋のトラブルと、心理的な負担が想像よりも大きかったことから、六人で辞めたようです。瀬尾田さん以外のターゲットは当日の部屋割りを確認して決めたと言っています」

 ルナアリスは胸に手を当てて大きく息を吐いた。

「あれ? 村橋さんが共犯になった理由は?」

「詳しくは聞きませんでしたが、村橋の父親が最近亡くなったんです。その父親が親戚の借金の保証人になっていたようでして、その肩代わりをさせられたと言っています。桁が大きくて、モデルの仕事だと返済が厳しい。そう言ったら肉体関係を迫られたと。体を売ればすぐに返せるし、客を紹介すると持ち掛けられたようです」

「むっ、これは女の敵の予感がするよ」

 翡翠の瞳に怒りの色が加わった。

「そういうのは嫌だから何とか金を集めようと、所謂闇バイトに手を出したみたいです」

「最近問題になっているな。楽に稼げると謳っているが、実際は犯罪行為を強要し、断ると脅迫をするんだとか」

 テレビのニュースでも取り上げられることが多い。余談だが煌月が黒幕の特定に協力した事件があった。

「そうそれです。一件目で鷲尾の所に当たり、事情を聞いた鷲尾は村橋にこう持ち掛けました。その親戚を誘き出して一緒に殺してしまおう、と。元々はバスの手配とか道具の調達とかをやらせる為の募集だったようです。ま、当日は村橋が足を引っ張るような形になったみたいですけどね。そもそも人違いだったようですし」

「人違い?」

「大宮小次郎さんですよ。信じられないかもしれませんがその親戚、名前が大宮光次朗こうじろうと似ているんです。しかもすぐ近くに住んでいたことから、間違ったらしいですよ。実際に呼ばれてきた方の大宮さんは全くの無関係。当日顔を合わせて、自己紹介した時に人違いだと気付いたんです」

「え~そんなことある?」

 ルナアリスは眉を顰めた。

「そんなことがあったんですよ。午前中に来た大宮さんも当然驚いていました。人違いということで大宮さんは殺しのターゲットから外れました。ちなみに羽田さんは数合わせで呼んだと言っています。瀬尾田さんを調べていた時に、偶々羽田さんが所有するマンションの近くを通った。その時に、このマンションのオーナーでも呼んでみるかと。勿論殺す予定はありませんでした」

「計画的な割には適当だな。その羽田という男は本当に運が悪い。いや、殺された者全員がそうだが」

 理不尽に巻き込まれたとしても、生き残った者と殺された者に分かれてしまったのだ。言うまでもないが一番悪いのは羽田の運ではなく、実際に人を殺した鷲尾で二番が共犯の村橋である。

「実は私も狙われたんですよ。瀬尾田さんの次が私でした。ドアの開錠の仕掛けで五番の部屋に鷲尾と村橋が侵入したようです。あの晩は妙な胸騒ぎがしたので部屋ではなく浴室で夜を明かしました。それで無事だったんです」

「相変わらずだな煌月。いや、事件が起きた日は満月の夜だったようだから当然か。その日はまるで月の魔力が加勢しているかのように、犯人には逆風が吹く」

 それは説明が付かないオカルト。あるいは理屈では白黒付かない不可思議な現象。月は煌月の運命の天体であり、満月の時に干渉を始める。今回もそうだった、というただそれだけの話。

「一通り話し終わりましたが他に疑問点は?」

「えっと……いや無いよ。お話してくれてありがとう」

 煌月は大きく息を吐いた。事件の話を他人にするのは、二回目とはいえ神経を使う。

「で、次は教授のご用件を伺いますが、その前にお代わりを頼みましょう」

 ドアの向こうに張り付いていたとしか思えない絶妙なタイミングで、執事が飲み物の追加を持って入室した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る