……、
自宅に戻り、電気をつけるとキーを放り投げた。ジャケットを脱いで、ソファに腰掛ける。身体のチェックをしたが、大した怪我はしていない。
もし攻防に失敗して小橋の前で出血でもしたら、元アタッカーどころの話ではなくなる。大事にならなくてよかったと思いたいがそうもいかないだろう。
少し迷ったが、今日のことは念のため報告しておくべきだと思った。意識的に連絡を取るのを控えていた相手だが、彼はアンドロイドについて調べているのだ。致し方ない。
端末を操作し、該当の名前を表示させた画面上を指で掴んで放つ。目の前に"琴平"の名前が浮かんだ。通信タブを押す。
コール……、
……、……、……、……、……
気配を感じた。
第一声に何と言えばいいのかわからない。緊張していると今気づいた。
「おれだ」伊野田はようやく告げた。声色が低くなる。
「……、」
「なんか言えよ」眉根を潜めて続ける。
「……、なにをしでかしたのかね?」
「失礼な。久々なのに開口一番がそれかよ」
「……」
相手の無言の圧を察し、伊野田は白状した。
「ああ。ちょっと問題に遭遇した」
「遭遇。何にだね?」
「恐らくアンドロイド」
そう告げると、電話の相手は三度無言になった。それが呆れや怒りを含んでいるものであると安易に想像がついた。伊野田は額に手を当てた。
「君という奴は。事務局の監視が強まり、緊張状態になってる状況がわからんのか。なにをしでかした」
「ああ、そうだな。正体不明の女の後を追ったら、廃材置き場に損傷したオートマタと女がいた。それで、おれに向かって“オートマタのニオイがする”と言った」
「ふむ」
「服を脱げって言ってきたんで、軽く、適当に、ちょっとあしらってだな」
「軽く、適当に、ちょっと、だと?」
「ああ、軽く。いやほら、おれの腹部を開けるつもりだと思ったから、それは止めるだろ。オートマタみたいに開かないんだから」
伊野田の言い分をよそに、電話の相手は嘆息混じりに告げる。
「まったく。きみの愚かさ加減には呆れる。呆れすぎてかける言葉も見つからん」
「よく言うぜ。研究所にアンドロイドに関する素材が運び込まれたの黙ってたろ。だからあの付近に姿を見せたんじゃないのか」
「……」
「図星かよ」
「ともかく、これ以上この緊張状態を刺激してはならん。今はいかん」
「わかってるよ」
伊野田はそう言いつつも、自分の平穏にわずか二週間足らずでヒビが入ったと実感していた。
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