「ではお聞きします。まず一番の部屋はどなたでしょうか?」

「一番の部屋はアタシよ」

 村橋が小さく手を上げた。

「昨晩何か気が付いた事はありますか?」

「別に何もないわ。昨日は久しぶりにお酒が進んじゃってすぐ寝ちゃったしねぇ」

「皆さん結構飲んでいましたね」

「そうねぇ。ちょっと高めのワインがあったし、ウイスキーとか焼酎とか色々あったからねぇ。勿論ビールも。あれをご自由にどうぞって言われたら、そりゃ飲み過ぎちゃうわよ」

 豊かな胸を押し上げるように腕を組みながら村橋は答えた。その隣で氷川が何度も首を縦に振った。

「何時頃寝たか覚えていますか?」

 村橋は少し思い出そうとしたようだが結局分からないのか、

「ちょっと覚えていないわ」と答えた。

「……深酒するとそうなりますか」

 煌月は手帳への書き込みの手を止めた。

「そうだ、皆さんの飲み会は何時頃までやっていましたか?」

「あれは……九時くらいまでだったわよ。ねぇ?」

 隣の氷川が首肯した。

「ありがとうございます。二番の部屋は被害者の北野さんですので、次は三番の部屋の方お願いします」

「三番は俺だな。俺は昨日飲みすぎちまって、いつの間にか部屋で酔い潰れててよ。探偵さんと廊下ですれ違った覚えはあるんだがなぁ。他の奴が騒ぎ出すまで寝てたから分かんねぇや」

「ええ、大宮さんがビールとおつまみを持って部屋に行く時、確かに会いましたね。時間は十時半くらいだったかな」

 昨晩の事なのですぐに思い出せた。

「俺が思うに寝ちまったら隣の部屋でも、相当大きな音とか振動とかが無いと気が付かないと思うぞ。特に酔い潰れたオッサンなんかはな」

 自虐気味に大宮は笑った。煌月は「確かに」と同意して手帳への書き込みを続ける。

「次は四番の部屋の方お願いします」

「拙です。特に気が付いた事はありませんね」

 四番の部屋は少し顔色が悪い佐倉だ。

「事件が発覚して騒いだ時に部屋から出てきましたが、その前に部屋の外に出たのは何時くらいだったでしょうか?」

「正確には覚えていないですけど、少なくとも九時半くらいからは外に出ていないかと。疲れちゃって十時過ぎに寝ちゃったんですよね」

「そうですか。確かに頭を使うと疲れますからね」

 煌月は内容を手帳に書き込んでいく。

 次は、と煌月が言いかけるよりも僅かに早かったのはルナアリスだ。指先で唇を小さく叩いている。

「五番の部屋は煌月さんだよね」

「ええそうです。昨日はなんだか嫌な感じがしたので、部屋で眠らず浴室で寝ました。時間は十一時十五分くらいだったかと」

「それは本当なんですか?」

 氷川は驚いた顔だ。

「ええ。虫の知らせというか、時々あるんですよね。まさか殺人事件が起きるとは思いませんでしたが」

「探偵の本能か何かなのか?」

「そうかもしれませんね」

 半笑いの鷲尾に真面目な顔で返す。

「よって昨晩客室で起きていた事件に関しては、特に情報はありません」

 煌月は少しの間他の参加者の様子を窺う為に口を閉じた。特段おかしな反応が誰からも出なかった事を認識すると、聞き取りを再開した。

「次は六番の部屋ですが」

 氷川が細くて色白な手を挙げた。

「昨晩は解散した後シャワーを浴びてすぐに寝ましたよ。時計は見ていませんでしたけど、特にやることもなかったので九時半時くらいにはベッドに入ったかと。深夜の事は寝ていたのでわかりません」

