「出かけますね。屋敷を宜しくです」

「いってらで~っす」

 開催日は招待状を受け取った日から一週間後だった。招待状に同封されていた案内に従って会場へ向かう。移動は電車。忙しくホームを出入りする都内の路線から、空席が目立つ静かなローカル線に乗り換える。一人で二座席を占拠する煌月に文句を言う乗客はいない。そもそも煌月と佐間が乗り込んだ車両に他の乗客はいなかった。

 他愛もない話をしながら目的の駅に停まるのを待つ。車内は冷房が効いているので居心地は良い。

「次の駅だな。最寄りの駅から降りた後、迎えの者と合流する予定だ」

 次の停車駅のアナウンスが流れた。二人は慌てる事なく涼しい車内から降りた。自動改札を通り駅の外へと出れば、容赦の無い夏の日差しが刺さる。地上を灰にする気なのかと言いたくなる程に日差しは強い。雲はとっくに逃げ出してしまったらしく、天空には青色が敷き詰められていた。

 煌月は鼠色のシャツとズボン。トランクケースを左手に持ち、右手は自然に垂らしている。トランクケースは普通の大きさだが、本人が大きすぎるので相対的に小さく見える。

 佐間は黒のトップスに着古したジーンズ。野球帽を被り所持品はスマホと財布だけ。両手をポケットに突っ込んで駅舎を眺めている。

「思った以上に僻地だなぁおい。利用客なんてさ、一日に数えるほどしか来ないんじゃないかと思っちまうよな」

「そうかもしれませんね」

 煌月は駅舎を眺めている。周囲を森に囲まれている小さな駅。自動改札機は比較的新しいようだが、駅舎自体は古い。独特の味がある佇まいだ。

 無人駅なのか駅員の姿が無く売店は無い。来るかどうかわからない客を待つジュースの自動販売機が、屋根の下に二台並んでいる。

 電車の走行音が離れていった後は、虫と鳥の声しか聞こえない。煌月と佐間以外の人類が消えてしまったかのように、人の気配が感じられない。

「にしても暑いな。ここ三週間、全国的に雨が降っていないって話だぜ。ダムの貯水量は大丈夫なのかねぇ」

 佐間がぼやいた。湿度が低くて蒸している感は無いものの、突き刺すような暑さは引く気が無い。風が殆どなく体感温度が高い。

「ニュースになっていないようですし、まだ大丈夫なんじゃないですか」

「だといいがねぇ。節水要請とかやめてくれよ」

 佐間の頬に汗が数筋流れた。煌月は平気そうな表情でハンカチを取り出し、何度も顔を拭いている。

「一応事前に調べたんだがな。この辺りはバブル経済の時に大規模開発が計画されていたらしい。崩壊に近い時期に手を付け始めたようで、半端に土地を切り開いたところで計画は頓挫。ま、割と聞く話だな。

 現在は避暑地としての別荘が何件かと、それなりの規模のキャンプ場がある。高校の運動部が合宿に使うような施設もあるみたいだし、過疎地なりに何とかやっていけてはいるようだぞ。特にキャンプ場は昨今のアウトドアブームもあるしな」

 駅舎近くの案内板には周辺の簡易的な地図が載っている。いくつかの施設も書かれていたがメインはキャンプ場の情報だ。

 それによるとこの辺り一帯は山と森林が広がっていて、キャンプ場の近くには川と湖がある。川を示す青い線は山の上の方から引かれており、途中で枝分かれしている。源流は原生林の奥の方だ。

「多分あれじゃないか、行こうぜ」

 マイクロバスが一台、駅舎に頭を向けて停まっているのを佐間が見つけた。二人はそのマイクロバスに向かっていった。足が長い分煌月の歩く速さは早い。

 近づいてくる二人に気が付いたのか、運転席から一人降りてこちらに近づいてきた。顔がハッキリ見える位置に来ると、六十歳前後の年配の男だと分かった。スーツをキッチリと着こなす彼は、革靴を履いた足を真っ直ぐに進めている。

 都会の街中によくいるような勤続年数の長い会社員、か。

「すみません、リアル脱出ゲームの招待状を受け取った者ですが」

「五鶴神煌月様でしょうか?」

「そうです」

 事前に特徴でも聞いていたか。私は目立つ体をしているからな。

「お連れの方は佐間健人様でしょうか?」

「そうだけど」

 案内人の男は少し口角を上げた。

「お待ちしておりました。五鶴神様はあちらのマイクロバスで会場までお送り致しますので、どうぞお乗りになってください。それと佐間様にお渡しするように仰せつかっている物がございます。」

 淀みなくハッキリと案内すると、男は内ポケットから厚みのある茶封筒を一つ取り出した。

「お約束の報酬でございます。交通費も入っているとのことです、ご確認ください」

「おっ、待ってましたよ~」

 佐間は調子良く茶封筒を両手で受け取って中身に手を入れた。帯留めされた一万円札の束が一つと一万円札が二枚、顔を見せた。

 隣で見ていた煌月は表情を変えずに、

「百万円の話はマジだったんですか」と札束を見遣る。

「煌月君を連れてくるだけで札束一つ、経費は別払い。こんな美味しい依頼はそうあるもんじゃねーぜ」

 ご機嫌な佐間は受け取った茶封筒に報酬を戻して大事そうに懐に仕舞った。ちなみに煌月の交通費は佐間が立て替えている。恐らく煌月の交通費も含まれているのだろう。

「ちゃんと受け取れたようでよかったですよ。それでは私は行きます」

「おう。そっちも上手くやれよ。依頼完了、報酬は確かに受け取りましたっと。俺は引き上げるぜ。あと十五分くらいで帰りの電車が来るからよ」

 佐間は安物の腕時計を見遣る。時刻は午後二時を回ったところだ。

「帰りに落とさないようにしてくださいよ」と、マイクロバスへと歩き始めた。

「おう。追加賞金、全部掻っ攫っちまえよ」

 煌月は佐間に背を向けたまま右手を上げた。

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