「そうですか」

 煌月は残念そうな顔をすることもなく手帳に書き込みを続けている。

「七番はルナアリスちゃんだね」

「うん。昨日は九時前くらいからずっと部屋にいたよ。寝たのは十一時くらいだったんだけど、これといって気が付いた事はないよ」

「ちなみに寝るまでの二時間、何をしていたか聞いてもいいですか?」

「持ってきたミステリー小説を読んでいたんだ。移動中に読んでいたんだけど、中途半端な所で着いちゃったんだ。だから読み終わってから寝ようと思って」

「読んでる途中の本が気になるのは私も分かります」

 共感しているようなセリフだが、無表情の顔が寧ろどうでもよさそうな印象を与える。

「次は八番の部屋ですが被害者の羽田さんの部屋でしたね。次は九番の部屋の方お願いします」

 鷲尾が手を上げた。

「昨日は十時には寝ていたな。だから何もわからん」

「十時頃に就寝ですね」

 手帳に書き込むがすぐに手が止まる。

「十番の部屋は瀬尾田さんの部屋でしたので次は十一番の部屋の方お願いします」

 竹山が手を上げた。

「十一番は僕だよ。昨日は十一時半くらいまで北野君の部屋にいたんだが、それ以降は朝まで部屋から出ていない」

 煌月の右手が動きを速めた。

 北野さんの部屋に缶ビールの缶が残っていた理由が見つかった。

「その時のことを詳しく話してもらえますか?」

「十一時半くらいまで北野さんとバックギャモンをしていたんだ。最近嵌ってしまったものでね、一セット持ってきていたんだ。昨日食事の時に話してたら、北野さんがルールを知ってるみたいなのでやろうという話になって」

 竹山さんは確か昨日の夕食時は男子高校生組と一緒だったな。

「佐倉さん、昨日竹山さんと夕食を食べてましたよね? 今の話は本当なんですか?」

 煌月の質問に佐倉はすぐに、

「本当ですよ。誠也はボードゲームが大好きで、竹山さんとその話で盛り上がってました」

「他の二人は一緒じゃなかったんですか?」

「拙達の中でバックギャモンが出来るのは誠也だけなんです。教えようかとも言われたんですが、拙も涼介もちょっと疲れたからまたの機会にって」

 煌月は「そうだったんですね」と相槌を打ちつつ手帳への書き込みを続ける。

「つまりお開きになって自分の部屋に戻ったのが、十一時半だったということでよろしいでしょうか?」

 煌月の確認に竹山は「そうです」と頷いた。

「殺された瀬尾田さんの隣ですけど、何か気が付いたことはありますか?」

「……いや、日付が変わって一時くらいまで起きていたが特には何も」

「他の人に比べれば随分夜更かししていましたね」

 煌月は表情を変えずに素早く追加の質問を投げる。

「疲れて部屋に戻ったんだけど、負け越したのがすごく悔しくてね。そのせいで眠れなくなったから一人でやっていたんだ。それで気が付けばそんな時間になっていた」

「熱中してしまう気持ちは私も分かります。ただ、バックギャモンを一人でやるというのは引っ掛かりますが」

「戦略の研究とかそんな感じだよ」

 機嫌が悪そうに返す竹山に煌月は、

「成る程。負けっぱなしが悔しいのはよく分かりますよ。私も将棋でムキになった経験がありますので」

 共感しているようだが表情が変わらないのでセリフと合っていない。

「次は十二番の方お願いします。宝条さんですね?」

「……はい、私です」

 弱々しい声で宝条が返事をした。

「昨晩何か気が付いた事はありますか?」

「夜中、何度か目が覚めたけど……特に無いです」

「何時頃寝たか覚えていますか?」

「……あんまりよく覚えていないかも……。そんなに夜更かししてなかったと思うけど」

「そうですか」と煌月は手帳に書き込んでいく。

「もう一つ、宝条さんは早朝の五時頃厨房で私と会いましたよね? 自室から出た時に羽田さんの死体には気が付かなかったんですか?」

「気が付きませんでした。廊下の奥の方は……見なかったし……」

「隣の部屋なら兎も角、普通は廊下の奥に死体があるなんて思わないじゃない。気が付いていたらもっと早く騒いでいた筈よ」

 曽根森が強めに割り込む。

「確かにそうです。次は十三番の部屋、曽根森さんですね? 昨晩の事をお願いします」

「……私も寝たのは十時くらいだったと思う。騒ぎが起きるまで寝ていたから、何も知らないわよ」

 先程よりも機嫌が悪くなったのか語気が強くなっている。

「皆さん大体同じような話か。十四番は村上さんで十五番は甲斐さん。十六番は木村さんで被害者の方達ですね」

 煌月は書き込みを終えて手帳を閉じた。

「皆さんが寝静まった後の犯行ならこんなものでしょう。アリバイで絞れない時間帯ですしね。皆さん、ご協力ありがとうございました。私はこれから被害者の部屋を調査します」

「おう、そっちは頼むぜ。天才少女もな。こっちはなんとしても出口を見つけるからよ」

 大宮のやる気は十分のようだ。その彼に出口探索組が続く。

「ああそうだ。脱出口は客室や客室がある廊下の方にはまず無いと思います。あそこは谷に迫り出しているようなので、構造的にそこには存在しないでしょう」

「成る程、分かりました」

 竹山の目に本能的な鋭さが光る。

 宝条を除く九名がそれぞれ行動を開始した。

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